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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第12話 傷モノ令嬢、厄介な令嬢たちと出会う

「ママさまー、ここはなぁに?」


 ルビィの明るい声が雲ひとつない青空に昇っていく。


 王城から騎士舎を繋ぐ渡り廊下にて。

 厳かな静寂を纏った王城とは異なり、騎士舎区は熱を帯びた喧騒で満ちていた。


 ルビィはガーネットと手を繋いだまま、半ば引き連れるようにガーネットを前へと引っ張っていく。

 ルビィが指差した先には、乾いた砂塵が舞う大きな広場があった。その場を認めたガーネットは、穏やかに言葉を返す。


「そこは騎士団の訓練場よ。お城を守る騎士さんたちが剣のお稽古をするところ」

「おけいこ? ルビィもおけいこするのっ」


 まるで情熱漲るスイッチでも入ったのか、ルビィの瞳が綺羅星のように煌めく。ガーネットの手を離れ、溢れんばかりの元気とともに、訓練場へと続く渡り廊下を駆け出した。


 もっと王城を見て回りたいというルビィの願いを叶えるべく、ガーネットはルビィとともに広大なニーレンベルギア城内を巡っていた。侍女のセイラはひと足先に、馬車の手配へと向かった。


 訓練場では、白銀の鎧を身に纏った騎士たちが白熱した様子で剣を交えていた。


 キャアキャアと黄色い声援が風に乗って流れてくる。訓練場の周囲には、色取取いろとりどりのドレスが揺れ、令嬢たちがお目当ての騎士に熱い視線を送っていた。


 あ、騎士様たちも短期巡察から戻られたみたい。

 ということは、私の護衛のゲオルグとコールもいるかしら?


 訓練場の異様な熱気にあてられたのか、ルビィは両腕を広げて走り回っている。弾けるような後ろ姿は愛らしいが、どこか心許ない。ルビィを思うあまり、ガーネットも口を開くとつい注意の言葉が先に立ってしまう。


