第6話 晩餐の席で
彼に詰め寄られていよいよ言い逃れが出来なくなった私は、あろうことかその場から逃げ出した。
踵を返して最初に屋敷の方向だと指さされた方へ必死に走っていくと、なんとか先程の回廊に行き着いた。
どうやら公爵は追って来てはいないらしい。
彼を置きざりにしたことに、少しだけ負い目を感じたが、あのまま問い詰められていたらひどいことになる。
私は素早く自室へと駆け込み、扉を閉めて籠もってしまった。
(流石に、部屋までお仕掛けて来なければよいのだけれど……)
私は一人自室で縮こまっていた。
自分の能力を初対面で彼に能力を打ち明けるのは、あまりにも危険に思えた。
だって、これまで二度もそのせいで立場を悪くしてきたのだ。破壊魔法なんて、仮にも貴族の令嬢が持つものと知られたら――忌避されるに決まっている。
婚約して二日目に、屋敷を追い出されるわけにはいかなかった。
その後も、私は怯えながら部屋に籠もり続け、気づけば日が傾いて夕食の時間になっていた。
「フェンネル様、夕食の準備が整いました。
晩餐会場までお越しくださいませ」
私はビクッとして飛び上がった。
しかし、よくよく考えてみれば昨晩と同じように、執事が戸を叩く声がしただけだった。
私は観念して部屋を出る。
「本日早朝に旦那様が屋敷に戻られました。
視察の予定が早く片付いたとのことです。旦那様はすでにお席でお待ちです」
「そうなんですね」
廊下を歩きながら執事が報告する。答えながら、私は一人で動揺していた。
公爵とは、午前中に劇的な初対面を果たしていたところだ。とても「初めまして」とは言えそうもない。
私は覚悟を決めて晩餐会場の扉を開けた。
***
下地に案内されて、食堂の戸をくぐると
案の定、ユリウス様は奥の席に一人で座っており、こちらに気がつくとむすっとした顔でこちらを睨んでいた。
私はできるだけ目を合わせないようにして、彼の正面に腰を下ろした。
「旦那様、こちらがエポワール男爵家より参りましたフェンネル様にございます。
フェンネル様、こちらが我が屋敷の主、ハイデルベルク公ユリウス様でございます」
執事は、私たちがまだ対面済みだとは知らないようで、当主へ向き直り恭しく私を紹介した。
彼の言葉に、私もおずおず会釈を返す。
「ど、どうも……」
「ああ、フェンネルとは午前中に中庭で顔をあわせたんだ。本人から話は聞いている」
「左様でございますか。それは失礼いたしました」
執事は淡々と答えてから、私を公爵の向かいの席へと案内した。
私が席につくと、執事の合図で食事が始まり、使用人たちが食卓へたくさんの料理や果物が運び込んできた。
家主が帰還したことも相まってか、今日の夕食は昨晩のものよりも一層豪華に思えた。
見たこともない大きな七面鳥のロースト、年代物の美酒に、付け合わせの野菜も青々として新鮮だ。
午後中部屋にこもりきりだった私は、ここへ来てようやく自分が腹ペコだったことを思い出した。
「フェンネル、せっかくこうして顔を合わせたところ悪いが、私は明日もまた所領の視察に出かけねばならない。私が不在の間は、執事のアルバートに色々と教えてもらうといい」
ユリウス様は、先ほどの出来事は話題に出さずに、淡々と言った。
「またお出かけになるのですか?」
「ああ、我が所領内は広大だ。領主として、色々とやらなければならないことが多い」
ユリウス様は冷静な様子で答える。
「……あの。お加減は、もうよろしいのですか」
おもむろに、私は問いかける。
昼間の話題を持ち出してよいか迷ったが、あの後も部屋でずっと気になっていたことだった。
午前中にあんなに辛そうだったのに、また公務で外出するなんて、少々多忙すぎではないか。
「_なんということはない。いつものことだ」
「……でも」
「君こそ、人の心配ばかりしている場合なのか?」
ユリウスさまが、淡紫色の瞳を細めて唸る。
むすっとした様子で睨みつけられ、私は言葉を失ってしまった。
それは――私の能力のことを指しているのか。それとも、婚約者としてふさわしい態度を取れという意味なのか。
どちらにしても、余計なお世話だと突き放されたように感じられた。確かに、これ以上詮索するのも気が引けて、私はそれ以上言葉を重ねず、静かに食事へと戻った。
そのあと、私たちは静かに夕食をとった。
そして、夕食も終盤に差しかかろうとしたそのとき――事件は起きた。
_ガシャンッ!
突然、甲高い音が響き、場の空気が凍りついた。
「も、申し訳ございません! 旦那様……!」
食器を下げようとしたメイドが、ひどく取り乱した様子で何度も頭を下げている。
一瞬のことだったので、私には状況が掴めなかったが
どうやら、ユリウス様が片手を上げた拍子に、その動作がちょうど背後にいたメイドに触れてしまったらしい。
その衝撃で皿を抱えたまま後ろに飛び退いたメイドは、尻もちをつき、膝をついて震えながら謝罪を繰り返していた。
(……一体、何が起こったの?)
メイドは、まるで何か見えない力に弾かれたかのような様子だった。
普通に給仕しているだけでは、手が触れただけで後ろに弾かれるなんてことは起こり得ないはずなのに_。
考えている間にも、奥から駆けつけた数人のメイドたちが慌ただしく食器を片付け始める。だが彼女たちは一様に強張り、皆どこか怯えた様子に見えた。
すると。ユリウス様は小さくため息をつくいて席を立ち上がる。
「……私は先に部屋へ戻って休む。君はそのまま食事を続けてくれ」
まるでこうしたことは慣れっこだというような表情だった。
低い声でそう告げると、彼はそのまま食堂を退出しようとした。私は主人の見送りのために慌てて腰を上げる。
彼は一瞬出口の方に行きかけたが、すれ違いざまに私の方を振り向いて立ち止まる。
そして、おもむろに私の肩へと手を置いた。
――ぽんっ。
ただそれだけの仕草なのに、何故か周りにいた使用人たちは一斉に目を見開き、その場に緊張が走った。
「……? どうかされましたか?」
「君……本当に、なんともないのか」
私は首をかしげる横で、肩に手を置いたままのユリウスは、驚いたよう無顔をして、菫色色の目を見開いている。
「ええと……特に、何も」
たかが肩に手を置かれただけ。
それのどこが、周囲をあれほど驚かせるようなことなのだろう。
「……いや。君が無事ならそれでいい」
そう短く答えると、ユリウス様は視線を逸らし、再び背を向けて部屋をあとにした。
取り残された私はただ呆然と立ち尽くし、残された食堂には奇妙な沈黙が漂っていた。




