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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第16話 侍女セイラのささやかなる企み

 ――ガーネットお嬢様の様子がおかしい。


 旅行鞄トランクにガーネットの衣装を畳み入れていたセイラは、不意に手を止め、眉間に皴を寄せる。


 昼間、王城を発って馬車に乗り込んだ頃からだろう。

 コールさんの姿を認めるたびに、どうしたことかお嬢様は僅かに首を横に振る。まるで我が身を戒めるように。


 私が馬車の手配に向かったあの僅かな隙間に、私の知らない何かが、王城で起きたのだろうか? 確かに、コールさんもお二人の輪にごく自然に加わっていた。

 ぐぬぬっ……お嬢様の大事に立ち会えなかったとは、不覚っ。


 こうなったら、手段を選んでいる余裕はない。

 多少強引になろうとも、お嬢様のその可愛らしい口から聞き出さなくては……!


 それにルビィお嬢様の口ぶりだと、5年後のガーネットお嬢様のお傍に私はいない。この事実がどうしても許せませんっ。

 森に隠れ住むお嬢様のお傍にいないなど、未来の私は一体何をしていたのか。


 17年近くガーネットの傍に仕える侍女セイラにとって、ガーネットは実の妹よりも近しく、人生の一部といっても過言ではない。それでいて庇護欲を掻き立てられる、唯一無二の存在――それがガーネットである。




 明日に備えた荷造りを終え、部屋に積まれた旅行鞄トランクを一瞥する。

 本日最大の難所を越え、セイラの肩の荷もゆるりと下りた。


 そしてようやく、ガーネットの一日の疲れを癒す湯浴みの時間が訪れた。


 寝着やタオルの準備を整えるその陰で、このときを待ち侘びていたとばかりにセイラの瞳がギラリと光る。ふんわりと結ったお団子を揺らし、ゆっくりと踵を返す。

 おもむろに護衛二人に視線を移し、セイラの口元に普段と変わらぬ穏やかな笑みが灯った。


「それではゲオルグさん、コールさん。湯浴みの時間ですので、廊下へ退出してくださいませ」


 「りょーかい」という、コールの澄んだ声が空気を明るく照らす。

 無言のゲオルグとともに、二人は廊下へと姿を移した。




 梔子くちなし色のタイルを張り巡らした浴室は既に温かな湯気に包まれ、バニラの香油がふわりと立ちのぼり、心まで癒してくれる。


 浴室の中央に置かれた猫脚バスタブでは、すでにルビィが乳白色の湯船に浸かっていた。真剣な眼差しで玩具のアヒルを見つめ、ゆらゆらと揺蕩うアヒルの後を追いかけている。


 ルビィの冒険を邪魔しないようにと、ガーネットはルビィと反対側の湯船にそっとつま先を沈めた。湯面の白が波紋を描くとともに、浴室の灯りを揺らす。


 安息のひと時に、ガーネットもほうと安堵の息をこぼした。

 すると、背後からセイラがそっと顔を出す。きめ細やかな泡をたっぷりと含んだスポンジを携え、そっと背中を撫でていく。


 普段と変わらぬ柔らかな声音で、セイラは胸奥に引っかかっていた疑問をさらりと投げかけた。


「お嬢様、どうかなさったんですか? コールさんを見てはそわそわなさって」

 青碧の瞳を瞬かせ、ガーネットは肩越しに視線を落とす。

「気づいていたのねセイラ……あのね……」

 冬の名残の薄氷を踏むように躊躇いがちに、唇からこぼれた。

「……ルビィの、パパ様候補が増えてしまったの」

「え?」

 セイラが聞き返すが早いか、ガーネットはさらに言葉を綴った。

「コールの本名って、コールレオンって言うのですって」


 瞬間、


「ふオォ――~ッ!?」

 穏和なセイラの唇から出たとは思えぬ、ほとばしる奇声が走った。


 何が起きたのか状況を飲み込めず、ガーネットの思考は雷鳴に打たれたように途切れた。が、すぐにセイラを見つめ、瞳に心配の色を映す。


「え、セイラ……な、なに!? どうしたの、どこか痛むの?」

 ガーネットの視線の先には、すでに普段の穏和な表情を取り戻したセイラが微笑んでいる。

「うふふ。すみません、取り乱しました」


 穏やかな微笑みとは裏腹に、セイラの心の内は高鳴る興奮の波が押し寄せていた。


 コールさんの本名がコールレオン!?

