第45話 日頃の振る舞い、墓穴を掘る
陽が沈み、黄昏が森を覆いつくす頃。
コールはルビィを腕に抱き、別荘地へ続く道を静かに踏みしめていた。
スカートに包んだシロツメクサの花を抱えたまま、ルビィはコールの言葉を真摯に受け止める。
「みんな、ルビィのことを本気で心配してたんだ。戻ったら、ごめんなさいしような。特に、姫様は真っ青になって、泣きながらルビィのことを探してたんだぞ……母親を泣かせるなんて、しないほうがいい」
「うん、ごめんなさいなの。はんせいなの……」
しゅんと肩を縮こませ、ルビィはしおれた花のように俯いている。
心からの反省が伝わり、コールは思わず笑みを漏らした。
「ふ、反省なんて言葉知ってるのか。ルビィは小さいのに偉いな」
空いた手を伸ばし、コールはルビィの頭を優しく撫でた。
珊瑚色の柔らかな髪を撫でるたび、不思議と成長を見届けたいという父性にも似た感情が胸に湧く。
「みんなに謝ったら、姫様と花冠をつくればいいさ。その花でな」
「うんっ、ママさまと花かんむり作るの楽しみ!」
スカートいっぱいのシロツメクサの花を勲章に、ルビィは満ち足りた微笑みを咲かせるのだった。
昼間にピクニックシートを広げ、皆で笑い合った湖畔へと、コールとルビィは戻った。
すると、2人の姿に気づいたセイラが足早に駆け寄った。
心配を絵に描いたように、眉尻を下げている。
「ルビィお嬢様っ‼ ああ~、よかった。どこもお怪我はありませんか?」
ルビィが口を開くより先に、コールがルビィを軽々と抱え上げ、元気な様子を伝えた。
「ああ、この通りピンピンしてる。怪我ひとつないよ」
ルビィが見つかって安堵がこぼれると思いきや、セイラの眉尻は下がったまま。
ひやりとした予感が、コールの首すじを撫でる。
コールはそっと問いを投げた。
「何かあったのか? セイラさん、ちょっとそわそわしてるけど……?」
「実は、ガーネットお嬢様のお姿が見えなくて。湖の西側を探しに行かれて、もう1時間ほど経つんです」
「ん、今度は姫様がいなくなっただと!?」
顎に手を添え、コールは思考を巡らせた。
「確かに……ルビィを探すのに必死で、姫様の護衛を解いてしまったな」
ガーネットの不在を聞きつけ、すでに周囲を捜索していたゲオルグも緊張を乗せて戻ってきた。
状況を確認するべく、コールはゲオルグと視線を交わす。
だが、ゲオルグは静かに首を横に振るだけ……。
静かに、コールは頷きを落とした。
そして、腕の中のルビィをそっと地面へ下ろす。
ルビィの珊瑚色の髪を優しく撫でながら、優しさで包み込むように言葉を紡いだ。
「ルビィ。俺は姫様を探してくるから、セイラさんと一緒にいい子にしてろよ」
「わかったのコール!」
全身で返事をするように、ルビィは力強く頷いた。
その時だった。
――カツン。
背後から、軽やかに地面を叩く靴音が響く。
一同は、同時に振り返る。
皆の瞳に映ったのは、レオンハルトの姿。
どこか跳ねるような足取りは、まるでスキップを刻んでいるように軽快である。
小さな珊瑚色の髪に目を留めると、レオンハルトは天使が祝福を与えるような柔らかな微笑みを浮かべた。
「あ、見つかったんだね。よかった……ん、どうかした?」
――ん、何だ?
レオンハルトが姿を現してものの数秒。
それは、まばたきほどの一瞬だったはず、なのだが……。
レオンハルトの仕草に、コールは説明のつかない小さなざらつきを感じ取る。
護衛となって、早3年。
培われた直感を信じ、コールは感情を伏せて淡々とした声で述べた。
「どうやら、今度はひめ、ガーネット様がいなくなったらしい」
「えぇっ、それは大変だ」
心配の言葉を放っても、ほんの僅かに感情が噛み合っていない。
台本を貼りつけたような言い草に、コールの琥珀の瞳がギラリと鋭く瞬いた。
何だコイツ?
姫様が行方不明なのに、少し冷静過ぎやしないか?
