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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第49話 ずっと君を探してた

 レオンハルトが私室を出ると、長い廊下の奥にコールの姿が浮かび上がった。


 コールもすぐにレオンハルトに気づいた。

 狙いを定めた狩人のような鋭い視線を向け、ずんずんとこちらに向かってくる。


 厚く柔らかな絨毯の上でも騒々しく響く靴音に、レオンハルトの瞼はひくりと苛立ちが跳ねる。


「コール・ガルシア。まだ何か用でも?」


 だがレオンハルトの問いかけに、コールは反応を示さない。

 それどころか問いかけを押し返すように、コールは声を張り上げた。


「ここにいるんだろ! 姫様っ‼ 聞こえていたら返事をしてくれっ!」


 廊下は、水を打ったように静まり返る。


 返ってきたのは、永遠にこぼれ落ちる砂時計のような長い沈黙だけだった……。




 その頃、ガーネットは――


「……ん~んっ……っ、んー……!」


 必死にコールの名を呼んでいた。


 だが猿轡(さるぐつわ)に声は吸い込まれ、言葉にならない。

 くぐもった音だけが漏れていく。


 コールがそこにいる!


 どうにかして、私がここにいるって知らせたい。

 声が出せなくても何か音を出して、コールの耳に届きさえすれば。


 寝台の上で身をよじる。

 だが手足を縛られたガーネットは、寝返りを打つことさえままならない。


 それでも諦めず、ゆっくりと、ゆっくりと寝台の端へにじり寄っていく。




 一方、廊下は静寂に包まれていた。


 ホッと胸を撫で下ろしたのは、レオンハルトだった。


「ガーネがここにいるはずがないだろう? 何を世迷言を言っているんだ、コール・ガルシア?」


 月が輝く月白色の髪を揺らし、天使のような悪魔の微笑みを刻む。


 その時だった。


 ――ドンッ‼


 何かが床に落ちたような鈍い音が、レオンハルトの背後から響いた。


 背後にあるのは、レオンハルトの私室だけ……。


 ――ダンッ、ダンッ!


 さらに床を足で叩いたようなこもった音が、続けざまに耳に届く。


 思考が追いつくよりも早く、コールは扉へ向かって駆け出した。


「あっ、ちょっと待て!」


 コールが横を通り過ぎていく。


 コールの肩に、レオンハルトは手を伸ばす。

 だが、鍛錬を積んだコールはその手をしなやかに躱し、風のように通り抜けていく。


 例の部屋へ、コールは身を滑り込ませる。

 レオンハルトを遮断するように、素早く扉の鍵を閉めた。


「あっ、おい! 開けろっ!」


 ――ダンダンダンダンッ!


 激しいノックの音が室内を揺らす。

 気にも留めず、コールの瞳はガーネットの姿を探して部屋を彷徨(さまよ)った。


「姫様っ!」


 しかしそこは、数時間前に訪れた部屋の光景と何も変わらなかった。

 ガーネットの姿はどこにも見当たらない。


 ……いないだと!?


 だが、俺の声に応えるように音が聞こえたのは確かだ。

 あれは姫様の助けを求める合図じゃないのか?


 アーチ窓へ、静かに視線を投げた。


 うん、間違いなくここは端の……ん、いや、よく見ると端ではない。

 少し手前、なのか?


 コールの胸に、奇妙な違和感がするりと迷い込んだ。


 この窓の位置では、生け垣の端とはひと部屋分の距離があるな。

 姫様の薔薇のコサージュは、生け垣の端で見つかった。


 ここは、廊下の最奥の部屋で角部屋のはず……。

 いや、もしかして違うのか?


 まさか……もうひとつ、部屋が隠されている!?


