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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第3話 傷モノ令嬢、とんでもない未来に驚愕する

 馬のいななきとともに、ベルフィオーレ家の屋敷の前に1台の馬車が停車した。


 予定より早い帰還に、家宰のロバーツを筆頭とした使用人たちは、足音を忍ばせて玄関ホールへ集まり、恭しく頭を垂れる。

 普段より張り詰めた空気が周囲を纏い、どこか忙しなさを引き立てている。


 扇子やクラッチバッグは侍女のセイラに預け、ガーネットは大きな何かを両腕に抱きかかえていた。まるで、世界で一番大切なものを守るように。


 ガーネットのか細い腕にすっぽりと収まっていたのは――年端も行かぬ少女だった。むにゃむにゃと唇を動かし、安心しきった表情で穏やかな寝息を立てている。


 ロバーツたちは何事かと目を丸くした。

 だが気に留めた様子もなく、ガーネットは柔らかな声でそっと言葉を紡いだ。


「ロバーツ。お父さまはいらっしゃるかしら?」

 ハッと我に返ったロバーツは胸に手を添え、厳格な家宰らしく淡々と告げた。

「領地編成の最終確認日ですので、旦那様はまだ王城から帰られておりません。明朝には戻られるかと」

「……ああ、そうだったわね。わかったわ」


 私室へ向かうべく、ガーネットはくるりと踵を返す。

 すぐさまロバーツは、30年の歳月で会得した柔和な微笑みで、ガーネットの歩みを遮った。ロバーツの右眼の片眼鏡モノクルがギラリと光る。


「して、ガーネットお嬢様。そちらの小さなお嬢様は?」

 その問いかけに、ガーネットは唇をくいっと吊り上げ、悪戯に瞳を緩めた。

「え…………わたしの、子供、かしら?」


 そう告げると、ふわりとドレスの裾を翻し、迷いのない足取りで歩き出す。

 まるで化かされたように呆然と、ロバーツたちはガーネットの背を見送るのだった。



 ∻❖∻



 ――ガーネットの私室。


 すやすやと安堵しきった寝顔のルビィを、柔らかな寝台へとそっと預けた。

 ガーネットと侍女のセイラは注意を払いながら、ルビィを柔らかなナイトドレスへと着替えさせていく。

 幼い日のガーネットのナイトドレスが、クローゼットに眠っていたのだ。


 服を脱がせていくうちに、2人は驚愕した。

 ルビィの手足には、真新しい小さな擦り傷が残されていた。

 とりわけ両膝の大きな擦り傷が目を引き、乾いた血の痕が胸を締めつけるほどに痛々しい。


「まあ……ルビィお嬢様、おいたわしや……」


 囁くようなセイラの悲痛が、柔らかなシーツに吸い込まれていく。


 ルビィが私の未来の娘であると、セイラには馬車の中でひと通り事情を説明した。説明はしたのだが、こんな突拍子もない話を思いがけず信じられたことに、ガーネットの眉間には何か言いたげな皴が刻まれている。


「ねえセイラ。こんな現実離れした話、あなたは疑わないの?」

 ひとつに結い上げた団子を揺らしながら、セイラは自信満々に胸を叩く。

「私はガーネットお嬢様を2歳の頃からお世話しています。その私の目から見ても、ルビィお嬢様は合わせ鏡のようにそっくりでいらっしゃいますわ。ルビィお嬢様に、ガーネットお嬢様の血潮を脈々と感じますっ!」