「ルビィ、あんまりはしゃぐと危ないわよ」

 いつもお母様に怒られていた言葉をガーネットに言われ、つい口をムッと結ぶ。

「ルビィはもう5才なの、そんなに危なくないもんっ」


 振り返ったルビィは石畳の崩れた縁に足を取られ、重心が乱れた。が、どうにか踏ん張り、再び地面を蹴った。

 そのお転婆な様子に、ガーネットは思わず口元を綻ばせる。




 空を切るはやぶさの如く、ルビィは渡り廊下を駆けていく。


 すると突然、柱の陰に潜んでいた何者かが、音もなく姿を現した。鮮やかな紅のドレスが視界を塞ぐ――吹き飛ばされたルビィは、石畳に尻餅をついた。


「あら……ごめんあそばせ」

 ドレスの裾をはためかせ、令嬢は温度の欠けた謝罪を口にした。


 息を呑むのも束の間、ガーネットはルビィへ駆け寄り、労わるように小さな肩に手を添える。その心配に染まった眼差しは、母が子を案じるそれと同じだった。


「ルビィ、大丈夫? どこも痛くない?」

「うん、大丈夫なの。失敗しちゃった、えへへ」

 口元をふにゃりと緩め、照れたような微笑みを浮かべるルビィを捉え、ガーネットは安堵の息を漏らした。

「そう、怪我がなくてよかった」


 ――ガサッ。


 石畳が纏う砂を蹴り、背後から忍び寄る影が。

 背後で渦巻く黒い気配が、ガーネットの意識を冷たく撫でていく。


 唇の片端を大きく吊り上げ、嘲るように歪んだ笑みを刻んだ令嬢は、喉を震わせて高らかに声を上げた。


「あら、あらあらあらぁ? よく見たらガーネット様ではございませんか……昨晩カイザー殿下に婚約破棄されたばかりだというのに、よくも王城に顔を出せたものですこと」


 見知った声が空気を震わせ、ガーネットは沈むように瞼を伏せた。


 はあ、やっぱり見逃してはくれないのね。

 ルビィには、まだこういうものは見せたくなかったのだけど、仕方がない。


 重苦しい溜め息がひとつ、冷えた石畳へと静謐に落ちる。すぐに安堵させるようにルビィへ微笑みかけ、その華奢な肩をそっと背後へと導いた。


「ルビィ、後ろに隠れていてね」

「……? わかったの」


 呼吸を整え、ガーネットはゆっくりと身を起こした。


 くるりと身を翻したガーネットの視線の先には、二人の令嬢が佇んでいた。

 ヘイリー・ブロント伯爵令嬢と、ソニア・ノーラン子爵令嬢。


 見覚えのある顔ぶれ、といっても親しい間柄ではない。幼少の頃から嫌味を浴びせてくる厄介な二人組である。

 確か二人とも、昨夜の夜会に参加していたわ。


 本心を封じるように、ガーネットは侯爵令嬢の仮面を纏い、優雅な微笑みを浮かべた。


「ごきげんよう、ヘイリー様、ソニア様」

 扇子を口元に添え、ヘイリーは冷たい眼差しでルビィと訓練場を交互に見つめた。

「うふふ、可愛らしい『隠し子』とこのような場所で何用かしら。まさかもう、その子の新しいお父様をお探し?」

 呼応するように、傍らのソニアも甲高い声を響かせた。

「んまあ、立ち直りの早いものですのね。昨夜、ミスティナ・クレメンツ様に殿下を奪われたばかりですのに。ふふふ」


 くすくすと嘲るような二人の笑い声が渡り廊下を包んだ。

 扇子で口元を隠しているが、歪んだ瞳は愉悦に満ちていて――底抜けた意地の悪さを如実に物語っていた。


 この二人は幼い頃から、会えば必ず嫌味を落としていく。

 私が言い返さないからか、ずけずけと責めてくるのだ。成長するにつれ、その言葉は酷く悪辣になっていった。


 特にヘイリー様はカイザー殿下の婚約者候補だったらしく、殿下の婚約者の座に収まった私をひと際敵視しているようだった。


 ぱちん、と扇子の乾いた音が反響した。

 薄い唇の右端だけを上げ、狡猾な笑みを刻んだヘイリーは嘲るようにガーネットを見据えた。


「殿下はいつも嫌がってらしたものね、その」

 石畳にカツカツと鋭いヒールの音を響かせ、ガーネットへと近づく。

 刹那――

「ガーネット様の、その傷を……!」


 力任せに襟を引き剥がされ、誰にも見せたくなかった左首元の傷を容赦なく暴かれる。ガーネットの呼吸が一瞬止まった。すぐに隠そうと襟を掴もうとするが、もう一人の令嬢ソニアが手首を押さえ込んで身動きが取れない。


 いやだ、やめてっ。


 ガーネットはただ、震える唇を噛みしめるしかなかった。

 その首元には、微かな傷痕が花の蕾のように淡く残っているだけ。だが、口元に薄い笑いを刻んだヘイリーは、


「ああ、本当に醜い傷だこと……よく人前に出られますわねえ」


 放たれた言葉はガーネットの心に無数の棘をばら撒き、ジクジクとした痛みが胸を蝕む。胸に刺さった悲痛が影響したのか、ガーネットの視界は眩むように揺らいだ。くらくらと歪む視界に、冷えた涙が滲む。


 ガーネットの無言の反応を期待外れと言うように、ヘイリーは「はーあ」と溜め息を落とすと、掴んでいた襟をつまらなそうに離した。呼応するようにソニアも力を緩める。

 解放されたガーネットは、慌てた手つきで首元を覆い隠した。


 肩で息をつくガーネットを、2人は冷めた嘲笑を落としながら見下ろした。

 だが、2人の悪意はそれで終わりではなかった。


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