↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/80

第36話 今宵、星空のバルコニーでふたり

 夜のベルフィオーレ城は、各所に灯された篝火(かがりび)が揺らめく。

 まるで、蛍火のような幻想的で美しい光に包まれていた。


 夜に溶ける虫の音とともに、城には深い静寂が満ちている。


「……すぅ……ふぅ……」


 寝台の上、穏やかな寝息を立て、ルビィは深い眠りに落ちていた。


 小さな腕には、ロバのぬいぐるみをぎゅっと抱き寄せている。

 ロバの背に乗って冒険の続きを楽しむように、至福の寝顔を浮かべた。


 寝台の端に腰を下ろし、ガーネットはそっとルビィの額を撫で、微笑みを咲かせた。


 開いた硝子扉から、ふわりと夜風がそよぐ。


 心地の良い風に誘われるように、ガーネットはバルコニーへ音もなく踏み出した。




 頭上に広がった夜空は、瞬くような満天の星。


 色鮮やかな宝石を散りばめた星々が、幾千の時を越えて煌めきを伝えている。

 そのあまりの美しさに心奪われ、ガーネットは感嘆の声を洩らした。


「わあぁぁ……きれい」


「……そうだな」


 ふわりと返ってきた返事に、ガーネットは瞳を瞬かせた。


 すぐさま、声の主を確かめる。

 隣のバルコニーには、月明かりを浴びたコールが佇んでいた。


 就寝前なのだろうか。

 薄い麻のシャツを身に纏ったコールの表情は、護衛の時とするとゆるやかである。


 悪戯っぽく片眉を吊り上げ、コールは白い歯を覗かせた。


「すまない、驚いたか?」

「ふふ、少しだけ……あなたも星を見ていたの?」

「ん? 星っていうか、月が綺麗でさ、何かふと呼ばれた気がした、かな」


 そうこぼしながら、コールは夜空に浮かぶ満月を見上げた。

 花の蕾のように愛らしいガーネットの唇に、そっと笑みがほどける。


「ふふっ、コールって見かけによらずロマンチストね。詩人みたい」

「見かけによらずってなんだよっ」


 半ば呆れたように、コールは笑みを落とした。


 だが、普段より周囲が静まり返っていることに気づく。

 小さな騒がしい怪獣を探すように、視線を巡らせた。


「……ルビィはもう寝たのか?」

「ええ、もうぐっすり。いっぱい遊んで疲れたみたい……コール、護衛だけじゃなくて、ルビィの面倒まで見てくれてありがとう」


 頬に宿った熱を隠すように、コールは濃紺の髪を優しく払った。


「別に感謝されるようなことじゃないさ。ルビィと遊ぶのは楽しいし、正直、行動が読めなくて面白い」

「ルビィも、コールに懐いているわよね。明日はコールと遊ぶのって張り切っていたわ」


 ガーネットの言葉を受け、コールは表情を固くした。


「明日? あー、俺明日の午前は私用で休むんだよな」

「え、そうなの?」


 ガーネットの瞳が僅かに見開かれた。

 コールは、何か言い淀むように声を低くする。


「ああ、ゲオルグ先輩に伝えてある。朝は顔を出すけど」


 私用って、どこか行くの?

 ――そう喉元までせり上がった問いを、ガーネットは慌てて呑み込んだ。


 そんなこと、私が尋ねてどうするの……。


 ガーネットの瞼の裏に、コールが三つ編みの女性と楽しげに語らう姿が浮かんだ。


 もしかして、昼間のあの人と会うのかしら。


 まただわ。

 昼間と同じように胸の奥が軋んで、焔(ほのお)であぶられたみたいにひりひりする。


 こんな気持ち。5歳の時に、レオともう会えないと悟ったあの日みたい……。

 その時、私はレオに恋していたんだって気づいて、初恋を自覚した。


 コールといると、どういうわけかレオの記憶を呼び起こすことがある。


 コールって、レオに似ているのかしら?

