第57話 時を駆ける幼女はちょっぴり嫉妬中!
今日も今日とて、ガーネットはコールの看病に心を尽くしていた。
「はい、コール。あーんして」
「だから、自分で食べられるって!」
言葉とは裏腹に、スプーンを差し出されれば、慣れた様子で抵抗なくコールは口を開く。
そんな2人の様子を、扉の隙間からじっと見つめる人物がいた。
――ルビィだ。
不満を募らせたように、むすっと頬を膨らませる。
「ルビィもママさまにお世話してもらいたいの。あーんしてほしいのぅ!」
最近、ママさまはコールとばっかりあそんでいるの。
ルビィだってママさまと一緒にいたいのに。
あ、そうだ。
ご本なら読んでくれるかも。
小さな身体に似合わぬ軽快な身のこなしで、隣室のガーネットの部屋へ滑り込む。
ルビィが向かったのは、猫脚のローテーブル。
テーブルに積まれた絵本の山から、お気に入りの一冊を手に取った。
「やっぱりにゃんコフにしよう」
刹那――
ルビィの背後へ、影がふわりと忍び寄る。
影は、ルビィの小さな肩をポンっと叩いた。
びくりと肩を震わせ、ルビィは振り返る。
そこには、穏やかに微笑むセイラが立っていた。
だがその微笑みの下には、何かしらの思惑が見え隠れしている。
「セイラ、どうしたの?」
するとセイラの微笑みは消え、眉間に皴を寄せる。
何やら真剣味を帯びた様子だ。
ゆっくりと、セイラは言葉を紡いだ。
「ルビィお嬢様。今ですね……とっっっても大事な時期なんです」
「だいじ? 何のおはなし?」
幼いルビィであっても、それが自分に関わる重大な内容だと感じ取った。
瞳を大きく見開き、セイラを真っ直ぐに見上げる。
腕を組み、セイラは考えを巡らせる。
「ルビィお嬢様にお話ししてもよいものなのか……そうですね、ガーネットお嬢様やコールさんの前でいつものように振る舞えますか?」
「……よくわかんないけど、ふ、ふるまうの」
ここでうんと頷かなければ教えてもらえない。
――そう直感したルビィは、こくこくと頷きを重ねた。
「実はですね……」
セイラは周囲を一瞥した。
誰もいないと確認し、ルビィの耳元でひそひそと声を紡ぐ。
「コールさんが、ルビィお嬢様のお父様かどうかの瀬戸際なんです」
ルビィはこてんと首を傾げた。
「コールがパパさまってこと? ……どうしてそう思ったの?」
「いいですか……ルビィお嬢様の髪はガーネットお嬢様と同じ珊瑚色です」
セイラはこほんと咳ばらいをする。
「ガーネットお嬢様はさらりと流れるストレートヘアですが、ルビィお嬢様はちょっぴり癖のあるふわふわ。これ、コールさんもふわふわなんです」
セイラの推理に耳を傾けたルビィの瞳が、だんだんと驚きの色に染まっていく。
頬に両手を押し当て、驚愕を露わにした。
「ほっ、本当なの! コールもルビィと同じふわっふわ」
「うんうん、そうですよねぇ」
満足したように、セイラは頷きを落とした。
するとドレッサーに置かれた手鏡を手繰り寄せ、ルビィの瞳を鏡へ映し込む。
「それにですね。ガーネットお嬢様の瞳は深い碧ですが、ルビィお嬢様の瞳の色は淡い碧なんです。コールさんの瞳は琥珀色。2人の瞳の色が合わさった色に近いと思いませんか?」
手鏡には、自分の瞳の色を確認し、驚くルビィが映っている。
「す……すごいの。セイラったらまるで名探偵にゃんコフみたい!」
「ふっふっふ。謎はまるっと解けたにゃー……ですから、お嬢様たちにはもう少しだけ、お二人の時間を楽しんでいただきましょう」
称賛をもらい、セイラも満悦そうに口元をほころばせる。
右手を元気よく掲げ、ルビィは了承の意を示した。
