第38話 カレンデュラの花束
ガーネットたちは、コールの後を慎重に追っていった。
辿り着いたのは、街の外れ。
街の喧騒が遠のくほど街並みは色褪せ、寂れた気配が周囲に漂う。
ふわりと揺れる橙色のカレンデュラの花束を携え、コールはある建物へと入っていく。
コールの姿が建物へと吸い込まれる。
それと同時に、ガーネットたちも後を追った。
ゆっくりと、その建物を仰ぐ。
――それは、ひっそりと佇む小さな教会。
白い漆喰の壁が陽光を柔らかく反射し、下部の石煉瓦には苔が纏う。
寛やかな時を刻む、どこか懐かしい教会だった。
ああ、ようやくわかった。
コールが口にした「き」って、教会のことだったのね。
ん? 教会に……はな、たば……。
絡まった糸がするりと解け、ガーネットの中でコールの目的が形を成していく。
不意に、ワンピースの袖が引き寄せられた。
こちらを見上げたルビィが、必死で教会の入り口を指差している。
「ママさま、早く中に」
しかし、ガーネットは静かに首を振った。
そしてゆっくりと膝を突き、ルビィを諭すように柔らかな声で包み込む。
「いいえルビィ。私たちはここで待っていましょう……コールの、邪魔をしてはいけないわ」
教会の外に据えられた古いベンチに腰を下ろし、ガーネットたちは、静まり返った空気の中でコールを待っていた。
教会の窓越しに、讃美歌のたおやかな旋律が淡くこぼれ出す。
亡き人へと祈りを捧げる讃美歌の調べに、ガーネットも静かに目を伏せ、祈りを捧げるのだった。
∻❖∻
信徒たちの人波に紛れ、コールが教会から姿を現した。
教会を出て早々、質素なベンチに腰掛けるひと際目立つ貴族令嬢の存在に目を疑う。
珊瑚色の滑らかな髪が肩に添うように流れ、憂いを帯びた青碧の瞳を揺らす。
――見紛う事なき主の姿に、コールの足元は凍りついた。
「……姫様? っていうか、みんな揃ってこんなところでどうしたんだ?」
ベンチから元気よく飛び起きたルビィは、謎を解き明かす探偵のように告げた。
「コールが気になって追いかけてきたの。ね、ママさま」
声を発することなく、ガーネットは優しく微笑む。
その静と動のような対照的な2人の様子に、コールは戸惑いを覚えた。
同時に、行く先を知るはずのゲオルグとセイラを、責めるように睨みつける。
「追いかけてって……誰も止めなかったのか」
コールの鋭い眼光から逃げるように、ゲオルグもセイラも、視線を横へと滑らせた。
だがすぐに、吹っ切れたようなコールの溜め息がその場に響く。
「まあいいや……じゃあ、みんなも一緒に行くか?」
コールの案内で辿り着いたのは、教会に隣接した共同墓地。
ゆっくりと歩みを進めたコールは、淡い乳白色の墓石の前で足を止めた。
――墓石には、カレンデュラ・ガルシアと刻まれている。
琥珀の瞳に柔らかな光を宿し、コールは膝を下ろす。
枯れ果てて形も崩れた花束と、墓石にかかった枯葉を静かに片づけた。
塵ひとつなくなった墓石に、腕に抱えていた鮮やかなカレンデュラの花束をそっと添える。
「ただいま母さん。今日は、俺以外にも会いにきてくれたよ」
墓石に視線を落とし、ガーネットはそっと言葉を紡いだ。
「……お母様が、ここに?」
「コールのお母様なの?」
ルビィも墓石を優しく撫でながら、首を傾げている。
2人の疑問に応じるようにゆっくりと頷き、口元に微笑みを落とす。
笑っているのに、コールの微笑みの奥にはどうしようもない哀しみが伴っている。
「そう、ここに俺の母さんが眠ってる」
静かにまばたきを落とし、
「ガルシア家の墓じゃないんだって思ったろ。母さんはまあ、没落した貴族の娘だったから、上の2人に反対されて墓には入れてもらえなかった……」
『上の2人』という言葉に、ガーネットは眉をひそめた。
ガルシア家は何かと複雑だと、耳に挟んだことはあった。
もしかしたらコールは、私では想像もつかない境遇に身を置いていたのかもしれない。
言葉にしたい疑問は、いくつも胸の奥にある。
どうしてそれで、お母様はベルフィオーレの共同墓地に埋葬されているの?
コールはもしかして……ベルフィオーレに所縁があるの?
気取られぬように、視線をコールへ向けた。
墓石に触れたコールの手は微かに震え、悔しさを押し殺すように眉間に皴を刻んでいる。
淋しげな横顔に触れた瞬間、ガーネットの疑問は泡沫のように淡く溶けていった……。
コールの隣に膝を落とし、ガーネットはただ、静かに祈りを捧げることしかできなかった。
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次の物語は――
レオンハルトの招待で、ガーネットたちは湖周辺でピクニックをすることに。
しかしそれは、レオンハルトの黒い思惑が渦巻く罠だった。
レオンハルトの魔の手から、ガーネットたちは切り抜けることが出来るのか――!?




