第17話 -腹黒-幼馴染み、再び
――カタン、カタン。
規則的に響く車輪の音とともに、ガーネットたちは馬車の控えめな揺れに身を預けていた。王都周辺の街道は舗装された石畳が続き、座面は凪のように静かである。
王都からベルフィオーレ領へと至るには、1週間ほどの旅路となる。
これからの長い道のりを思い描き、ガーネットはふぅっと溜め息をこぼした。
だがその傍らには、窓に顔を貼りつけ、興味津々に街道を覗き込むルビィの姿があった。陽気に弾む肩の揺れが、ルビィの胸の高鳴りを語っていた。
首先だけ振り返ったルビィが小銀河のように瞳を煌めかせ、期待のこもった視線を注いだ。
「ママさま、ベルフィオーレはまだなの?」
ルビィの髪を指先で撫で梳きながら、ガーネットは寄り添うように言葉を紡いだ。
「ふふ、ベルフィオーレ領へはね、お日様が6回顔を出さないと着かないの。ルビィ、眠くなったら眠っていいのよ。まだまだ先は長いから」
「大丈夫! ルビィ、きのういっぱいお休みしたから、元気なのっ」
元気溌剌としたルビィの声が車内を賑わわせた。
∻❖∻
茜色が空を染め上げ、夕陽が地平線の向こうへと沈んでいく。
ガーネットは車窓から差し込む夕陽を眺め、2度と巡り合えぬ今日という日の幕が降りゆく余韻を感じていた。
「んー……むにゃむにゃ……」
ガーネットの膝を枕代わりに、ルビィは安堵に包まれた様子で心地よい寝息を立てている。どうやらはしゃぎ疲れたらしく、力尽きたように眠っていた。
日中ずっと馬車に揺られていたら、誰だって疲れるわよね。
ルビィを気遣うように、微かな車輪の音を残しながら、馬車は緩やかに停止した。
街道沿いに佇む宿屋『女王の微睡み』。
先々代の女王も宿泊したと言い伝えられる赤煉瓦の風情ある建物は、上級の貴族も利用する格式高さが漂っている。周囲の敷地には、使用人の別棟や厩舎まで備わっていた。
大切な宝物を扱うようにルビィを腕に抱え、ガーネットはそっと馬車を降りた。
宿屋の前には手入れの行き届いた豪華な馬車が連なり、旅客の格式を一目で知らせていた。ある馬車に視線を滑らせたガーネットは、ふと眉を寄せた。
ん? 鷲の紋って……シュナイダー家?
小さな疑念は宿ったものの、ガーネットは宿屋の大扉をくぐった。すると、待ち構えていたかの如く、聞き覚えのある柔らかな声が耳に届いた。
「やあ、ガーネ。奇遇だね!」
待合スペースに添えられた椅子から腰を上げ、両手を広げて迎えたのは――
「レオン!?」
月白色の髪をさらりとなびかせ、レオンハルトは静かに手を差し伸べた。
青碧の瞳を驚愕に染めるガーネットの背後では、「どうしてここに?」と怪訝な顔を潜ませる面々(主にコールとセイラ)が並ぶ。
同じ疑問を抱いたのか、ガーネットは曇りなき眼で問いを投げかける。
「レオンったら、どうしたの?」
羽が舞うような軽快な足取りでガーネットの元へと歩み寄ったレオンハルトは、おもむろにガーネットの肩に手を添えた。
「久しぶりに休暇を取ってね。遠出して、ベルフィオーレの別荘で過ごそうと思って。もしかして、ガーネも里帰り?」
本当はお母様に時空転移術のことを尋ねるためだけど、そんなことは口にできないし。それとあわよくば、ルビィのパパ様を探すため……王都の方だとは限らないもの。
「……ええ、そう。里帰りなの」
口にできぬ言葉を隠すように、ガーネットはそっと眉尻を下げた。
「そうか、じゃあ道のりは一緒だね。ふふ、楽しい道中になりそうだ」
