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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第46話 鏡の奥の眠り姫

「それで、うちの屋敷の中も捜索したいと?」


 不服をにじませた声が、レオンハルトの喉からこぼれた。


 シュナイダー家の屋敷のエントランスにて。


 レオンハルトは、屋敷を訪ねたコールたちと静かに向かい合っていた。

 平静を装った仮面の下、こめかみのひきつりが苛立つように時折脈打つ。


 時折、レオンハルトの視線が背後へと流れる。

 背後を気にする微かな仕草に、コールは只ならぬ気配を感じ取った。


 レオンハルトは何かを知った上で隠している――!


 そう勘が囁くも、コールは感情をひた隠し、落ち着いた声音で事情を説明した。


「もしかしたら、ガーネット様はルビィ様を探しに屋敷に入られたかもしれません。何かしらの事故で閉じ込められて、外に出る術がないのかも……」


 そんな訳があるものか。

 ――と、レオンハルトは心底嫌そうに眉間に皴を刻んだ。


 ようやくガーネに会いに行けると思ったのに……っ。


 星が煌めく夜空を仰ぎ、大袈裟に溜め息を吐く。

 不満を浮かべたまま、レオンハルトは渋々と身を引いた。


「はーぁ……ご勝手にどうぞ」




 了承を皮切りに、コール、ゲオルグ、そしてセイラとルビィの三手(さんて)に別れて探し始めた。


 ゲオルグは外を中心に、エントランスや厩舎、倉庫を捜索した。


 その傍ら、すれ違った使用人たちは静かに頭を垂れたまま、目を合わさず通り過ぎていく。

 話しかけてくれるなという気配に、ゲオルグは訝しげに眉を寄せた。


 セイラとルビィは、1階の応接室や図書室、配膳室などから必死に痕跡を探す。

 だが、ガーネットへ繋がる手がかりは何ひとつ見当たらない。


 厨房に差しかかると、焼き立ての香ばしい匂いがセイラの鼻をくすぐった。

 ちらりと覗いた厨房では、黄金色に焼けたキッシュがオーブンから引き上げられている。


 キッシュだなんて、ガーネットお嬢様の大好物のお料理だわ。

 ……偶然かしら?


 一方のコールは、上階の3階を起点に順々に部屋を捜索していた。


 ひとつずつ確認し、やがて、廊下の端部屋へたどり着く。

 重厚感のある扉の佇まいだけで、そこが貴族の居室だとひと目で理解できる。


 コールの背後では、レオンハルトが影のように様子を窺っていた。

 まるで監視するように、腕を組んでこちらを睨み据えている。


 そっと振り返ったコールは、落ち着いた声を紡ぐ。


「シュナイダー卿、こちらの部屋は?」

「……僕の部屋だ。特に何もない普通の、寝室さ」

「一応、確認してもよろしいですか?」


 返事はせず、レオンハルトは扉を開ける。


 室内は、群青色の壁紙の落ち着いた装いだった。

 チェストや読書机に、寝台など、すべて紫檀(したん)の木材で設え、格式高い雰囲気を醸(かも)し出している。


 室内を見回したコールは、静かに息をこぼした。


 確かに、貴族らしい普通の部屋だな。


 ただ公爵令息の部屋にしては少し……いや随分と狭いか。

 俺が今、ベルフィオーレ城で使わせてもらっている部屋の半分くらいしかない。


 アーチ窓から外を見下ろすと、闇夜のエントランスが広がっていた。


 篝火(かがりび)の灯る中、ゲオルグが植え込みの下を覗いているのが確認できる。


 こちらがエントランス側、ということは屋敷の正面だな……ん?


 背後から妙な気配を感じて振り返る。

 大きな姿見鏡が目に入った。


 紫檀で彩られた家具の中、浮いた金色の縁が不気味に輝く。

 コールの視線が、縫いとめられたように動かなくなる。


 鏡には、心配で表情を曇らせたコールの顔が映っていた。


 冷静になったつもりだったが、何だこの不安そうな顔は。

 全然隠せてないじゃないか。


 姫様、一体どこにいるんだ?


