第43話 罠
「ほんとうに!? 本当にルビィが見つかったの!?」
思わず確かめ返したガーネットの震えた声が、森の小径にこだまする。
不安をなだめるように、レオンハルトは穏やかな頷きを落とした。
「ああ、別荘で保護してあるよ。ただ具合が悪いらしくて、僕の部屋で休ませてある。早くガーネの顔を見せて、安心させてあげて」
ルビィの泣き顔が脳裏に浮かぶ。
ガーネットは、すぐさま別荘へ続く道へと踵を返した。
だが、何かに引き戻されたようにふらついた足を止め、
「レオン、ルビィを保護してくれてありがとう。本当に何てお礼を言っていいのか……あ、セイラやコールたちにもルビィが見つかったことを伝えないと」
「それなら安心して。すでに遣いを出したから。さあガーネ、手を……今にも倒れそうで、僕はガーネのほうが心配だ」
すらりと伸びるしなやかな手が、眼前へ差し出される。
穏やかに微笑むと、ガーネットはレオンハルトの手のひらに指先を重ねた。
「レオン。何から何までありがとう」
私はレオンの求婚を受け入れなかったのに。
レオンはこんなにも優しくしてくれる……。
ルビィを失うかもしれないという底知れぬ恐怖と、レオンハルトへの罪悪感に苛まれながら、ガーネットは震える足を必死に動かした。
レオンハルトに導かれ――
木々の陰から、白亜の輝きを放つ白煉瓦の屋敷が静かに姿を現した。
石膏のように白く滑らかな外壁は、美術品のように美しい。
この何色にも染まらぬ白を纏った無機質な屋敷こそ、シュナイダー家の別荘である。
屋敷の大扉はすでに開け放たれている。
ガーネットとレオンハルトは、玄関ホールへと足を踏み入れた。
玄関ホールの中央には大階段が据えられ、手を繋いだ2人はゆっくりと段を踏みしめていく。
1歩先を進むのは、レオンハルトだ。
レオンハルトは繋いだ手を決して離さず、ガーネットを引き上げるように指先に力を込めた。
微かに湿り気を帯びた手のひらが、レオンハルトの緊張を物語っていた。
タッ、タッ、タッ。
一方のガーネットは、階段を踏むごとに緊張がほどけていくのを感じた。
ルビィの無事を、徐々に実感し始めていた。
よかった。
ルビィは無事なんだわ。
もう少しでルビィに会える!
独りきりで、きっと心細かったことでしょう。
どうか、あの子が涙に濡れていませんように……。
はやく、早くルビィをこの手で抱きしめたい。
2階の踊り場に差しかかったあたりで、白いシーツを抱えたメイドとすれ違った。
こちらに気づいたメイドは足を止め、恭しい儀礼を捧げた。
恭しい儀礼の影で――
メイドの顔色は酷く青ざめ、床へ縫い付けた瞳は動揺に揺れていた。
その翳った気配に、ガーネットは気づかない。
ガーネットはただ、レオンハルトの背だけを追って歩みを進めていった。
さらに階段を上り、3階へ。
ガーネットとレオンハルトは、3階の廊下の奥へと進んだ。
ルビィが待っているであろう、レオンハルトの私室の扉前へ辿り着く。
いまだ互いのぬくもりを繋いだまま、レオンハルトはゆっくりと身を返し、柔らかく微笑んだ。
「さあ、こっちだよガーネ……」
誘われるように、部屋へと足を踏み入れる。
その一室は、ガーネットが幼い頃にレオンハルトと駆け回った、馴染みの空間。
懐かしさの残る空間に気を許し、警戒心など手放して中へ進んでいく。
不思議ね。
小さい頃はとても広く感じたけど、今はとても狭く感じる。
これも成長したからかしら。
でも記憶よりも少し暗いような。
これも、成長のせい……?
レオンハルトに促されるように姿見鏡の脇を通り抜け、細い廊下へと進む。
見知らぬ間取りに、ガーネットは微かに小首を傾げた。
え、レオンの部屋って二部屋に分かれていたかしら……?
短い廊下を抜けると、窓から差し込む柔らかな光がガーネットの瞳を白く染めた。
まず視界に入ったのは寝台だった。
寝台の上には、シーツを押し上げるようにこんもりとした膨らみが見えていた。
シーツの隙間から珊瑚色の髪がふんわりと覗いている。
――ルビィ!
吸い寄せられるように駆け寄り、掴んだシーツを捲る。
「ルビィっ、大丈夫?」
ガーネットは我が目を疑った。
「……え?」
そこには珊瑚色の髪の……
幼い頃のガーネットによく似た『ぬいぐるみ』が、横たわっていた。
愛らしいぬいぐるみの薔薇色の頬に触れながら、ガーネットは胸に落ちた違和を小さくこぼした。
「どうしてこんなぬいぐるみが……ルビィは?」
刹那――ガチャッッ。
出口を塞ぐ無慈悲な音が室内に反響した。
すぐさまガーネットは振り返る。
視界が捉えたのは、内鍵に固く手を添え、穏やかに微笑むレオンハルト。
その笑みはどこか歪で、底の見えない恐怖を孕んでいる。
弧を描いた唇は、ゆるやかに告げる――
「……おかえり、ガーネ」




