第8話 倒木の破壊魔法
ユリウス様がしばらく不在の間、私は一人で屋敷を任されることになった。
最初の何日かは、広大な屋敷を散策して回り、どこに何があるのかを把握することに努めた。
数日かけてようやく、この屋敷の配置や設備をひと通り覚えたと思う。それほどまでに、この屋敷は広大で、類を見ないほどの豪奢さを誇っていた。
故郷では誰もがこの地を恐れて嫌煙していた節があったけれど、実際に来てみれば、そのスケールと荘厳さにただ驚かされるばかりだ。
_そうして数日が過ぎ、ようやく屋敷での暮らしにも慣れ始めた頃。
この日は屋敷の使用人が、「せっかくですから街の様子をご覧になっては」と、馬車を用意して街へと連れ出してくれた。
そういえば、ここへ来てからまだ一度も屋敷の外を出ていない。
屋敷から街までは歩ける距離ではないし、これまで広い屋敷を見て回ることに夢中で、外のことまで気が回っていなかった。家臣たちの心遣いを嬉しく思い、私は誘いを受けることにした。
* * *
この屋敷から一番近い街は、私が最初に降り立った北の駅と屋敷の、ちょうど中間にあるという。
そこまではひらけた荒野を抜け、やがて鬱蒼とした森の中を通る道が続いていた。
ところが――森に差し掛かったところで、馬車が突然止まった。
「奥様、この先の道で何かあったようです。様子を見てまいります」
御者がそう告げて馬車を降りた。
私は心配になって、窓の外を覗き込む。森の小道の前方には、何人かの村人が集まって右往左往していた。
「この先の道で、昨晩の嵐によって倒木が道を塞いでしまったんです」
「かなりの巨木で、撤去するには数日かかるでしょう」
「馬車は通れません。もう一方の道を行くにも、大きく森を迂回しなければならず……今日中に街へは着くのは難しいと思いますな」
私は馬車の中で、そのやり取りを黙って聞いていた。やがて御者が戻ってきて、申し訳なさそうに頭を下げる。
「奥様……申し訳ございません。そのような事情で、本日の街の散策は難しそうです」
それを聞いた私は、おもむろに馬車の扉を開けると、外に降り立った。
「……ねえ、その巨木は、この先にあるのね?」
「そうですが、どうかされましたか?」
御者が首を傾げている横で、わたしは倒木がある方へと向き直る。
「その倒木を、私にも見せてください。
――もしかしたら、"私が何かお役に立てるかもしれません"」
***
御者や村人は、私の思いもよらない申し出に顔を見合わせた。
当然だ。通らないとわかっている倒木を見に行って、何ができるというのだろう。
しかし、他でもない屋敷の主の婚約者の申し出とあっては無下にすることもできず、彼らは頷いて私を倒木の倒れているあたりへと案内する。
「これです。今年は例年よりも雨が多かったせいで、地盤が緩んでいたようです。」
村人に言われて視線をもたげると、前方には人の両腕を広げたよりも太い幹が道を塞いでいた。
この辺りは比較的小さな木々が立ち並ぶ小道だ。
その中にあってこの巨木だけはひときわ目立っていたに違いない。その巨体から察するに相当年代物だったのだろう。古びてついに重さに耐えきれず倒れてしまったように思えた。
「これは……確かに復旧には時間がかかりそうだな」
付き添っていた御者の男性が、呆気に取られて呟く。
「この道は、村人にとって町へ行くための生命線なんです。町からの支援を待つにも、ここは深い森の中。工事を進めるのは容易ではありません」
村人たちは肩を落としていた。
「なるほど、事情は分かりました。
――でしたら、この倒木、私に任せてくださいませんか?」
「えっ?」
と、それを聞いていた村人の視線が一斉に私へ向く。好奇と不安が入り混じったような眼差しだった。
私は一歩前に進み出た。
***
この地へやってきて、私はやってみたいことがいくつかあった。