 すぐさまコールは周囲を見渡した。

 何か怪しいものはないかと、チェストや本棚を動かし、隠された扉の在り処を必死に探る。


 だが、それらしいものは見つからない。


「残されたのは、ここだけだが……」


 琥珀の瞳が捉えたのは、金色の縁をまとった大きな姿見鏡。


 壁にしっかりと収まっていて、動きそうには到底思えなかった。


 そっと鏡の側面に手を伸ばす。


 鏡は根を張ったように動かず、やはり微動だにしない。

 それでも何か仕掛けがあるかもと、諦めずにあれこれと試してみる。


 すると、左手の指先が側面の小さな窪みへと収まった。


 何かボタンのようなものを押した感覚が、指先の腹に広がる。

 ガコッという音とともに、姿見鏡は引き戸のように右へと滑っていった。




「な、何だよこれ……」


 コールの視線の先には、短い廊下が続いていた。


 その先には扉があり、微かな灯りが漏れている。

 部屋と部屋を結ぶ分厚い壁が、奥の部屋の厳重さを物語っていた。


「……んーんっ! んんーっっ!」


 扉越しに、探し求めたガーネットの声が届いた。


 コールの琥珀の瞳が、震えるように大きく見開く。


「姫様っ! そこにいるのか!」


 ドアノブに手を掛ける。

 だが鍵がかかっているらしく、押しても引いても開かない。


 床を叩く音とともに、ガーネットの声が返ってきた。


「んーん!? んー、んんんーんんっ」

「ふはっ、何言ってるか全然わかんないけど、無事でよかった。鍵がかかってるみたいだな。扉を破るからちょっと離れていろよ!」


 廊下を後ずさり、十分な距離を取ったコールは渾身の力を込めて扉へ肩をぶつけた。


 重い衝撃音が響く。

 だが扉は硬く、微動だにしない。


 コールは諦めず、2度、3度と体当たりを繰り返す。


 そしてついに――


 ――バキンッ。


 鍵が砕ける激しい音が走り、扉が勢いよく開いた。


 青白い月光が窓から差し込む。


 月光が導くように照らした先で――

 猿轡(さるぐつわ)をされ、手足を縛られたガーネットが床に横たわっていた。


 拘束された姿に驚愕する暇もなく、コールはガーネットを抱き上げるように抱きしめた。


「姫様っ!」

「んーん! んーんんっ!」


 ガーネットの自由を奪っていた猿轡(さるぐつわ)を。

 手足を縛っていた布地を。

 懐から取り出したナイフで、細心の注意を払って断ち切った。


 すぐさまガーネットは、コールの背中へ腕を回した。

 安堵からの震えた声を響かせる。


「コール! コールぅ! 会いたかった、会いたかったの……ひっく」


 ガーネットの青碧の瞳から、あふれる涙が次々とこぼれ落ちていく。


 それは留まることを知らず、コールが何度拭っても尽きることのない泉のようにあふれ続けた。


 涙を諦めたコールは肩の力を落とし、ガーネットを腕の中へと迎え入れる。


「姫様……俺も、姫様に会いたかった。姫様がいなくなって、生きた心地がしなかったんだ……無事で、本当によかった」


 涙で濡れ、頬に張りついたガーネットの珊瑚色の髪を、コールは優しく撫で払った。


 2人は視線を交わし合う。

 微かに漏れる吐息とともに、強く抱きしめ合った。


 互いの熱が、匂いが、呼吸がゆっくりと重なり合い、2人の境界が薄っすらと曖昧になる。


 コールの胸元に顔を埋め、ガーネットはただ静かに身を委ねていた。


 コールの胸の鼓動が伝わってくる。

 トクトクと脈打って、私を見つけたことを心から歓ぶ声が聴こえる気がした。


 嬉しい。

 コールと触れ合っているとすごく安心して。

 …………すごく、離れたくない。


 ――お互いの熱が溶け合っても傍にいたい。


 コールもまた、胸の奥に同じ色の感情を描いていた。


 最初は、ガーネットを発見した歓びのあまり抱き寄せた。

 だが今は、ガーネットを離したくないという切実な想いが上回り、離れがたく抱きしめていた。


 見た目からも細いのはわかってたけど、姫様って見た目以上に華奢なんだな。

 俺が本気で抱きしめたら、簡単に折れてしまいそうだ。


 もう少しだけ、もう少しだけこうしていたい。

 俺の我が儘を姫様は許してくれるだろうか……。



 その刹那――


「ガーネに抱きつくんじゃない。このケダモノがっっ!」


 コールの背後で閃光が走る。


 月光を浴びて青白く光った刃が、背後からコールを狙っていた。


 憎しみに顔を歪ませたレオンハルトの激情が、今、振り下ろされる――!


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