そう言葉をこぼしながら、レオンハルトはちらりとフロントを流し見る。視線の先には、宿屋のオーナーの男が仮面のような笑顔を貼り付けていた。レオンハルトがオーナーに目配せすると、「準備はできております」とばかりにまばたきを返した。
口元に優しい綻びを作り、柔らかな微笑みを浮かべながら、レオンハルトはさりげなく告げた。
「そうだ、これから夕食なんだけど、一緒にどう?」
だが、ガーネットは腕の中のルビィに目線を落とし、
「あ、ごめんなさい。ルビィを寝かせたいから遠慮するわ」
「……じゃあ、そのあと一緒に、ね?」
柔らかな微笑みはそのままに、レオンハルトは穏やかだが語尾だけを鋭く強めた。その声色には、拒否を封じる冷徹な圧が潜んでいる。
その圧に気づくことなく、ガーネットは柔らかく返した。
「ん……わかったわ。少し待っていて」
宿の手続きを整えたセイラを先頭に置き、護衛のゲオルグ、ルビィを抱き寄せたガーネットの順で階段を上っていく。
すると、しんがりを務めたコールを引き留めるように、レオンハルトが声を掛けた。
「やあ、コール様……おっと、もう除籍されたからコールでいいのかな」
先行していたゲオルグがコールに視線を流し、「お前はそこに残れ、彼が一番厄介だ」と役目を寄越した。微かに頷いたコールは静かに靴音を止め、緩やかに振り返る。
「どうも。俺のことはお好きなようにお呼びください、シュナイダー卿」
コバルトブルーの瞳が何かを測るように揺らめく。レオンハルトはゆっくりと瞳を細めた。
「そうか。じゃあ、コール……君は、相変わらずのボサボサ頭だね」
突然の指摘に戸惑うようにコールは口元をゆるめ、くせのついた柔らかな濃紺の髪に触れた。
「一応整えてはいるんです。でも俺、くせ毛なんで」
ある言葉に、レオンハルトの瞼がぴくりと跳ねる。
「くせ毛、ね…………あの子供はガーネにべったりか?」
「ん、ルビィ、お嬢様のことですか、べったりというか、仲睦まじいですよね。まるで本当の親子みたいな」
理由のわからぬ温もりが胸を満たし、コールの口元に微笑みが咲き誇った。
その微笑みともども、ぐちゃぐちゃにくるんで放り投げるようにレオンハルトは鼻で笑い捨てる。
「……はっ。ガーネに子供とか、意味わかんない」
ん? 俺はただ例えただけなんだけどな。
どうやら、シュナイダー卿は虫の居所が悪いらしい。
姫様のこととなると、途端に要注意人物になるからな。姫様の傍に控える俺のことも警戒しているようだし。
すると、カツカツと階段を降りる軽やかな足音が階下へと降り注いだ。
コールもレオンハルトも、その淑やかな靴音だけで ある人物の姿が瞼に浮かぶ。
「お待たせしてごめんなさい」
月明かりを溶かしたような柔らかな声で、ガーネットがゆるやかに下りてきた。
先ほどまでの不機嫌さは嘘のように晴れ、レオンハルトは姉に甘える幼い弟のような甘やかな声を響かせる。
「んーん、全然待ってないよ。あの子は眠った?」
「ええ、もうぐっすり。朝からはしゃいでいたものね。レオン、気にかけてくれてありがとう」
さりげなくガーネットの腰に手を添えながら、レオンハルトは照れたように言葉を返した。
「いや、可愛らしい子だし。ガーネが可愛がる理由もわかるよ」
オーナーの案内に導かれ、2人は長い廊下を歩みを進めていく。
やがて、選ばれた旅客のみが通ることを許された、宿屋の最奥に位置する特別個室へと足を踏み入れる。
2人の背を追う視線に紛れ、コールは耳を澄まさねば届かぬほどの小声でささめいた。
「アイツ、絶対追いかけてきたよな……でも先に宿屋にいた。どういうことだ?」




