第50話 琥珀色の記憶
「ガーネに抱きつくんじゃない。このケダモノがっっ!」
レオンハルトの激しい怒号が響く。
その怒りが響くや否や、コールの背後で青白い閃光が走った。
剣を高く振りかざすレオンハルトの瞳には、殺意が宿っている。
瞬時に――
腕に収まったガーネットを護るように、コールは抱き寄せる。
殺意の軌道から、するりと身を翻した。
しかし、
「うっ……くっ……」
左肩に鋭い痛みが走る。
――剣先が肌に触れたらしい。
肩に広がる灼けるような痛みに、顔が歪む。
しかし、コールはガーネットを護る手を決して離さず、痛みと失敗を噛み砕くように奥歯を噛み締めた。
くっ……しくじった。
今日は動きやすいように軽装備にしたから、肩当ては外してた。
「コールっっ! 血がっ!?」
ガーネットの心配げな声が、コールの耳たぶを打った。
切れた服の裂け目から覗く真新しい傷に、紅い雫がじんわりとにじむ。
「心配するな」と声を挟む余裕もなく、右手に剣を構えて身を翻す。
瞬間、レオンハルトの殺意の刃が再び迫る。
死が触れる寸前で一撃を受け止め、剣と剣がぶつかり合う。
キィンとした悲鳴のような音とともに、鋭い火花を散らしていく。
――キィン、キンッ。
鋭い金属の音と、目映い閃光が走る――!
その度に、ガーネットの青碧の瞳は恐怖に戦慄するように揺れていた。
――キンッ、キン。
途切れることなく、刃の噛み合う音が響く。
ガーネットの瞳に波紋を描くのは、遠い過去の記憶。
指先が何かを拒むように、小刻みに震え出す。
なに、どうして……?
身体が勝手に、震える。
これは、あの時の……5歳の頃の記憶?
視界を染めるのは、見知らぬ男が突き上げた細剣の閃光――。
ガーネットの記憶の奥底に封印されていた何かが、ゆっくりと息を吹き返した。
∻❖∻
「このっ、やっと捕まえたぞ。クソガキがあぁぁぁっ!」
男の怒号が鼓膜を震わせた。
次の瞬間には、首元に鋭い痛みが走っていた。
その場に倒れ込んだガーネットの肩には、生温かいぬくもりがじんわりと広がっていく。
それが自分の血だと理解するには、私はまだ少し幼かった。
これは私が5歳の頃……
ベルフィオーレの遺跡の大森林で、賊に襲われて首に傷を負った時の記憶だわ。
天からすべてを見下ろすように、ガーネットは遠い記憶をたどっていた。
すると、横たわった幼いガーネットのもとに、小さな少年が駆け寄る。
柔らかな濃紺の髪を揺らしながら、朦朧とするガーネットの頬を壊れ物に触れるように優しく叩いた。
「ガーネット! ガーネットっ! 大丈夫か!? いや、大丈夫だからっ……気をしっかり持つんだガーネット!」
あ、レオだわ。懐かしい。
この日も一緒に遊んでいた。
レオは私の名を呼んで、ずっと励ましてくれたのね。
「ハァ? …………だと!? まさか……クソっ」
怒りを吐き出すように地面を蹴る音が弾ける。
男は、逃げるようにその場から姿を消した。
ガーネットの反応の無さに、レオは男を気にする余裕もない。
焦燥に駆られ、ガーネットの頬を少し強めにぺちぺちと叩いた。
「ガーネット! ばかっ、眠るんじゃない。ガーネット……いや姫様! ほら、大きくなったらお姫様になるんだろ」
息をすることすら忘れたように、レオは必死に言葉を紡ぐ。
「絶対に、死んじゃダメだ! 通りかかった薬草採りに人を呼んでもらったから、もう少し耐えてくれ! 俺が守れればよかったのに……っ」
ひめ、さま……って、まるでコールみたい。
レオ……いいえ、コール?
あれ、私何か大事なことを忘れているような……。
その瞬間、ガーネットの魂は吸い込まれるように5歳の自分の身体へ回帰した。
ガーネットの瞼に、冷たい雫がこぼれ落ちる。
弱弱しく開いた視界の先には、琥珀の瞳に涙を光らせ、縋るようにガーネットの名を呼ぶ少年レオの姿があった。
レオの顔、やっと思い出した。
レオの瞳の色って、琥珀色だったんだ。
柔らかな陽だまりを溶かし込んだような琥珀色。
深い夜闇のような濃紺の髪……
あれ、待って、待って!
レオの、顔……誰かに面影が。
その琥珀の瞳で、いつも私のことを……見守って……。
不意に、意識が現実へと引き戻された。
視界に飛び込んだのは、巧みな剣裁きでレオンハルトに打ち勝ったコールの横顔だった。
カラカラ……。
乾いた音を響かせ、レオンハルトの剣が壁際へ寂しく転がっていく。
痛めた手首を押さえ、レオンハルトはきつく唇を噛んだ。
悔しさを噛み殺したのか、唇には血がにじむ。
反抗の気配を感じ取り、コールの警告を帯びた切っ先がレオンハルトの鼻先へそっと向けられた。
「……シュナイダー卿。これで終わりにしましょう。これ以上、姫様に嫌われたくはないでしょう?」
その言葉は、レオンハルトの胸に深い刃を突き立てるほどの屈辱を与えた。
まだ踵で頭を踏みにじられたほうが天国である。
ガーネットはコールの腰に手を回したまま、こちらを冷たく見据えている。
氷のように冷えた眼差しがレオンハルトの心を深く、深く抉っていく。
そんな目で、僕を見ないでくれガーネ。
君は子供の頃からいつも……僕をすごいって褒めてくれて……。
初めて出会った時だって、君は。
月明かりの静寂に包まれた部屋が、時計の針を戻すように時を遡っていく――




