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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第52話 紅い林檎はときめきの色?

 ――ガーネットが救出されてから、半日の刻が過ぎた。


 怪我を負ったコールは、別荘地近くの保養所にゲオルグが担いで運び込んだ。

 肩の傷は医師の手で無事に治療が施された。


 10数針縫う深手ではあったが、病人ということを感じさせぬほど、コールは普段通りの明朗さを見せている。


 現在はベルフィオーレ城の一室で、静かに療養しているのだが……




「コール、あーん」


 柔らかなガーネットの声が、コールの耳元をそっと撫でた。


 どういうわけか。

 寝台に腰を下ろすコールの傍らには、ひと口サイズの林檎を差し出すガーネットの姿があった。


 恋人のような空気に、コールの胸はざわめく。

 戸惑いを隠したまま、まばたきを繰り返している。


 差し出された林檎が視界を横切るたび、本能で林檎を追いかけてしまう。


 それでも、コールは本能を覆い隠すように切実な声で訴える。


「ひ、姫様……俺が怪我したのは左肩だ。だから右手は使えるし、林檎も自分で食べられるから」


 そうこぼしながらも、コールの頬はゆるりとほころんでいる。


 コールは、林檎の刺さったフォークを受け取ろうと手を伸ばした。

 だが、フォークは目にも止まらぬ速さで引き下げられる。


 コールの指先に触れないくらいの距離で、ガーネットは手に持ったフォークを小気味よく左右に揺らした。


「だーめっ。コールは怪我しているでしょ。その傷だって、私のせいで負ったようなものだし。その怪我が完治するまで私が看病するわ……はい、あーん」


 引っ込められたはずの林檎が、再びコールの口元へ近づく。

 蜜薫る甘い匂いに鼻腔をくすぐられ、コールは思わず唾を呑み込んだ。


 こ、これは看病なんだよな。

 他に、他意はない。


 姫様の感謝の気持ち、感謝の、気持ち……。


 喉元を撫でるような「あーん」の言い草に、つい勘違いしそうになる。

 甘い考えがよぎったが、すぐに振り払った。


 ……そうだよな。

 せっかくの姫様の感謝の気持ちを無下にするのは、護衛の名が廃るってものだ!


 覚悟を決めたコールは、林檎をはむっと口に運んだ。

 噛むたびに、林檎の甘く爽やかな果汁が口内に広がり、不思議と胸の奥があたたかくなる。


 もぐもぐと頬を動かすコールを見て、ガーネットの瞳も嬉しげにほどけていく。


 すると、


「んふふー。コールったら赤ちゃんみたいなの」


 ガーネットの隣に腰を下ろしたルビィは、目尻を揺らして笑いをこらえていた。

 手にはウサギを模(かたど)った林檎を持ち、リスのように片頬を膨らませている。


 ルビィのほかにも、壁際ではセイラとゲオルグが満面の笑みを浮かべ、事の成り行きを静かに見守っていた。


 あたたかな眼差しに包まれた雰囲気に、コールは視線で異を唱える。


 いや、いやいやセイラさん、ゲオルグ先輩?

 見てないで、助けてほしいんだけどっ……。


 ベルフィオーレ家の令嬢がいち護衛にそんなことしなくていいって、ほんの少し止めてくれるだけでいいのに。


 誰も彼も、絶対に面白がってるよなぁ……。




 ――コン、コンコンッ。


 ノックの乾いた音が室内に響いた。


 扉が音もなく開き、メイドが控えめな足取りで入ってきた。

 足早にガーネットに駆け寄り、耳元へそっと口を寄せる。


 すると、ガーネットの眉間が小さく寄り上がった。


「ちょっと急用ができたみたい。少し席を外すわね。林檎は……」


 ガーネットはセイラに視線を送る。

 だが、隣のルビィが弾むように手を挙げた。


「はいはーいっ、ルビィが食べさせてあげるの!」

「え? ふふ……じゃあ、ルビィにお願いしようかしら。フォークに刺してコールに食べさせてあげてね」


 林檎の乗った皿をルビィに手渡した。

 ルビィは気合を入れるように眉を吊り上げ、フォークを握る小さな手のひらをきつく握り締める。


「わかったのママさま。ルビィもコールのかんびょうがんばる」

「ええ、お願いね……じゃあ、行ってくるわ。ゲオルグ、ちょっとついて来て」


 ゲオルグを背後に引き連れ、ガーネットは廊下へ歩みを進めた。


 不穏漂うガーネットの背を、コールは追っていた。

 扉がパタリと閉まると同時に首を傾げる。


 姫様自らゲオルグ先輩を連れて行くって、一体どこに行くんだ?

 まさか、危険な場所に向かうんじゃないだろうな……。


 ガーネットが行方不明になった昨日の記憶もまだ生々しく、コールの胸にはじわりと不安が押し寄せる。


 すると、


「コール、あーん!」


 目の前には、ふるふると揺れる林檎。


 椅子の上に立ったルビィが、腕を伸ばして林檎を差し伸べていた。

 淡い青碧の瞳を輝かせ、口を開けて「あーんっ!」と何度も繰り返す。


 その愛らしい姿に不安は薄らぎ、微笑みを咲かせるコールであった。




 それから15分も経たないうちに、ガーネットは戻ってきた。


 どこか澄み切った顔立ちで、足取りもふわりと舞う羽根のように軽やかだ。


 出ていった時との変わりように、コールは好奇心を抑えきれず問いかける。


「姫様、何かすっきりしてるな。何かいいことでもあった?」

「……え、ふふふ。どうかしら?」


 ガーネットの瞳は柔らかく三日月を描く。


 その微笑みに上手くはぐらかされた気もしたが、コールはそれ以上言葉を重ねなかった。


 微笑みの理由については、護衛を務めたゲオルグが語ってくれた。

 驚きの顛末(てんまつ)に、コールも目を丸くすることになるのだが……。


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