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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第19話 ミニトマト事件

「ふぁ~あ……」


 まだ眠いとばかりに瞼を擦るルビィと手を繋ぎ、ガーネットは階下の食堂へと向かった。二人の影を追うように、セイラと護衛騎士2人もあとに続く。


 食堂の入り口には、見知った顔が佇んでいた。月白色の髪を揺らし、誰かを待ち侘びるように顔を上げる。通りすがる人物を確かめては、握った新聞記事に視線を落としていた。


 レオンハルトのコバルトブルーの瞳がガーネットを認めた瞬間、夜を照らす月のように甘い微笑みが灯った。何やら、大変に上機嫌である。


「やあ、おはようガーネ。あれ、浮かない顔だね?」

 レオンハルトの手元の新聞に目を落としながら、ガーネットは掠れた声を零した。

「おはよう……レオンは今日の新聞を読んでいないの?」

「いや、読んだよ。このカイザー殿下の記事、僕が書かせたものだし」


 新聞の一面をちらりと示しながら、レオンハルトは穏和に微笑んだ。王家の一大事を招いた人物とは到底思えぬほど、風のいだ海面のように穏やかに笑いかけた。


 あまりの平常運転に、ガーネットも3秒ほど思考が空白に染まる。


「……え」

 見出しの『カイザー殿下』の文字を目の仇のように指先で弾きながら、レオンハルトは唇に笑みを刻んだ。

「こうして公に婚約解消を周知させれば、強硬手段は取れないからね。ガーネを守るための防衛さ」

「それは感謝しかないわ……でも、王家よりも先に発表して平気なの?」


 ガーネットの青碧の瞳は心配の文字を浮かべたように、レオンハルトだけを映していた。その眼差しを受け、レオンハルトの唇は歓びに震えるように弧を描く。


 ああ、ガーネが僕をこんなにも心配して……嬉し過ぎるっ。


「ん、ふふ。そこは問題ないよ。僕だって策を練っていないわけじゃない。王家に対抗する切り札くらいは用意してあるさ、たっぷりと、ね」

 余裕さえ纏うその笑みに触れ、ガーネットの胸奥に不思議と安堵の波が広がった。

「たっぷり……レオンがそう言うなら。あ、そうだ。こっちは読んだ?」


 レオンハルトから新聞を受け取り、ガーネットは目当ての記事を探し始めた。捲ろうとした瞬間、まるでひとりでに開いたかのように目的の記事が姿を現した。


 ガーネットはその紙面をレオンハルトへと差し示す。


「ん、なになに…………えぇっっ、僕とガーネが婚約間近!? いや、これは知らなかったなァ……一体誰が書いたんだろうっ?」


 驚きの声を嬉々として漏らしながらも、レオンハルトの口元には満面の笑みが浮かんでいた。


 ――いや、絶対お前の仕業だろ。


 そんな声が聞こえてきそうなほど、ガーネットの背後でコールが顔を引き攣らせている。


 気づいたレオンは、唇の端だけをひそやかに吊り上げて微笑みを返す。

 その口元がすべてを語っていた。




 宿屋に併設された食堂の奥にて。

 ガーネットは、ルビィとレオンハルトとともに朝食を取っていた。

 壁際には、侍女のセイラ、護衛のゲオルグとコール、そしてレオンハルトの従者と護衛も控えている。


 ガーネットはぬるくなったパンプキンスープを口に運びながら、ルビィの食べかけの皿に目を落とした。皿の端に、赤いものが艶やかに光る。丁寧に除けられたそれは、紅玉のように輝く2粒のミニトマトだった。


 嫌いなのだろうと薄々察しながら、何も知らない顔で尋ねた。


「ルビィ、ミニトマトは食べないの?」

 ぴたりと、ルビィのフォークを持つ手が止まった。視線を逸らしながら、ルビィにしては沈んだ声音を奏でる。

「……ルビィ、ミニトマトきらい」

 ルビィの暗い影を払うように、ガーネットは軽やかな声を響かせた。

「あらどうして? 甘くて美味しいじゃない」

「……ぐちゃぐちゃして、きらぁい」


 両頬を風船のようにぷくっと膨らませ、愛らしい口をへの字に固めている。不機嫌を絵に描いたようなルビィの顔つきに、ガーネットは頭を抱えた。


 こういう時、親ってどうするものなのかしら。

 自主的に食べるまで待つ? それとも応援して、食べる努力をさせる?

 ど、どっちなのだろう……?


 途方に暮れたガーネットは、セイラに助けを求めるように視線を投げた。「任せてください」とウインクを添え、セイラは軽やかな足取りでルビィへと歩み寄った。


「あら、ルビィお嬢様。ミニトマトを食べないだなんて勿体無い。ミニトマトには、シミや皴を防ぐ美肌効果なんてものもあるのです。食べ続ければ、大人になった時、ガーネットお嬢様のような美肌美人になれますのに」

 その言葉が耳に届くや否や、ルビィは隣席のガーネットを仰ぎ見た。陶器のように透き通った肌のママさまが、にこりと微笑みかけている。

「そうなの? ママさまみたいな大人……」


 皿に載った真っ赤なミニトマトを見つめる。ルビィからすると、それはぐちゃぐちゃの美味しくない赤い悪魔だ。


 お母さまも、これをおいしいって食べてたの。

 みんな、これが好きなの?


 迷いを宿したような瞳で、ルビィはそっとガーネットを仰いだ。


「ママさまはミニトマト好き?」

「ええ、大好きよ」


「セイラも?」

「はい、もちろんです」


「ゲオルグも?」

「……ああ」


「コールも?」


 ――返事がない。


 何か共鳴するものが心に触れたのだろうか。

 同士を見つけたように、ルビィの淡い青碧の瞳が星屑が瞬いたように煌めく。


「コールもミニトマト、きらい?」

 僅かに肩をすくめたコールは、壁際に後退りたい気持ちを抑え、ほろ苦く笑った。

「はは、まあ……人間、好きなものもあれば、嫌いなものもあると思うぞ」

 滔々(とうとう)と流れる川のように爽やかに言葉を連ねながらも、瞳は宙を彷徨っている。


 ふんわりと意味が届いたのか、ルビィは小さな首を揺らし、うんうんと頷いてみせた。


「だったら、食べなくてもいいかもなの……」


 あと少しだったのに――と、ガーネットやセイラの嘆きの声が耳奥に届いた気がして、コールは後ろめたげに視線を逃がす。



 すると、くつくつとした笑い声が、向かいの席から響いた。


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