 あまりに得意げな様子に、ガーネットのほうが苦く笑みをこぼした。

「血潮がみゃくみゃく? ……それで鵜呑みにされるはされるで怖いんだけど」


 すると、


「……うぅ」

 ルビィの微かな呻きが寝台に響いた。


 手足を弱弱しく動かし、苦痛に歪んだ表情を浮かべている。

 どうやら怖い夢にうなされているようだ。


「……う、あ…………た、す……け……おかあ、さま……っ」


 すぐさまガーネットは手を握った。

 ルビィの手のひらは汗でぐっしょりと濡れていた。

 小さな手がガーネットの指先をきゅっと握り返し、助けを求めるように力を込めていく。


「うぅ……やだ…………い、いやあぁぁ……っ!?」


 パッと青碧の瞳を見開いたルビィは、ガーネットの顔を捉えるなり抱きついた。

「……おかあさまあぁぁっ……ひぐっ……うぅ」


 縋りつくルビィを宥めるように、ガーネットも確かな力で抱きしめ返す。

「ルビィ、大丈夫。何も心配ないわ。悪い夢を見てしまっただけよ」

 ガーネットの胸に顔を埋めたルビィは、違うとばかりに首を横に振った。

「夢じゃないの。怖い人に追いかけられて……いっぱい、走ったの……」

 ルビィの華奢な背中を優しく撫でながら、ガーネットは穏やかに頷いている。

 喉を詰まらせながらも、ルビィは必死に言葉を紡いでいく。

「そしたらね、おっきな石がぴかーって光って……びゅーん、ぎゅいーんって、お母さまに会えたの」


 ルビィの話から察するに、ルビィは『怖い人』から逃げていた。

 そのうちに秘術を発現して、過去に時空転移したってことかしら。

 ん? おっきな石……って、まさか、あの場所じゃないわよね。


 思考を巡らせかけたが、胸元で震えるルビィを励ますように優しく撫でる。

 ルビィのことを想うと、自然と母のような言葉が湧き上がった。


「怖い人から逃げ切って、ここまで来たルビィは偉いわ。えらいえらい」

「ほんと? ルビィ、えらい?」


 泣きべそを掻いていたルビィの顔に笑顔が灯った。

 ガーネットも微笑みを返し、小さな疑問を口にした。


「ええ、とっても偉いわ…………そういえば、ルビィはいくつなの?」

 右手を上げたルビィは指先を伸ばし、パーの手を作った。

「ルビィは5才なの。あのね、お母さまとお誕生日がお揃い!」

「まあ、親子で同じお誕生日だなんて素敵ね。お誕生日がとっても楽しみになるわ」

 先ほどまで泣いていたことも忘却し、ルビィは淡い青碧の瞳を綺羅星のように瞬かせた。

「そうなの。お母さまは20歳のお誕生日にルビィを産んだんだって。一番のお誕生日プレゼントだっていつも褒めてくれるのっ」

「まあ、それはとっても…………んん?」


 ガーネットの思考の底で、無意識に回り出した不可解な計算がはじき出された。

 ほのぼのと見守っていたセイラに、ゆっくりと視線を滑らせる。


「ねえ、セイラ。赤ちゃんって、どのくらいお腹の中にいるのだったかしら」

 顎に手を添え、ひと呼吸置いたセイラはさらさらと言葉を連ねていく。

「そうですね、人によって若干の早い遅いはあるでしょうけど、一般的には十月十日とつきとおかと言われていますよね」


 すぅと息を吸い込んで気持ちを整える。

 ガーネットは声を静かに落とした。


「……私の十九の誕生日って、いつだったかしら」

 セイラはふふと笑みをこぼしながら、

「もうお忘れになったんですか。つい5日前に、お屋敷を上げてパーティなさったじゃないですか…………ん、あらあらあら?」



 途端に、室内には沈黙が舞い降りた。

 沈黙している中に、どこか上擦った気配が漂っている。



 ゆっくりと顔を上げたガーネットは、突拍子もない予感で瞳を白黒させていた。

 ごくり、と生唾を飲み込み、恐る恐るその予感を口にする。


「待って。ということは、あと1年で私はルビィを出産する、の?」

 だが即座に、それ以上の信じ難い未来が頭をよぎる。

「……いいえ、待って、待って。あと2か月足らずで、私はこの子を身籠るってことじゃない!? ……え、え、ええぇぇぇーっ‼」


 悲鳴とも奇声ともつかないガーネットの声が、廊下の奥まで響き渡った。

 何も知らないルビィは不思議そうに首を傾げるのだった。



お読みいただきありがとうございます。

そして、温かいブクマや評価、リアクションを本当にありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマで応援していただけると執筆の励みになります(。ᵕᴗᵕ。)⁾⁾


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