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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第39話 芽生えた恋心と、育った執着

 ふわりと霞みがかった微睡(まどろ)みの中……。


 可憐なシロツメクサが咲き誇る広大な花畑を、年端もいかぬ少年が風を切るように駆けていく。


 月の輝きのような、少年の月白(げっぱく)色の髪がさらりとなびいた。


 少年の向かう先には、小さな少女の姿があった。

 まだ幼いガーネットである。


 花畑の風に揺られながら、ガーネットはシロツメクサの花を一輪ずつ丁寧に結んでいる。

 可愛らしい花冠が形を成していく。


「うわあーんっ、ガーネえぇぇっ。僕の頭に虫がぁ~あっ!」


 少年はガーネットの胸めがけて、勢いよく飛び込んだ。

 慣れた手つきで花冠を退避させ、ガーネットは胸元にしがみついた少年に微笑みかける。


「ふふっ、もうレオンったら。虫って、ただのてんとう虫じゃない」


 ガーネットへ飛び込んだ瞬間、レオンハルトの心に巣食った恐怖はすでに溶かされていた。

 だが、ガーネットに甘えたい気持ちが胸をくすぐる。


 レオンハルトは怯えたふりを続けた。


「でもでもっ……てんとう虫って赤い目玉みたいで怖いんだもん」


 どこか呆れを含みながら、ガーネットは口元を柔らかくゆるめる。


 レオンハルトの月白色の髪に、そっと触れた。

 絹のような髪にしがみついたてんとう虫は、やれやれとガーネットの指へと身を移す。


 指の先までよじ登ったてんとう虫は、バサッと羽を広げた。

 まばたきを落とした僅かな瞬間に、てんとう虫は空へと旅立っていく。


 てんとう虫を見送りながら、ガーネットはレオンハルトの頭を優しく撫でた。


「はい、もう大丈夫。レオンったら、本当に泣き虫なんだから」


 春の陽だまりのような柔らかな笑顔がほころぶ。

 その花のような微笑みに照らされ、レオンハルトの頬はじんわりと火照りを帯びていく。


 ガーネはとっても優しい。


 僕は公爵になる。

 だから心も強くありなさい――と、お父様やお母様はいつも口にする。


 勉強や剣術を頑張っても、当然だって褒めてはくれない。


 でも、ガーネだけは僕のことを「偉い」って褒めてくれる。

 嫌な時は、甘えさせてくれる。


 僕は、ガーネと一緒にいると心臓がどきどきうるさくって、嬉しくなるんだ。

 最近読んだ本で、それを『恋』と呼ぶのだと知った。


 物語の幸せな結末みたいに、僕はガーネと一緒にいたい。


 だから……


「ねえガーネ。僕ね、ガーネが大好き。だから僕のお嫁さんになって……」


 ガーネットの唇が柔らかく弧を描き、返事を紡ごうと動いた。


 だがその時、


「ダメなのっ! ママさまはルビィのママさまだから、あなたのお嫁さんにはならないの!」


 ――瞬間。

 現れたのは、ガーネットに瓜二つの少女と、成長した19歳のガーネットだった。


 先ほどと変わらぬ穏やかな気配のまま、ガーネットは唇に弧を描く。

 けれど、その眉は申し訳なさげに沈んでいて、


「……私はルビィのママさまみたい。だから、ごめんなさいレオン。あなたのお嫁さんにはなれないの」


 ルビィがガーネットの手を取った。

 そして、淡い光の先へと導いていく。


 その光の中には、男のシルエットが薄くにじむように浮かんでいた。


 その人物に向けたガーネットの眼差しは砂糖菓子のように甘く、柔らかく注がれている。


 ああ、知ってる。

 それは僕がガーネに送っている眼差しと同じ。

 ……恋、している視線。


 柔らかな微笑みが2人の間で交わされる。

