第33話 嫉妬の炎を宿して
煌めく宝石たちが訪れるものの視線を奪っていく。
煌びやかな宝飾品が整然と並ぶ店内は静謐さに包まれ、子供を寄せ付けぬ雰囲気が漂っている。
ここは領都でも屈指の宝石店『ファーストクラリティ』
壁に掲げられた金価格に目を凝らしながら、ガーネットはぼそりと呟いた。
「あら、金の相場が下がり気味ね……少し放出量を押さえたほうがいいかしら」
ガーネットの微かな呟きに耳を傾け、レオンハルトの瞳は愉しげに弧を描く。
ガーネがいつにもまして思案げだ。流石は宝石領の領主の娘。
眉間に皴まで寄せて、可愛い。
そんな博識なガーネも魅力的だ……結婚したら、毎日宝石を贈るのもいいな。
レオンハルトの視線が、心を掴まれたようにある品へと留まった
――それは、仲睦まじく寄り添うような優美なペアリングだった。
『お好みの宝石を宝飾できます』と小さなカードが添えられている。
ガーネと揃いの指輪……か。
ガーネットの宝石を僕が付けて、ガーネには僕の瞳の色によく似たアクアマリンを……。
ガーネットの指先へと視線を忍ばせる。
まだ誰の物にもなっていない左手薬指に、つい思いを馳せてしまう。
心躍らせたレオンハルトはおもむろに月白色の髪を払い、さり気ない風を装って問いを投げかけた。
「ねえ、ガーネだったらどの指輪が」
しかし、
「ルビィ見て。あなたの名前の由来になった宝石のルビーよ」
ガーネットはルビィを抱き上げ、硝子のショーケースに並ぶ煌びやかな紅玉を指し示した。血のような深紅から桜の花びらのような薄紅色まで、色鮮やかなルビーが美しい色合いを競い合うかのように輝きを放っている。
抱き上げられたルビィはこてんと首だけ傾け、ガーネットに視線を送った。
「ルビー? このピンク色もルビーっていうの?」
「そう、とっても可愛いわよね。きっとルビィのお母様も、あなたが生まれた時にあまりの可愛さにこの名前を付けたんじゃないかしら」
何となく理解したらしいルビィの瞳は淡く灯り、自然と輝きを瞬かせる。
「ふぁああ、ルビィの宝石とってもきれー……」
キィィーーパタンッ。
扉の軋む響きを連れ、レオンハルトは人知れず店を出た。
すでに苛立ちは頂点へと達し、ドスンっ。店の壁に拳を打ち付ける。
痛みを覚えたのは壁ではなく、自らの拳で……その痛みにまた苛立ちを募らせていく。
ああ、失念していた。あの子供の名にも宝石が入っていたのだった。
どうもあの子供が現れてから何事も上手くいかない。
ガーネが僕を……僕だけを、見てくれない。
拳だけでは怒りは収まらず、レオンハルトは奥歯を押し潰すように噛み締める。
ぎりぎりと噛み締める音が耳奥で響いた。
「まあ、だったら是非今度、うちで買ってくださいな」
不意に若い女性の澄んだ声が耳に届いた。
透き通った声に誘われるように視線を向けると、コールが三つ編みの女性と親しげに言葉を交わしていた。周囲の喧騒で会話の内容までは聞き取れない。
だが頬を緩ませた2人は、何やら愉しげに会話を重ねている。
己とは真逆の、甘い気配が漂うような状況に、レオンハルトは鼻先を膨らませた。
彼は店の外の警護に当たっているはずだが、任務中に何をやっているんだか……。
僕は5歳児に負けたというのに、まったくいい御身分だな。
すると、宝石店の扉が開いた。
扉から顔を覗かせたガーネットは、レオンハルトの姿にホッとしたように目尻を下げる。
「もうレオンったら、急にいなくなって心配したじゃない」
ガーネットからの『心配』という言葉がレオンハルトの耳に触れ、歓びが満ちる。次の瞬間には、嬉々とした明るい声を放っていた。
「あ、すまないガーネ。心配させてしまったかな。ちょっとぉ外の空気が吸いたくなって……さ」
「ふふ。もしかして、宝石の多さに息が詰まってしまっ…………っ!」
言葉を宙に残したまま、ガーネットは驚愕に瞳を見開いた。
レオンハルトの肩越しに、コールが女性と笑い合う姿が見えたのだ。
三つ編みの女性は蜂蜜色に輝くマリーゴールドの花束を抱え、コールを潤んだ瞳で見上げていた。コールも満更でもない様子で肩をすくめ、くしゃりと笑みをこぼしている。
ガーネットの胸の奥底から、黒い感情が沫となって浮かび上がり、ズキリ、ズキリと鈍い痛みを伴って疼き始めた。
胸に芽生えた疼きを誤魔化すように、ガーネットはそっと胸元を押さえた。
え、コール…………その女の人、誰なの?
レオンハルトが次の行き先を、弾むように語っている。
だがその声は、ガーネットの耳には届いていなかった。