 ……それは話が変わってきますよ、お嬢様っ!


 ガーネットお嬢様が会話を交わす男性は、片手の指にも満たない。


 どれほど遠くにいても、匂いを嗅ぎつけるが如く出現して迫るレオンハルト様。

 会話が成立しているのかは不明だが、一方的に貶してくるカイザー殿下。

 護衛としてだけでなく、何かと世話を焼くコールさん。以上の3名である。


 なお、ゲオルグさんは無口なお方なので除外しております、はい。


 驚くほどに三者三様である。

 でももしお嬢様が夫婦の契りを交わすならば、絶対に……ぜぇーったいに、コールさん一択だろう。


 我の強い面々に何かと遠慮がちなお嬢様だが、コールさんには肩の力を抜いた調子で意見を述べる。すでに対等な立場が完成しているのだ。


 ガーネットのしなやかな背をスポンジでなぞりながら、セイラはルビィへと視線を滑らせた。アヒルをバスタブの縁に慎重に乗せ、「アヒルさんもちょっとお休みするの」と愉しそうに声を掛けている。


 お嬢様よりも淡い瞳の色。穏やかなお嬢様とすると快活な性格。


 言われてみれば、コールさんの面影があるような、ないような……

 …………こ、これは、もしかするともしかするのではっ!?




 実際のところ、お二人の気持ちはどうなのだろう。


 コールさんがお嬢様を気にかけているのは、誰の目にも明白だ。ガーネットお嬢様は、コールさんを意地悪だとよく口にする。でもコールさんが紡いだ言葉のすべては、お嬢様のことを案じるものばかり。確実に、好意はあるはず……。


 お嬢様もまた、コールさんに対しては令嬢という立場を取り払って、時には少女の頃のように、時には幼子のように素直な反応を示すのである。


 うんうんうんっ。やっぱり、きっと……そういうことでしょう!


 気づけば、ガーネットの華奢な肩先にスポンジを添え、強い調子で言葉を放っていた。


「お嬢様、コールさんにしましょう。いえ、絶対にコールさんしか勝ちません!」


「と、突然どうしたのセイラ? セイラの希望は伝わったけど、私が探しているのはルビィのお父様になる人だし。それに、コールが…………」

 声になりかけた言葉を、ガーネットは躊躇うようにごくりと呑み込んだ。やがて複雑な溜め息を忍ばせ、声を零した。

「……コールは、ガルシアなのよ」


 やはり出ました。ベルフィオーレ家とガルシア家。

 お嬢様のお傍に仕えた6歳の時分から、幾度も耳にしているガルシアという家名。基本的にベルフィオーレ家に嫌がらせをしてくる、持ち上げた岩の裏のようなじとっとした一族なんですよね、ガルシア家って。


 あの目映い太陽みたいにカラッとしたコールさんが、ガルシア家の三男って何とも奇妙である。あ、だから勘当されたのかも。


 ベルフィオーレ家とガルシア家は敵同士。

 しかし、お嬢様の幸福のみをこいねがうセイラにはそんなの関係ございませんっ。

 あわよくば、お二人をくっつけるべくお手伝いをさせて頂きます。

 ふふっ、んふふふふふふ……。


 心の声が漏れ出たように、自然と口角が持ち上がっていく。笑いを堪えようと小刻みに震える唇が、形容しがたい怪しさを引き立てていた。


 ……セイラ? 疲れているのかしら。


 幼い頃より家族のように傍らにあったセイラの異様な振る舞いに、何とも言えぬ胸騒ぎが囃し立てるガーネットであった。


【登場人物メモⅥ】

セイラ

23歳。ガーネットの侍女。

ガーネットを第一とし、ガーネットに最善を尽くし、ガーネットに献身的な愛を注ぐ女性。「え、私に縁談? どれほどの良縁だろうと、お嬢様の幸せが確かになるまでは、私はすべてをかなぐり捨てます!」

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