 残念なことに、レオの顔は霧がかったように曖昧で……私は比べる術を持たない。


 ……どこに行くのって、コールに訊いてしまいたい。


 でも、いくら私の護衛だとしても、そんなプライベートなことを尋ねるのは違う気がするのよね。

 コールだって嫌がるだろうし。




 あれこれと思いを巡らせるうちに、ガーネットの足は、コールのいるバルコニーの方角へ無意識に進んでいた。


 気づいた時には、縋りつくような切ない眼差しでコールを見つめていた。


「姫様…………どうした?」


 異変を感じ取り、コールも案じるようにバルコニーの端まで寄りすがる。

 バルコニーの距離は、2メートル以上離れていた。


 瞬間――


 そんな距離などまるでないように手摺りを蹴り上げ、コールは迷いなく夜空を翔ける。


 ひとつまばたきを落とした時には、ガーネットの隣にコールが降り立っていた。


「コールぅ!? 危ないじゃない! おっ、落ちたらどうするのよ!?」


 ガーネットの顔が驚愕に染まる。

 無事を確かめるように、コールの逞しい腕にそっと触れた。


 瞳をぱちくりと瞬かせ、コールは平然とした様子で小首を傾げる。


「これくらい平気だよ。こう見えても鍛えてるからな……それよりも」


 そっと顔を近づけ、コールはガーネットを見つめた。

 コールの琥珀の瞳には、ぽかんと口を開けたガーネットが映っている。


「姫様、何か悲しいことでもあった?」


 鋭い指摘に、ガーネットの瞳が大きく見開く。

 感情を隠すようにコールの腕から離れ、ぷいっと顔を逸らした。


「別に。悲しいこと、なんて……」

「本当に? もしかして、明日俺がいなくて淋しいとか……なーんて」


 だが、 


 コールの視界に飛び込んだのは、図星を突かれ、耳の先まで朱に染めたガーネットだった。


 その赤面は夜にも関わらず鮮明で……

 青碧の瞳は、月光を受けて湖面の輝きのように揺らめいている。


「おっとぉ……」


 おいおい、その可愛い顔は反則だろ。

 こっちが勘違いしそうになる。


 ……待て、早まるな俺。冷静になれよ、俺。


「そ、そんなに心配しなくてもすぐに帰ってくるから」

 蚊の鳴くような細い声でぼそりとささめき、

「……街に行くだけだし」


 ガーネットは聞き逃さなかった。

 ここぞとばかりに問いかける。


「街の、どこに行くの?」

「ん、どこって、き……」

「……き?」


 上目遣いのガーネットの眼差しが視線を奪い、胸の奥がざわりと波立った。

 喉元まで出た言葉を押しとどめ、コールは心を鬼にして視線を星空へと向けた。


「じゃなくて、んー、街の外れのほう? ……まあ、俺にもいろいろとあるんだ。んじゃあ~、そろそろ明日に備えて寝るかなぁ」


 上擦った声の余韻を残し、コールは逃げるように踵を返す。

 自分の部屋のバルコニーへ、翼が生えたようにふわりと舞い戻った。


 コールは柔らかな笑みを浮かべ、


「おやすみ、姫様……」

「お……おやすみなさいコール」


 パタン、とコールの部屋の硝子扉が閉まった。


 静寂がその場に落ちる。


 途端に、ガーネットの心に淋しさが押し寄せた。

 胸を締め付けるような感情に耐えきれず、ガーネットも早々に部屋へと引き返すのだった。




 寝台へと足を運ぶ最中(さなか)、ふと静かに佇む内扉に視線を向けた。


 存在感のあるそれは、コールの部屋と繋がった扉。


 今は内鍵を掛けてある。

 でもこの鍵を外したら、そこにはコールが……。


 コールの引き締まった腹筋と強靭な胸筋が、ガーネットの記憶を侵略するように駆け巡った。

 筋骨隆々な上半身を思い出すごとに、頬は熱を帯びる。


 私ったら、何てはしたないことを考えているの……っ!?


 動揺したガーネットはルビィの眠る寝台へと滑り込み、瞼を閉じる。

 しかし、コールの行き先が気になって落ち着かず、眠りは遠いまま……。


 カチ、カチ、と響く時計の音に心乱され、どうにも眠れないガーネットであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。