第9話 街の散策
馬車は再び進み始めた_。
森を抜けると、急に視界が開け、民家が立ち並ぶ広い丘の上に出た。
そこは屋敷のあった場所よりもずっと賑やかで人通りも多い。馬車はレンガや石造りの建物が並ぶ町の中心部へと入っていった。軒先には色とりどりの露店やカフェが立ち並び、通りを歩く人々の笑い声が風に混じって響く。
並んだ店先では、故郷では見たことのない珍しい品々が並んでいた。
変わった形の果物や野菜、香辛料のようなもの、そして露店の鉄板で香ばしく焼かれていく見知らぬ料理の数々。
どれも、私がまだ一度も味わったことのないものばかりだった。
「わあ……このあたりは、本当に活気があるのね」
始めてばかりの光景に、思わず感嘆の声を漏らす。
初めて見る景色にワクワクしながら、馬車を降りて街を歩き始めたそのとき――。
通りの向こう側から、見覚えのある人物が数人の従者を従えて歩いてくるのが見えた。わたしは思わず足を止めた。
「……ユリウス様?」
「ファンネル、君もきていたのか?」
ユリウスもまたこちらに気がついたようで、振り返るとこちらに向き直って声をかけてきた。
彼が合図をすると、従者たちは公爵の合図ですぐに道を開け、フェンネルをユリウスのもとへと導いた。
数日ぶりに見る彼の姿は、いつも通り冷静で、どこか凛とした気配を纏っている。
「こんなところでどうしたんだ?
街の様子を見に来たのか?」
「はい。屋敷での生活にも少し慣れてきたので……気晴らしにと」
「そうか」
ユリウスは小さくうなずき、自然な動作で隣に並んで歩き出した。普段は近寄りがたいはずの彼を近くに感じて、わたしは少しだけ緊張してしまう。
二人が歩き出すと、自然と街の人々の視線が集まる。
通行人たちもまた、あの公爵が見慣れない若い女性を連れて歩く姿に驚き、顔を見合わせているようだった。
通りを歩きながら、ユリウス様が思い出したように呟く。
「しかし、ここまで来るのは大変だっただろう
聞いた話では、この先の山道で倒木が道を塞いでいるとか」
言われて、私は先程の出来事を思い出した。
「あ、あれは……」
彼にどう説明しようかと思い、言葉に詰まる。
彼にはまだ自分の能力のことをきちんと話していない。初対面のとき、思いがけず魔力を発動させてしまったあの件以来、その話題には触れないままだった。
さっきの倒木の件と、私のもつこの能力について説明するのは少しだけ勇気がいった。しかしユリウス様はそんな彼女の様子に気づかぬまま、淡々と続けた。
「私はこれから現場の視察に向かう予定なんだ。
村人や屋敷のある地域にも影響が出ている可能性がある。早く手を打たなければ」
(_さて、どう彼に説明しようか。)
悩んだわたしは、覚悟を決めてこう切り出す。
「ユリウス様……もしできれば、その前に……少しだけお時間をいただけませんか。二人きりで、話したいことがあるのです。」
これ以上隠し通すこともできないと感じた私は、彼にすべてを話すことに決めた。
* * *
「それで、折り入って話とは?」
私の提案に、ユリウス様は一瞬訝しんだが、それでも何も言わずに二人きりで話せる場所を用意してくれた。
ちょうど昼時だったので、彼は私をを昼食に招待してくれた。
案内されたのは、昔ながらのレストランを経営する屋敷で、歴代の城主も訪れていたという由緒正しい場所だった。
このお店の自慢は、もちろんこの地域の郷土料理である。地元の新鮮な食材をふんだんに使った料理は、長年にわたり人々に親しまれてきたのだと、店主が嬉しそうに話してくれた。
給仕の男性に案内されて席につくと、ほどなくして一品目の料理が運ばれてきた。
それは、地元の生野菜をふんだんに使ったサラダと、根菜を透明なジュレで固めたテリーヌのような料理だった。
寒い北の地では、生野菜、とりわけ葉物野菜はとても貴重だ。しかし、ここでは新鮮な野菜がふんだんに使われており、青々としたリーフや、鮮やかな赤やオレンジの根菜が添えられていて、見た目にも華やかだった。
私は思わず舌鼓を打った。
「気に入っただろうか?
屋敷の料理人の腕前も高いが、ここの料理の味はそれに劣らないんだ」
近くを通りかかったときはよく立ち寄るのだと、ユリウス様はいつもの冷静な切れ長の瞳を少しだけ細め、わずかに口元をほころばせた。
しばらく食事を堪能した後、わたしは先ほどの話題を切り出す。
「実は、お話というのが、私の持つ魔法の能力のことなのです」
私は、ユリウス様に自分の能力の概要、家族からの扱い、これまでに試した力の使い道、そして今回どうやってあの倒木を片付けたのか――その経緯を簡潔に説明した。
「隠すつもりはなかったのです。ただ、みんなを怖がらせてはいけないと思って……。
向こうでは、私は“能力を持たない凡人”として生きてきましたから」
家族にも、この力のことは隠して生きるよう言われていた。それでも、本当にそれで良かったのだろうかという思いは常に胸の奥にあった。
「そうだったのか」
説明を聞いていたユリウス様は、意外にもあっけらかんとしていた。
「破壊能力の使い手など、能力としては特段珍しくもないだろう。家族や周りは君の能力を見誤っているのではないか?」
「ほ、本当ですか?」
予想していなかった言葉に、思わず拍子抜けしてしまう。彼はこともなげに頷いた。
「確かに、魔法は使い方を誤ると人に危害を加えることがある。しかし、それはどの能力にも言えることだろう?
正しく使えるなら、どんな力も有用だと思う」
「そう言ってもらえて、ホッとしました。
あの、ありがとうございます……」
思わず安堵の息が漏れる。長年、重くのしかかっていた心の荷がふっと軽くなるような感覚だ。
「しかし、君の能力が単なる破壊の能力なのだとしたら、すこし意外だな」
そう言ってユリウス様は少し考え込んだ。