「わかったの。ルビィもお母さまに言われているの。もしパパさまかなと思っても、ルビィからパパさまって言っちゃダメって。ママさまがはずかしがっちゃうから」
だがその瞬間、手に抱えた絵本が目に留まった。
セイラの脇を疾風のごとく通り抜け、ルビィはドアノブへと手を走らせる。
そしてセイラへ無邪気に微笑みかけながら、
「ご本を読んでもらったら、じゃましないの!」
セイラが止める間もなく、ルビィは隣室のコールの部屋へ駆けていった。
「あ、ルビィお嬢様ったら……もうっ」
呼び止めようと伸ばした指先は空を切り、セイラは静かに首を垂れた。
セイラは廊下に出た。
靴音を殺しながら、隣室のコールの部屋へと足を向ける。
ルビィお嬢様が、お二人の時間を邪魔していないといいのですけど。
視線を左右へ走らせ、廊下に誰もいないことを確かめる。
そっと、扉の隙間へと顔を寄せた。
「えーっと、名探偵にゃんコフは秘密の箱を見つけたのです。こ、これは……マタタビじゃにゃいか! それも高純度の……こんにゃ高価な物を誰が隠していたのにゃ?」
室内には、芝居がかった男の声が朗々と響き渡っていた。
どうやらコールが絵本を読んでいるらしい。
コールの傍にルビィがぺたりと座り込み、期待に満ちた表情で絵本に齧り付いている。
そんな2人の様子を、ガーネットはスコーンにストロベリージャムを塗りながら嬉しそうに見つめていた。
その和やかな光景を眺めているだけで、頬が緩み、自然と笑顔がこぼれた。
「何というか……ものすごく」
「親子っぽいな」
突如、扉の向こうから低い声が響く。
セイラの肩がびくりと震える。
どうやら、扉の前にゲオルグがいるらしい。
セイラの覗き見に気づいたようだ。
何も言わずにゲオルグは扉を開き、セイラは気まずげに室内へ入室した。
ガーネットは、2つ目のスコーンにジャムを広げていた。
すると、脳裏に忘れていた疑問が蘇る。
「あ、そういえば……レオンに閉じ込められた時の話だけど、ルビィが私の未来の娘だって、なぜかレオンは知っていたのよね」
コールの絵本を捲る手が、ぴたりと止まった。
自分の名に反応したルビィも、不思議そうにガーネットに視線を送る。
神妙な面持ちのまま、コールは疑問を問いかけた。
「ん、それは……未来の娘だってひと言も話していないのにか?」
「ええ。レオンはある人に聞いたと言っていたけど、尋ねる暇もなくって……」
声が次第に細くなるにつれ、ガーネットはしゅんと肩を落とす。
コールは僅かに眉尻を下げた。
レオンハルトの部屋に閉じ込められて早々、姫様は香で眠らされたと聞く。
ただでさえ怖かっただろうに、問い質す暇なんてなかっただろう。
だが、その人物は気になるな。
なぜルビィが姫様の未来の娘だと知っているんだ?
「姫様は何も悪くないよ。だがその人物は、ルビィの正体を知っているかもしれない。うーん、何か臭うな。レオンハルトは確かもう、王都に帰ったんだったか」
「ええ。話を聞こうにも聞けなくて……時間はかかるけど、手紙で尋ねてみようかしら」
コールの口元に笑みがこぼれた。
「レオンハルトのことだ。約束よりも早く姫様から手紙が届いたら、喜んで何でも答えてくれそうだ」
室内は再び、穏やかな空気に包まれた。
だがすぐ傍には、ルビィの正体を知る謎の人物への疑念が、黒い渦を巻くように燻っていた。
それから数日後――
ベルフィオーレ城に、思いも寄らぬ人物から1通の手紙が舞い込んだ。
次の物語は――
母エメルダが携えた1通の手紙。
その手紙から、コールの生家であるガルシア家の闇へ、ガーネットは足を踏み入れていく……。