一つは、もう屋敷の人や周りに迷惑をかけたくないということ。実家でのようにみんなのお荷物になって、疎まれる生活は懲り懲りだ。
もう一つは、私はできればこの地で自分の魔法の力をなにか人のために役立てたいということだった。
これまで、自分の力はただ人を怯えさせ、忌避されるばかりで、なんの活路も見いだせていなかった。
でも、ここではそれを挽回して自分も魔法使いの一人として、人から必要とされることに役立てたいと考えていたのだ。
しかし、確かに故郷でそうだったように、この力はものを破壊するためのものなので、見聞きした人を怖がらせてしまうリスクは有る。
村人にこれから実行しようとしている自分の行いがどう映るのか、不安もあったが、まずはやってみようという思いが勝った。
「これから、この巨木をどうにかしてみます。
すぐに済みますから、どうか怖がらずに見ていてくださいね」
フェンネルは、ざわめく村人たちの前に立ち、ゆっくりと倒木へ歩み寄った。
そして腕まくりをし、片手を前へ掲げる。巨木だけを的確に狙うように意識を集中させた。
この巨木を単純に破壊してしまうことなら容易いのだが、それではこの細い小道や周りにも少なからず影響があるためできない。
なのでなんとかこの巨木だけを狙って、安全に魔力を発動させなければ。
すっと腕に力を込めると、白い光が手の先から溢れ出す。次の瞬間、空気が震え、光の波動が倒木を包み込んだ。
バキバキッ――。
大地に響く轟音とともに、巨木は軋み、やがて端からメリメリと音を立てて粉々に砕けていく。しかし、よく見ればそれはただ破壊されているだけではなかった。
砕けている巨木は、端からきれいに整列して薪の形になって粉砕されていた。
丸太を薪の形に破壊することは、実は幼い頃に屋敷で密かに試みたことがあり実現可能だと知っていた。これなら周りへの影響は少ないし、破片をそのまま活用することができる。
薪は小道に積み重なっていき、衝撃波が巨木をすべて飲み込むときには、巨木は大量の薪の束に姿を変えた。
端でその様子を伺っていた村人や御者は目を丸くして、次第に歓声を上げた。
「……っ、これは!」
「お嬢様は……魔力使いでいらっしゃるのですか?」
「なんと見事なお力だ!」
「これだけあれば、今年の冬は寒さも怖くありませんぞ!」
私は驚きと感動に満ち溢れていた。
村人たちが私を単なる危険な能力者ではなく、人に役立つ存在として認めてくれたた。それは自分にも能力を人に役立てることができるのだと、信じるきっかけになったと感じた。
御者もフェンネルが魔法使いだということは聞いていなかったのだろう。
一部始終を見届けると、私の前に来て深々と頭を下げてこういった。
「奥様が魔法使いでいらっしゃるとは……この地のために尽くしてくださり、感謝申し上げます」
「いえ、私こそ…皆さんのお役に立てて嬉しいです」
私は照れくさくて、思わず頬を赤らめる。
「旦那様も、きっとお喜びになりましょう。
なんたって――ご自身と同じ、魔法をお使いになれる方が婚約者なのですから」
「ユリウス様も、魔法を使えるのでしたね。
旦那様は、どんな力をお持ちなのですか?」
そう言った途端、御者はハッとしたように口をつぐんだ。
ユリウス様が魔法使いであることは執事からも聞いていた、けれども私が尋ねると御者は慌てて首を横に振った。
「あ、いえ。旦那様のことを私から申し上げるわけには参りません。どうか、お許しください」
御者は思い出したようにそう言って、そこで会話を締めてしまった。
私は再び訝しく思いながらも、それ以上は追及しなかった。
道に積み重なっていた薪は、村人たちが喜んで各々持ちかえってくれた。
倒木はすぐさま片付いて、すっかり小道は元通り通れるようになった。
時刻はまだ昼前。
この先を進めば町までもう少しなので、せっかくここまで来たのだから――私はそのまま町まで足を伸ばしてみることにした。




