第39話 夜会への招待2
私はユリウス様に手を引かれて、今夜の夜会の会場である屋敷のホールへとはいっていく。すると、中にはたくさんの貴族の方々が待機していた。
「……あれは、新しいハイデルベルク公爵のユリウス様?」
「まぁ、珍しいわね。このような社交の場に顔をお見せになるなんて」
「私も初めてお目にかかりましたわ。なんて見目麗しい方……」
社交界には久しく顔を出してだしていなかったユリウス様を見て、周囲の貴族たちが珍しがって、顔を見合わせる。その視線はユリウス様だけではなく、その隣りにいる私にも向けられていた。
「ところで、彼のお隣にいるのは、どなたかしら?」
「さあ、あまりお見かけしない方ね……」
私は、彼らの話声が漏れ聞こえてくるのを聞いて、冷や汗が吹き出しそうだった。
だって、私の家は小さな男爵家で、社交界にもあまり参加したことがなかった。
ユリウス様の隣を歩いているのが、私だなんてことは、想像すらできないだろう。
(みんなが私のことを知ったら、失望させてしまうかも知れないわ……)
私は暗い顔をして思い詰めてしまっていた。
***
わたし達はホールを中へと進む。すると前方から、見覚えのある人物が姿を現した。
「あら……お姉様ではありませんか」
「……エルミール」
伴侶のエドワード伯爵とともに入場してきたのは、妹のエルミールだった。
彼女は、私を見つけるやいなや、めを潤ませて私の方に駆け寄ってくる。
「お姉様、お元気そうで何よりですわ
……突然いなくなってしまったと聞いて、わたくしたちとても心配しましたのよ」
エルミールは、この前の屋敷での出来事を思い出すように、わざとらしく私にすり寄ってきた。
私は、彼女に対して、誘拐された日の前日においてあった、彼女からの呼び出しの置き手紙が何だったのかを、彼女に問い詰めたい気持ちに駆られていたが、会場は大勢の集まる前だったので、控えることにした。
「……私もあえて嬉しいわ。あの時は心配をかけてしまいごめんなさい」
当たり障りない返答をすれば、エルミールは再びわたしに擦り寄ってきた。
「ーところでエルミール、今日のあなたはいつもにもまして華やかね」
「嬉しいですわ!
私今日の夜会はとても楽しみにしていたんですの」
話題を変えようと、わたしはエルミールの今宵の装いを褒める。
すると、エルミールは目を輝かせた。
この日のエルミールは、夜会に向けてひときわ派手な装いだった。
リボンやレースを惜しげもなくあしらった奇抜な桃色ドレスは、彼女の自慢の鮮やかな金色の紙と、澄んだ青い瞳の色によく合う。更に、首や腕には、光を反射してきらめく宝石がいくつも散りばめられていていた。
「今宵は、王妃さまが直々に貴族家を招いての夜会を催されましたの。
私、陛下に少しでもお近づきになりたくて張り切りましたのよ」
エルミールは意気込んだ。
エルミールは昔から社交界の華として有名だった。父や周囲の人々が私を忌避して、社交界などに出したがらない一方で、エルミールはどこに行ってももてはやされていた。
「フェンネル、そろそろいかなければ、叔母様は別室で待機されているんだ」
「では、エルミール、また後でね」
横からユリウス様が声をかけた。
私は再びエルミールとエドワードに挨拶をすると、会場を後にした。
去り際に、なぜだかユリウス様はエルミールの方を見て、やけに冷たい視線を投げかけていたことが気にかかったけれど。
気の所為だと思って気にしないでおいた。
***
姉のフェンネルの後ろ姿を見送りながら、エルミールは密かに唇の端を噛み締めた
(まったく、お姉様もしぶといわね_。)
せっかく、彼女を誘拐して厄介払いができたと思ったのに、彼女はあそこからどうにかして逃げ出したらしい。
あの洞窟で彼女は数日間肉体労働をしていたという。労働階級のように働かされるなんてエルミールには考えられない行為だと、軽蔑していたけれど。
姉はあろうことか、その採掘場で宝石を引き当てたらしい。
おかげであの北部の町は、更に発展しているという。どこかの社交界で、他の貴族達が噂しているのを小耳に挟んだ。
彼女を陥れたはずが、これではさらにお姉様の株が上がってしまっているではないか。
エルミールは唇を噛んだ。
(今日だって、柄にもなく夜会に顔を出すなんて。)
元々、控えめで目立たない彼女がこのような場所に顔を出すなんて、エルミールには意外だった。ユリウスに誘われたのだろうが、似合わないことをして、エルミールは面白くない。
(でも、お姉様は相変わらずね。慣れない場に出てくるからよ。)
一瞬は怪訝に思ったが、姉の頼りなげな様子を見て、すぐに安心する。
「全く、お姉様は昔のままでしたね。
ドレスも地味で、あの場では浮いていましたもの。あんなに緊張して……本当に心配になりますわ」
あくまで“姉を思いやる妹”のような声音で、
エルミールは隣のエドワードに小声で話しかけた。
「そうだろうか?
私は、フェンネルの婚約者であるハイデルベルク公爵は流石だと感心してしまったよ。」
「えっ? どうしてそう思いますの?」
珍しくエドワードが彼女に反論したので、エルミールは目を丸くして首をかしげる。
「彼女のドレスは一見シンプルだが、あれは東方の一部でしか手に入らない貴重な生糸ではないだろうか。あれを惜しげもなく使っているなんて。
それに、彼女の身につけていた宝飾品――あれらはすべて北部産の一級品だろう。あんなものを惜しげもなく揃えられるなんて、さすがは公爵家だな」
エドワードは腕を組み、感心したように頷いたが、そばで聞いたエルミールは絶句して、空いた口が塞がらない様子だった。




