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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第20話 欲望には忠実になるべし!

 ミニトマト嫌いを巡る騒動を、レオンハルトは向かいの席で見物していた。

 テーブルに頬杖をついたまま、にやりと唇を吊り上げ、愉悦に満ちた微笑みを浮かべる。


「こういうのはね、ご褒美が貰えると尽力するものだよ」

 肌を撫でるような甘い視線でガーネットを見つめ、

「ねえガーネ。僕がミニトマトを食べたら『頭を撫でて』くれる?」

 意外な願いに目を見張ったガーネットだが、不可思議さを覚えつつも頷いた。

「……え? それは、いいけど」


 その返事を聞くが早いか、レオンハルトは自分の皿に残っていたミニトマトをフォークでひと刺しし、ぱくりと口に運んだ。よく咀嚼し、ぺろりと上唇を舐めると、どこか含みのある笑みを浮かべた。


「うん、美味しい。じゃあガーネ、もっと美味しいご褒美もらえる?」


 有無を言わさず、向かいの席からそっと頭が差し出された。

 今さら、「え、本気だったの?」と零すこともできず、ガーネットはレオンハルトの絹糸のような髪に指を滑らせた。


 髪の流れに逆らわぬように、レオンハルトの頭をゆっくりと丁寧に撫でた。撫で方を試行錯誤するガーネットの下では、レオンハルトがここは天国の花畑かとばかりに、恍惚な笑みを溢れさせている。


 後方で見守っていたセイラは、気づかれぬようにチィと唇を噛んだ。


「ルビィお嬢様の好き嫌いを上手く利用して、頭を撫でてもらうだなんて、羨ましいっ」

 コールも呆れたようにぼそりと呟く。

「すげえな。相変わらず欲望に忠実だ」


 だが、この欲望には思わぬ人物が対抗心を燃やした。


「ママさまー、ルビィもミニトマト食べたの。なでてなでてー」


 なんと、ルビィが大嫌いなミニトマトを自ら口へ運んだのである。


「まあっ、すごいわルビィ。思ったより美味しかったでしょう?」

 温かなガーネットの手が、ルビィの頭を包むように優しく撫でた。指先にこそばゆさを覚えながら、ルビィはその心地よさに身を委ねる。

「うん、甘くておいしかったの。くだものみたい」




 穏やかに笑顔を重ねる二人の姿を、セイラは満ち足りた眼差しで見守っていた。


 そういえば、コールさんもトマトが嫌いな様子でした…………そうだ!


 閃きが走った瞬間、氷の上を滑るようにコールの傍へとにじり寄った。ガーネットたちに注意を払いながらも、潜めた声は真剣さを帯びている。


「トマト嫌いのコールさん。あなたはよろしいのですか?」

「ん、何が?」

 理解できず、コールは首を捻った。

 だが、セイラの声色が微かに研ぎ澄まされ、

「お嬢様のなでなで欲しくないんですか!?」

 ようやく合点がいったコールの瞳がゆらりと揺れた。

「え、いや……俺は、べつに」


 普段の明朗さもない曇りがかったコールの態度に、セイラの直感が火を灯した――ここは何が何でも、コールをけしかけるべきだと。

 大きく息を吸ったセイラは、抑え込まれた濁流が(せき)を切ったように早口で捲し立てた。


「お嬢様のなでなで。こんなチャンス二度とないかもしれないのに、易々と逃していいんですか? たまには、コールさんも欲望に素直になってもよろしいのでは?」


「んぁ、急に何を……?」

 困惑の渦に引きずられるように、コールの思案が深みへと沈んでいく。


 さっきから俺のことを挑発して、セイラさんは一体どうしたんだ?


 ふと、向かいを警護するゲオルグと視線が合った。腰元の親指をぐっと立て、背中にひと押しの勇気を授ける。


 ゲオルグ先輩まで……ん。何だ、何だ?

 俺の知らないところで、この人たち何か企んでないか?


 そりゃあ、俺だってさ、姫様のなでなで……(赤面)……されたいけど、俺は、姫様の護衛なわけだし。

 でも、でもなあ……姫様のなでなで…………なでなでぇ……。


 コールの中で【欲望】と【護衛】の天秤がせめぎ合う。【護衛】の矜持きょうじに傾いては、【欲望】に重石おもしが足されていく。

 やがて、ぐらぐらと揺れ動く天秤が傾いたのは――


 カツカツカツ。迷いを断ち切る靴音を鳴らし、コールはテーブルへと向かう。すぐに気づいたガーネットが反射的に顔を上げた。


「えっ、コール。どうしたの?」


 無言のまま、ルビィの皿に残ったもう一つのミニトマトを掴んで頬張った。息を止め、味わうことなく、噛み砕く。コールの琥珀の瞳は、湖底から水が湧くように潤んでいくのが見てとれた。

 嫌悪と覚悟が混ざり合う、本当にミニトマトが苦手な人間の食べっぷりに、ルビィはあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。


 ゴクリ。瞳に涙を滲ませながらも流し込み、どうにか完食へと辿り着く。血の気の失った頬を震わせ、屈むように身を縮めたコールは静かに頭を差し出した。


「姫様、俺も…………」


 先ほどから繰り返される3度目の光景に、流石のガーネットも意図を読み取った。


 え、コールの頭も撫でるの?

 頭を撫でられることが、流行っているのかしら。

 理由はよくわからないけど、本当に苦手なのに頑張って食べていたし。


「コールも、大嫌いなミニトマトを食べてとっても偉いわ」


 濃紺の髪の森へとガーネットの指先が沈んだ。ふわふわと、羽毛のような柔らかな触り心地に、ガーネットの瞳も和らぐ。


 まるで陽だまりの中でお昼寝する猫を撫でているみたい。

 なぜだろう、この温もりを知っているような……。


 記憶の波を辿るが波打ち際に追いやられ、辿り着くことはできなかった。

 ガーネットが首を傾げているその傍ら、コールは羞恥に囚われていた。


 やばい……顔が勝手に緩む。

 こんな顔っ、護衛対象にほだされてこんな顔してたら、護衛として失格だろ。


 固く結んでいた想いがほどけるように緩んでいく頬。悟られまいと、コールは静かに瞼を伏せた。

 だが耳まで赤みを帯びたその輪郭は、コールの胸の内を映したかのようだった。


 満ち足りた喜びを刻んだ口元で、セイラは二人の時間を見守っていた。


 やっぱり、お嬢様からのなでなで嬉しかったんですね。

 ……これは、もしかして もしかしなくともっ、脈ありなのでは?


 期待に瞳を輝かせるセイラとは裏腹に、レオンハルトの昏い瞳の底には灼けつくような嫉妬の炎がゆらり、ゆらりと灯り始めた。


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