第40話 夜会への招待3
私は、ユリウス様に導かれて、屋敷の奥にある別室へとはいっていった。
戸口の前に控えていた使用人に合図を送ると、戸が内側から押し開かれた。
中は大理石を敷き詰めた、豪華な客間の一角だった。
室内は白を基調としていて、調度品や、壁のあちこちには金細工が施され、豪華に彩られている。
「ユリウス、久しぶりですね。
こうして再び顔を合わせられるのを、どれだけ待ち焦がれていたか」
部屋に入るなり、奥の椅子に腰掛けていた年配の女性が立ち上がって、ユリウス様の方に歩みよると、宝石の光る右手を差し出した。
ユリウスさまは、恭しくその甲に片付けをする。
「叔母様、私もお会いできて嬉しいです」
「元気そうで何よりだわ。
本当に、もうなんとも無いのね……」
「はい。呪いは綺麗さっぱりなくなりました。
魔物ももういませんし、私もこうして叔母様と抱きしめ合うことが叶いました」
「本当に、なんて嬉しいのかしら
魔物の呪いを受けたと聞いた時は、私はあなたのことを思って胸が張り裂けそうでした」
王妃様は、そう言って目に涙をにじませている。
その瞳は、甥を呪いに蝕まれていた頃の長い年月を思い出しているようだった。
「_ところで、私の大事な婚約者を紹介させてください。
ここにいるフェンネルは、魔物を倒して私にかけられた呪いを解いてくれたのです。
彼女がいなければ、今の私はいませんでした」
言われて、私は堅苦しく緊張した面持ちで、恭しく膝を折って挨拶を施す。
「なんて可愛らしいお嬢さんなのかしら、あえて嬉しいわ。
ユリウスから話は聞いています。あなたが私の甥の命を救ってくれるなんて、なんてお礼をいたら良いか」
顔を上げると、王妃様は顔をほころばせて、私の両手を包み込んだ。
「あなたがあの強大な魔物を倒してしまったなんて、本当に、信じられないわ」
「ええ、私も最初はフェンネルの力を見誤っていました。
でも、彼女は本当に優秀な攻撃士の魔力の持ち主です」
王妃様が感嘆の声をあげると、ユリウス様も頷いた。
「確かに、あの魔物は並大抵の魔術では太刀打ちできない。私もあなたと長く同じ苦しみを分つものとして、ほれを痛感しました。
ユリウスが呪いに侵されたと知った私は、国中から優秀な魔術師達を集めて、ユリウスの呪いを解けないか手当たり次第に試したわ」
王妃様は、遠い昔のことを思い出すように目を細めた。
「でも、だれも呪いを解くことが出来なかった。
呪いを解くにはあの魔物を倒すしか無いと分かった時、周囲にいた魔術師達は、揃いも揃って逃げ出してしまったのよ。
それほどまでに、あれは恐ろしい魔物だったのに……」
「本当に、私からも感謝がしきれないよ」
そう言って、王妃様だけではなく、ユリウス様からも羨望の眼差しで見つめられる。
「光栄です。でも、わたしはただ自分にできることをしたまでです…」
私は、照れて赤面したまま声を発することができなくなってしまった。
* * *
暫く談笑した後、私達は再び会場へと戻る事になった。
「国王陛下には、私からも報告しておきます。
このまま、婚姻が滞りなく進められるようにと」
“婚姻”という言葉を聞いて、私はどきりと心臓が跳ねる。
「ありがとうございます」
隣りにいるユリウス様は、淡々として応じた。
「フェンネルさん、ユリウスのことを、これからもよろしくお願いしますね」
にこりと微笑みをかけられて、私は再び顔を真っ赤に火照らせてしまった。
***
会場へと戻ると、再び周囲の貴族たちが、不穏な様子で私達の噂をしているのが耳に入った。
「ユリウス様のお相手ですが、どうやらどこかの弱小貴族家の令嬢らしいですわ」
「どうしてそのような方がユリウスさまと? 信じられません」
「ほんとうよね、ユリウスさまも一体何を考えているのかしら」
「ユリウス様は、あの娘に騙されているのではありませんか?」
周囲からの心無い声が聞こえてきて、再び私が背筋が冷たく張り詰める。私はそばにいたユリウス様の腕を握りしめて、冷静を装った。
すると、私達と共に会場入りした王妃さまが、会場の中央で、参列者たちに向かって高らかに声を上げた。
「皆様、今宵は私の主催する夜会にお集まりいいただき、ありがとう」
王妃さまが声をあげれば、途端に周囲は静まり返って、彼女の周りに集まる。
参列者達は、拍手をしたりお辞儀を施したりして、彼女を敬った。
「今日は皆様に紹介したい方がおりますのよ。
甥のユリウスが、正式にここにいるフェンネル嬢と婚姻することがきまりました」
驚くべき一言に、会場中が顔を合わせて目を見開く。
しかし、当の王妃様は周囲の動揺の意に介さない。
「私の可愛い甥の結婚相手を、皆様もよろしくおねがいしますね」
きっと王妃様は、先程の貴族たちが噂をしているのを聞いていたのだろう。
にこりと微笑みを浮かべながら、私の方をちらりと見やる王妃さまの心遣いが嬉しくて、私は胸が熱くなった。
すると、彼女の一言で、先ほどまでの会場の雰囲気が一変した。
「公爵夫人、おめでとうございます」
周囲にいた品の良さそうな貴族令嬢が一人、私の前に躍り出ると、恭しくお辞儀をした。
「公爵夫人、私はライズ子爵家のローザ、と申します。どうぞお見知りおきを」
「公爵夫人、ごきげんよう。
この度はおめでとうございます」
周囲の貴族たちが、先程の私への態度とは打って変わって、次々に私の周りに集まり出した。
わたしは、呆気に取られてぽかんとしてしまう。
――厳密に言えば、私はまだ“公爵夫人”ではない。
しかし、周囲の人々は私のことを、公爵の爵位を持つものだけに使う敬称で呼びかけた。
王妃様のあの一言は絶大な効力を発揮して、周囲の空気を一変させてしまった。
私はそんな貴族たちへの対応に、最初は緊張してしまっていた。
ここまでして頂いた王妃様にも、ユリウス様を失望させられないと思い、精一杯彼らに対応した。