 ガーネットは、その人物の手を躊躇(ためら)いながらも受け入れた。


「ガーネっ、いやだっっ。ぼくを、僕を置いていかないで!」




 刹那――

 静寂の深淵から、コバルトブルーの瞳が浮かび上がった。


 見知った天井に安堵を漏らす。


「……ゆめ、か」


 途端に莫迦莫迦(ばかばか)しさが胸を込み上げ、レオンハルトの喉が笑みを鳴らす。


「はは、ようやくカイザー(アイツ)を引き剥がしたと思ったら、あの子供に打って変わるとはな。夢の中まで……どれだけ僕の邪魔をすれば気が済むんだ」


 悪態を吐くその尖った声とは裏腹に、額には冷たい汗が滑り落ちていく。


 手の甲で何度拭っても、説明のつかない不安は拭いきれず、こびりついたまま……。


「このままだと、本当にあれが未来になってしまう。だが、絶対にそんなことはさせない」


 寝台から、静かに身を起こした。


 素足のまま向かったのは、壁に据え付けられた大きな姿見鏡だった。

 豪華な金の縁であつらえた装飾が美しい。


 鏡の前で立ち止まり、レオンハルトは己を見つめた。

 決意を固めた眼差しの自分が、こちらを睨んでいる。



 今日、僕は決行する。

 ガーネを僕のものとするために……!




 ∻❖∻




 カラカラとした車輪の音が響く。

 馬車の周囲には馬に跨った軽装の護衛が2人。


 レオンハルトから招待を受け、湖周辺でピクニックとなった。


 別荘の立ち並ぶ区域を進み、一等地へ。


 白亜の輝きを纏った白煉瓦の屋敷の前で、馬車は羽根を休めるように停車した。


 レオンハルトらしき人物が、急ぎ足で馬車へと駆け寄った。


 馬車の扉がゆるやかに開かれる。


 そのゆるやかさが、もどかしかったのか。

 ドアノブへと手を伸ばし、レオンハルトは一気に開け放った。


「ガーネ、おかえりっ」


 その溌溂(はつらつ)とした声に、ガーネットは思わず笑みをこぼした。


「ふふ、おかえりだなんて。ここは私の家ではないけど……」


 包み込むようにガーネットの手を取り、レオンハルトは穏やかな声音で告げた。


「子供の頃はよく遊びに来ていたでしょ。だからおかえりだよ」

「そうね、子供の頃はよくレオンとこの辺りを駆け回っ……いいえ、レオンの部屋のほうが多かったかしら……」


 遠い記憶を思い出そうと、ガーネットは首を傾げる。

 すると、ガーネットの背後から、小さなルビィがぴょこりと顔を出した。


「ママさま。ここに来たことがあるの?」

「ええ、この辺りは子供の遊び場がたくさんあるのよ。湖で水遊びしたり……そうだ、あの花畑はまだあるかしら。あとで一緒に花冠を作りましょうね、ルビィ」


 ルビィの淡い青碧の瞳が、湖面のようにきらりと瞬いた。


「うんっ、花かんむりならルビィもお母さまと作ったことあるの。ママさまの花かんむりをルビィが作ってあげる!」


 並んだ2人は、揃いの水色のセーラーワンピースに身を包んでいた。


 ――首元には、橙色の薔薇のコサージュ。

 数日前に湖上街リングロータスで揃えたセーラーワンピースは、涼やかな湖によく映える。


 楽しげな2人を見つめたまま、レオンハルトはコバルトブルーの瞳を細めた。

 瞳の奥は、狂気を隠したような暗闇が不気味に揺らめいている。


「……さあ、立ち話もなんだし、こちらへどうぞ」


 ガーネットの手を包むレオンハルトの手のひらに、僅かに力が宿った。


 きゅっと握ったその指先は、茨(いばら)の蔦(つた)のように纏(まと)わりつく。

 絶対にガーネットを離すまいとする執着が、静かに根を張り始めていた……


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