 それもこれも、姫様を一人にした俺の責任だ。

 絶対に護るとあの日誓ったのに…………すまない姫様。


 ――タン、タン、タン。


 コールの思考を妨げるように、乾いた音が空気を震わせた。

 レオンハルトが、組んだ腕に苛立った指先を打ち付けている。


「鏡を見ていないで、早く探したらどうかな?」


 冷たい言葉とともに、コールを鋭く睨みつける。

 しかし実際には、その奥の姿見鏡を案じていた。


 その鏡の奥の部屋で、ガーネが眠っている。


 何故にコール・ガルシアは鏡の前で立ち止まった?

 もし今、ガーネが目を覚ましたらと思うと気が気じゃない。


 一刻も早く、この部屋から追い出さなければ……!


 レオンハルトの焦燥に気づかぬまま、コールは鏡で表情を取り繕った。


「美しい鏡でしたので、つい見惚れてしまいました。すみませんシュナイダー卿。では、次の部屋に参りましょう」


 コールが部屋から離れると、レオンハルトはようやく組んだ腕をほどいた。

 手のひらに掻いた冷や汗を拭い、安堵の息を洩らす。


「ふぅ……どうにか助かった」


 人知れず、胸を撫で下ろしたレオンハルトであった。




 結局、ガーネットの行方を掴むことは叶わず……。

 夕食の時刻を口実に、コールたちは屋敷の外へと追い払われた。


 玄関口ではレオンハルトが道を塞ぎ、『早く帰ってくれ』と促すように満面の微笑みで圧をかけている。


 後ろ髪を引かれるように、コールたちは重い足取りで屋敷を後にした。


 だが、不意にルビィが立ち止まった。

 小さな口元をきつく引き結んだルビィは、感情を抑えるように拳を握る。


 ものすごく、ものすっごくママさまがこのお家の中にいそうな気がするの。


 でも、どこにいるのかまではわからない。

 もう帰ってって言われちゃったし……。


 母と娘の絆か。

 あるいはベルフィオーレ家に代々受け継がれる直感か。


 ルビィは、ママさまの気配を感じ取ったようである。


 何か手段を探すように、ルビィはうーんと唸り声を上げる。

 やがて、淡い青碧の瞳が一等星のように瞬いた。


 思い立ったように、ルビィは屋敷側へとくるりと身を返した。


 足を大きく広げて腰を落とし、足指でしっかりと地面を掴む。

 立派な仁王立ちをしたルビィは、胸を大きく広げて息を満たし、そして――


「ママさまぁぁぁー、ママさまあぁぁぁー、どこにいるのおぉぉぉぉっ!」


 鼓膜がびりりと震えるほどの声が、夜空を揺らした。


 鼓膜を突き破るほどの声量に、コールの琥珀の瞳は吸い寄せられた。

 だがすぐにその意図を理解し、深く頷いた。


「俺たちも、姫様に呼びかけよう!」


 ルビィの呼びかけに続くように、コールたちも一斉に声を張り上げた。


「ひめさまあぁぁぁ!」

「ガーネットお嬢様―っ」

「ガーネット様あぁぁー」

「ママさまぁぁぁぁ‼」


 夜の帳(とばり)が下りた別荘地に、ガーネットを呼ぶ声が幾重にも山彦のように反響する。


 玄関扉に肩をもたれ、レオンハルトは呆れたように笑みをこぼした。


「何というか……獣の雄叫びのように野蛮だな。さて、と……僕はそろそろガーネに会いに行こうかな」


 ――パタンッ。

 大扉は無情にも、乾いた音を立てて冷たく閉じた。


 小気味よくステップを刻みつつ軽快に、レオンハルトは階段を上がっていく。


 レオンハルトが目指す先――

 寝台の上では、ガーネットの瞼がルビィたちの声に応えるようにぴくりと震えた。


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