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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第42話 迷子は迷子と気づかない

 ――数分前。


 一体、その小さな身体のどこに収まっていくのか。


 苺のアイスクリームをぺろりと平らげ、ルビィは名残惜しそうに空になった皿へと視線を落とした。


「もうアイスクリームなくなっちゃったの」


 ちらと、湖を揺蕩(たゆた)うボートに視線を送る。

 たちまち、肩がしょんぼりと沈んだ。


「ママさまはまだボートの上だし……やっぱり、ママさまについていけばよかったかも」


 ――パチッ。


 突然、背後から手を打ち鳴らしたような、軽快な音が響いた。


 ルビィはすぐさま後ろを振り返る。

 音の正体を探して目を凝らすと、森の小径(こみち)の中央に何か小さな白い影が横たわっていた。


 その影の正体に気づいたルビィは瞳を輝かせ、軽やかに立ち上がった。


 足音ひとつ立てず、ルビィはピクニックシートから離れていく。


 見守り役のセイラはというと――

 シュナイダー家の使用人に声をかけられ、ルビィの不在に気づく気配はない。


 小径で拾ったある物を見つめ、ルビィは嬉しそうに頬をゆるませた。


「うふふ。これでママさまとあそべるの」


 ふと顔を上げ、キョロキョロと周囲を見回す。


 するとその先にも、さらにその奥にも……

 まるでルビィを誘い込むように、それは点々と並んでいた。


 満面の笑みを浮かべたルビィは、追いかけるように拾い集めていく。


 スカートの裾を小さくたわませ、そっと包んで慎重に歩き出した。


 夢中で拾っていくうちに湖周辺から離れ、深い森の奥へと足を踏み入れていることにも気づかずに……。



 ∻❖∻



 一方、ガーネットたちはルビィの姿を血眼になって探し続けていた。


 ルビィの名を叫んでも、森は鳥のさえずりか風のさざめきを返すだけ。


 広大な湖周辺を。

 シロツメクサの咲き誇る花畑を。

 別荘が立ち並ぶ区域を。


 半ば駆け回るように探すが、ルビィの行方は掴めない。


 あるいは深い森の奥か……はたまた……。


 不安がよぎりつつも、セイラも、ゲオルグも、コールも、不安を押し殺してルビィの行方を必死に探し続けた。


 置かれた状況を整理するため、ガーネットたちは再びピクニックシートへと集結した。


 考え得る限りの場所を探し終え、ガーネットの不安は頂点へと達していた。

 その表情は蒼白に染まり、今にも泣き崩れそうである。


 肩を震わせ、瞳に涙を溜めたガーネットは弱弱しく言葉を落とした。


「わた、しが……ボートに乗ってルビィから目を離したから……まさか、誘拐じゃ!? どうしよう、今頃怖い人に捕まって泣いているかもっ」


 後悔が胸を締めつける。

 不安が、波のように押し寄せて息が上手く吸えない。


 唇は冷たく染まり、ガーネットの華奢な肩は震えが止まらなかった。


 ――不意に、背後から優しい温もりが包んだ。


 コールの大きな手が、ガーネットを励ますように優しく寄り添っていた。


 琥珀の瞳はガーネットの姿を優しく捉えていて。

 その澄んだ声は、ガーネットの不安を払うように力強く響く。


「しっかりしろ姫様。そんなに時間は経ってないんだ。あのお転婆なら、どこかで遊んでいる可能性だってあるだろ」


 普段の快活さは影を潜め、代わりにコールの真剣な声が耳朶を撫でた。


 すると不思議なことに、ガーネットの肩を震わせていた不安が徐々に和らぎ始める。


 コールの声を聴くと、きっと大丈夫だと不思議とそう思えた。

 目尻に溜まった涙を指先で拭い、ガーネットは鼻を啜りながら力強く微笑む。


「……ええ、そうね。元気なルビィなら、どこかで遊んでいるだけかもしれない」


 涙の跡は残っている。

 だが目元をほころばせ、精一杯の微笑みを向けた。


 そんなガーネットの肩を、コールは勇気づけるようにそっと叩く。


「俺とゲオルグ先輩は、もう少し遠くの森を探してくる。姫様とセイラさんは、もう一度湖周辺を当たってくれ」

「わかったわ」


 駆け足で森の方角へ向かうコールとゲオルグの背を、ガーネットたちは見送った。


 身を引き締めるように、きゅっと唇を噛む。

 ガーネットは、セイラへと向き直った。


「私は湖の西側を探すわ。セイラは東側をお願い」

「任せてください…………あの、お嬢様。私が目を離したばかりに、ルビィお嬢様を危険に晒してしまい、面目次第もございませんっっ」


 地に着くのではないかというほど、セイラは深々と頭を垂れた。

 セイラの肩は、深い罪悪感がにじむほど小刻みに震えていた。


 その後悔を、ガーネットは痛いほど感じ取った。

 そして、静かに首を振る。


「いいえ、セイラだけの責任ではないわ。私もルビィと離れてボートに乗ったのだし……もしかしたら、ルビィは私を探しに出かけたのかもしれない。さあ、私たちも湖の近くを探しましょう」


 セイラと別れたガーネットは、湖の西側周辺を手当たり次第に探し始めた。


 桟橋の下や小屋の中も、隅々まで確かめる。

 だが、ルビィに繋がるものは何ひとつ見当たらない。


 周囲に目を配りながら、木漏れ日が降り注ぐ小径をガーネットは歩いていた。


 シロツメクサの花が、風に弄(もてあそ)ばれるようにくるくると小径を転がっている。


 そのシロツメクサを捉えたガーネットの瞳の奥には、ルビィの明るい笑顔が浮かんでいた。


 ルビィが花畑と口にした時、一緒にシロツメクサの花畑に行けばよかった。

 ルビィがいなくなってしまうなんて……。


 胸を引き裂かれるような気持ちって、こういうものなのね。


 あの子とは、まだ出会って10日足らず。

 なのに、もうこんなにも私の心を占めている。


 ルビィ、ママさまは絶対にあなたのことを探し出すから。


 待っていて……!


 その時、


 小径の前方から、誰かの走る靴の音が届いた。


 ぼんやりと浮かんでいた輪郭が、徐々に鮮明になる。

 誰かがこちらへ向けて、大きく手を振っているのだと気づいた。


 どうやら、レオンハルトが慌てた様子で駆けて来たらしい。


「ガーネ! あの子が見つかったよ!」


 そのひと言に、ガーネットの心はフッと軽くなる。

 安堵が喉元まで込み上げたのに、まだ足の震えは消えぬまま。


 ルビィ!

 ……レオンの近くには見当たらないけど、どこにいるの?


 ああ、そんなことより早くっ、早くあの子の無事を確かめたい。

 そして抱きしめて、1人にしてごめんなさいって謝りたい。


 ガーネットは、レオンハルトのもとへ足早に駆け出した。


 レオンハルトの優しげな表情の奥に、濁った黒い思惑が宿っているとは気づかずに……。


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