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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第44話 だって、すべては君のためだから

「……おかえり、ガーネ」


 鍵のかかった室内には、ガーネットとレオンハルトの2人だけ。


 逃げ場のない静寂が、ガーネットの素肌を不気味に撫でていく。


 息を吸うと……何の香りだろうか。

 甘い香りが肺を満たしていく。


 ガーネットはレオンハルトの瞳を真っ直ぐに見据え、眉をひそめた。


「おかえりって、何かの冗談なの? ……ルビィはどこにいるの!?」


 不安から、つい声を荒げる。


 ガーネットとは裏腹に、レオンハルトは天使のような柔らかな微笑みを浮かべた。

 そのコバルトブルーの瞳は凪いだ海のように静かで、底が見えない。


「あの子なら平気だよ。ガーネにべったりでちょっと邪魔だったから、少し離れてもらっただけ……今頃、コール・ガルシアあたりが見つけているよ」



 ∻❖∻



 ――ギャアギャア。


 貴族の別荘地とはいえ、一歩森の奥に踏み込めば、闇が支配した恐ろしい世界を露わにする。


「ルビィぃ! ルビィっ!」


 探し人の名を叫びながら、コールはよどんだ森を突き進んでいた。

 だが名を呼んでも、森に溶けるように吸い込まれるだけ……。


 流石にこんな森奥まで踏み込むはずがない。

 ――そう理解しつつも、引き返す前にもう1度森の奥へ呼びかける。


「ルビィぃぃ! どこだぁぁーっ!?」


 返ってきたのは、暗闇に揺れる森のざわめきと、動物の奇怪な啼(な)き声のみ。


 小さくため息を落とし、コールが踵を返したその時、


「コール? どうしたの?」


 鈴を鳴らしたような愛らしい声が、背後から響いた。


 馴染みのある声が耳に届く。

 コールは雷鳴が走ったように振り返った。


 スカートの裾を寄せ、何かを包んだルビィが佇んでいる。


 転がるように駆け寄った。

 ルビィの無事を確かめるように肩に手を添える。


「ルビィ! こんな森の奥に1人で入って危ないだろっ。一体、何をして……」


 コールの視線が落ちた先――

 ルビィのたゆんだスカートの中には、シロツメクサの白い花が宝石のように身を寄せ合っていた。


 皆が必死に探し回っていたことなど知らないルビィは、花がほころぶように笑顔を咲かせる。


「ふふー。これでね、ママさまと花かんむりを作ろうと思って集めてたの」


 スカートのシロツメクサをぽろぽろと落としながら、ルビィは導くように歩いていく。


 ルビィの向かう先には洞窟があった。


 背丈の高いコールでも、わずかに屈めば入れるほどの小さな洞窟だ。


 洞窟の中には、シロツメクサの花が積み重なっている。


 だが、その量が明らかに常軌を逸していた。

 まるで誰かが意図して積んだように、こんもりと盛り上げられている。


 祭壇の供え物のようなその盛り方に、コールも思わず首を傾げる。


 何だこの量……

 ルビィが一人で運んだとは到底思えない量だな。


 まるで、何かに誘い込まれたような…………?


 微かな疑念が胸を掠めたものの、ルビィを発見した安堵が勝る。

 コールはルビィを腕に抱え、ガーネットが待っているはずの別荘地へ足を踏み出した。




 一方、ガーネットは閉ざされた室内にいた。

 コバルトブルーの視線に絡め取られ、一歩も動けず硬直状態。


 レオンハルトの瞳は、余裕を映したように弧を描く。


 幼馴染みとしての直感が働いたのか。

 ガーネットの胸には、危うい予感が広がっていた。


「ごめんなさいレオン。私はルビィを探しに行きたいの……だから、そこを通して」


 不穏な視線を避けるように、慎重に足を踏み出す。

 レオンハルトの表情を窺いながら、鍵のかかった内鍵へと手を伸ばした。


 ――だがその内鍵は、レオンハルトの手によって塞がれてしまう。


「だーめ。行かせないよ」


 愉悦に満ちた笑みを口元に刻み、レオンハルトはそっと、秘密を明かすようにガーネットの耳元で囁きを落とす。


「ねえガーネ。あのルビィって子供はさ…………ガーネの未来の娘なんでしょ?」


 瞬間――

 ガーネットの青碧の瞳が火花のように迸(ほとばし)った。


 半歩下がったガーネットは唇を震わせ、か細い声を浮つかせてしまう。


「……え!? な、何を、言っているの」

「ふふ。動揺してるガーネも可愛い。別に隠さなくてもいいよ。ある人が教えてくれたから。ガーネが宿泊する宿屋も合っていたし、間違いない」


 余裕に満ちた声で語りつつ、しなやかな指先でガーネットの頬を愛でるように撫でていく。


「あの子がもし僕の子なら、100歩譲ってまあ良しとしたけど、すぐにわかった…………あの子は、僕の子じゃない」


 絶対零度を思わせるほど冷え切ったレオンハルトの声が、その場の温度を奪う。

 背すじを撫でられたようなぞくりとした恐怖が這い、思わず身を強張らせた。


 ガーネットの警戒心など、レオンハルトは気にも留めない。


 レオンハルトはガーネットの頬から指先を滑らせ、そっとくちびるに触れる。

 優しく弄(もてあそ)ぶように、支配するように……柔らかな唇をなぞっていく。


 やがて、少年のように無邪気な笑みを輝かせ、嬉々として目的を告げた。


「だからさ。ガーネがあの子供を身籠らないように、この場所に隠しておくことにしたんだ」


 その言葉が耳に届いた瞬間、ガーネットの思考は停止した。

 だがすぐに息を吹き返すように、怯えた瞳でレオンハルトを見つめた。


「……な、何を言っているのレオン。隠しておくって……わたし、を!?」

「大丈夫。大切なガーネに無体を働くなんて、僕はしないから。ただ、あの男から隠しておきたいだけだよ。時が過ぎたら、すぐにこの場所から解放してあげる」


 何気ない会話のように、レオンハルトは柔らかな声音で紡ぐ。

 だが、ガーネットは激しく首を振った。


「ばっ、馬鹿なこと言わないで。私はルビィを探しに行くわ!」


 普段の穏やかなガーネットとは思えぬ、はっきりとした拒絶の声がこだまする。


 ふと視線を落とすと、内鍵を塞いだレオンハルトの手が外れていた。

 内鍵を開けようと手を伸ばす。


 だが……


「……あ、れ?」


 ふわり、と重力が裏返ったような、身体が浮き上がった錯覚に襲われる。


 な、に?

 身体が動か、ない……。


 視界が、靄(もや)がかかったように白く霞む。

 地面が離れるように意識が遠のいていく。


 ぼんやりと遠ざかる意識の中――

 レオンハルトの声が静かに脳裏に響いた。


「あ、やっと効いてきたね。この香……甘い匂いがするだけで効かないかと思った」


 足元から崩れゆくガーネットの身体を、レオンハルトはそっと、拾い上げるように腕に収めた。


「アイツらが諦めるまで、少し眠っていてね…………おやすみ、ガーネ」


 レオンハルトの熱を帯びた唇が、ガーネットの額に柔らかく落ちていく。

 抗う術などなく、ただ静かに、ガーネットは瞼を沈めるのだった。


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