普段のコイツなら、姫様のこととなると天変地異でも起こったように騒ぎ立てるだろうに。
俺たちが護衛を怠ったからと、文句のひとつでも投げつけて……。
んん、まさかとは思うが……。
その違和は、コールだけでなくセイラとゲオルグも感じていた。
つい数日前まで旅仲間だった者同士、レオンハルトのガーネットへの激しい温度というものをしっかりと記憶していたのだ。
これはガーネットに執心したがゆえの、レオンハルトの油断が生んだほころびだった。
コールたちの視線に潜む猜疑の念を感じ取れぬまま、レオンハルトにしては温度の乗らない台詞を連ねていく。
「僕も捜索に加わるよ。えーっとぉ、ガーネが探していたのって湖の西側だっけ? すぐに向かおう!」
くるりと身を返し、レオンハルトは湖の西側へ駆けるように向かっていく。
コールたちも、足並みを揃えるように後へ続いた。
その道すがら、誰の目にも触れぬ角度でレオンハルトは秘かに唇を歪めた。
ふっ……。
ガーネが僕の部屋で眠っているとも知らずに。
その闇を隠した背に、ルビィは視線を留めた。
「なんかあの人、すっごく楽しそうなの……」
5歳のルビィさえも第六感が冴え渡り、疑わしげに目を細めるのだった。
∻❖∻
湖の西側周辺を捜索して、30分が経過した。
探せども探せども、ガーネットの手がかりはひと欠片も掴めない。
ただ、不安ばかりが募っていく。
再び集合したコールたちは、皆一様に黙り込んでいる。
ルビィもシロツメクサの花の山を地面に置いて、セイラと一緒にガーネットを探し回った。
張り詰めた静寂に息が詰まり、レオンハルトはその場を荒すべくルビィへと視線を促した。
「もしかして、その子がいないから怒ってベルフィオーレ城に帰ったんじゃない?」
「え……ルビィのせいで、ママさま怒っちゃったの?」
ルビィの淡い青碧の瞳が、驚愕と悲哀の色に染まった。
唇をわなわなと震わせ、ルビィは静かに肩をすくめている。
俯いたルビィの姿に、コールの胸はどうしようもなく締めつけられた。
呆れたように息を漏らすと、怒りを含んだ眼差しでレオンハルトを睨んだ。
「シュナイダー卿。どうしてわざわざルビィを不安にさせることを言うのですか。それに、ガーネット様はルビィを心から案じていた。あんな優しい方が誰に何も告げずに、一人で帰るはずないでしょう!」
――チッ。
どこからともなく、舌打ちが落ちた。
ガーネットを理解したような口ぶりに、隠していた苛立ちがちらと顔を覗かせる。
苛立ちを振り払うように、レオンハルトは髪を払った。
コバルトブルーの瞳を冷たく揺らめかせ、塵でも眺めるように淡々と告げた。
「僕は可能性を述べただけだ。そんなに熱くならないでくれコール・ガルシア。熱くなったって、ガーネは見つからない」
それでも、周囲の空気はレオンハルトへの非難の空気に侵食されていた。
それを感じ取ったレオンハルトは、重々しくため息を落とす。
「はーあ……僕は屋敷へ下がらせてもらうよ」
言うが早いか、レオンハルトは踵を返した。
だがその足取りは、重いため息を吐いた者とは思えぬほど軽やか。
レオンハルトの頭の中は、ガーネットのことで一杯だった。
部屋に戻ればガーネがいる。
ああ……こんな幸福なことはない。
ガーネはまだ眠っているだろうな。
彼らが諦めて帰ったら、2人で夕食を楽しもう。
ああ、もうっ、楽しみだなあ!
そんなレオンハルトの心の声など気づくはずもない。
だが、コールは残った3人を静かに手招く。
皆が集まると、燻る疑念を投げかけた。
「……なあ、やっぱりレオンハルトが怪しいよな。アイツの性格なら、姫様が行方不明になったら半狂乱になって叫び回りそうなのに、明らかに冷静過ぎるだろ」
その意見に誰も異を唱える者などいなかった。
セイラもゲオルグも、ルビィでさえ、同意するように深々と頷く。
4人の視線は、レオンハルトが向かった屋敷に向けられている。
レオンハルトのあの軽やかな歩き方、絶対に何かある――!
不審を覚えたコールたちは屋敷へと向かう。




