第40話 夜会への招待3
私は、ユリウス様に導かれて、屋敷の奥にある別室へとはいっていった。
戸口の前に控えていた使用人に合図を送ると、戸が内側から押し開かれた。
「ユリウス、久しぶりですね。
こうして再び顔を合わせられるのを、どれだけ待ち焦がれていたか」
部屋に入るなり、奥の椅子に腰掛けていた年配の女性が立ち上がって、ユリウス様の方に駆け寄ってきた。
「叔母様、私もお会いできて嬉しいです」
「本当に、もうなんとも無いのね……」
「はい。呪いは綺麗さっぱりなくなりました。
魔物ももういませんし、私もこうして叔母様と抱きしめ合うことが叶いました」
「まあ、なんて嬉しいのかしら
魔物の呪いを受けたと聞いた時は、私はあなたのことを思って胸が張り裂けそうでした」
王妃様は、そう言って目に涙をにじませている。
「_ところで、私の大事な婚約者を紹介させてください。
ここにいるフェンネルは、魔物を倒して私にかけられた呪いを解いてくれたのです。
彼女がいなければ、今の私はいませんでした」
言われて、私は堅苦しく緊張した面持ちで、恭しく膝を負って挨拶を施す。
「あえて嬉しいわ。
ユリウスから話は聞いています。あなたが私の甥の命を救ってくれるなんて、なんてお礼をいたら良いか」
顔を上げると、王妃様は顔をほころばせて、私の両手を包み込んだ。
「まあ、なんて可愛らしいお嬢さんなのかしら。
彼女があの強大な魔物を倒してしまったなんて、信じられないわ」
「ええ、私も最初はフェンネルの力を見誤っていました。
でも、彼女は本当に優秀な攻撃士の魔力の持ち主です」
王妃様が感嘆の声をあげると、ユリウス様も頷いた。
「あの魔物は並大抵の魔術では太刀打ちできないもの。
ユリウスが呪いに侵されたと知った私は、国王陛下やその周囲の家臣たちに頼んで、優秀な魔術師達を集めて、ユリウスの呪いを解けないか手当たり次第に試したわ」
王妃様は、遠い昔のことを思い出すように目を細めた。
「でも、だれも呪いを解くことが出来なかった。
呪いを解くにはあの魔物を倒すしか無いと分かった時、周囲にいた魔術師達は、揃いも揃って逃げ出してしまったのよ。
それほどまでに、あれは恐ろしい魔物だったのに……」
「本当に、私からも感謝がしきれないよ」
そう言って、王妃様だけではなく、ユリウス様からも羨望の眼差しで見つめれる。
「光栄ですわ。でも、わたしはただ自分にできることをしたまでです…」
私は、照れて赤面したまま声を発することができなくなってしまった。
* * *
暫く談笑した後、私達は再び会場へと戻る事になった。
「国王陛下には、私からも報告しておきます。
このまま、婚姻が滞りなく進められるようにと」
“婚姻”という言葉を聞いて、私はどきりと心臓が跳ねる。
「ありがとうございます」
隣りにいるユリウス様は、淡々として応じた。
「フェンネルさん、ユリウスのことを、これからもよろしくお願いしますね」
にこりと微笑みをかけられて、私は再び顔を真っ赤に火照らせてしまった。
***
会場へと戻ると、再び周囲の貴族たちが、不穏な様子で私達の噂をしているのが耳に入った。
「ユリウス様のお相手ですが、どうやらどこかの弱小貴族家の令嬢らしいですわ」
「どうしてそのような方がユリウスさまと? 信じられません」
「ほんとうよね、ユリウスさまも一体何を考えているのかしら」
「ユリウス様は、あの娘に騙されているのではありませんか?」
周囲からの心無い声が聞こえてきて、再び私が背筋が冷たく張り詰める。私はそばにいたユリウス様の腕を握りしめて、冷静を装った。
すると、私達と共に会場入りした王妃さまが、高らかに声を上げた。
「皆様、今宵は私の主催する夜会にお集まりいいただき、ありがとう」
王妃さまが声をあげれば、途端に周囲は静まり返って、彼女の周りに集まる。
参列者達は、拍手をしたりお辞儀を施したりして、彼女を敬った。
「今日は皆様に紹介したい方がおりますのよ。
甥のユリウスが、正式にここにいるフェンネル嬢と婚姻することがきまりました」
驚くべき一言に、会場中が顔を合わせて目を見開く。
しかし、当の王妃様は意に介さない。
「私の可愛い甥の結婚相手を、皆様もよろしくおねがいしますね」
きっと彼女は、先程の貴族たちが噂をしているのを聞いていたのだろう。
にこりと微笑みを浮かべながら、私の方をちらりと見やる王妃さまの心遣いが嬉しくて、私は胸が熱くなった。
すると、彼女の一言で会場の雰囲気が一変した。
「公爵夫人、おめでとうございます」
周囲にいた品の良さそうな貴族令嬢が一人、私の前に躍り出ると、恭しくお辞儀をした。
「公爵夫人、私はライズ子爵家のローザ、と申します。どうぞお見知りおきを」
「公爵夫人、ごきげんよう。
この度はおめでとうございます」
周囲の貴族たちが、先程の私への態度とは打って変わって、次々に私の周りに集まり出した。
わたしは、呆気に取られてぽかんとしてしまう。
――厳密に言えば、私はまだ“公爵夫人”ではない。
しかし、周囲の人々は私のことを、公爵の爵位を持つものだけに使う敬称で呼びかけた。
王妃様のあの一言は絶大な効力を発揮して、周囲の空気を一変させてしまった。
私はそんな貴族たちへの対応に、最初は緊張してしまっていた。
ここまでして頂いた王妃様にも、ユリウス様を失望させられないと思い、精一杯彼らに対応した。




