第31話 すれ違い
私は屋敷のバルコニーに出て、一人夜風に当たって悶々としていた。
先ほど、エルミールがユリウス様の部屋へ入っていくのを――偶然、目にしてしまっていたのだ。
妹のエルミールが現れると、いつもあまり良いことが起こらない。せっかく姉妹が再会できたというのに、なんだか胸がざわついて心の底から喜べない自分がいた。
ため息をつき、気分を変えようと手すりにもたれて夜空を仰いていると、不意に背後から物音がする。振り返れば、そこには意外な人物が現れた。
「エ、エドワード様……? どうされたのですか?」
現れたのは、妹の夫エドワードだった。私が婚約破棄された相手でもある。
いつもは必ずエルミールが傍にいるのに、今夜は一人きりのようだった。
それもそのはずだろう。エルミールは今、ユリウス様の部屋にいて話し込んでいるのだもの。
彼はそれを知ってか知らずか、当たり障りない話題を振る。
「いや、君が外へ出ていくのが見えたから、少し寄ってみただけだ。
どうだ、北の新天地での暮らしは?」
エドワードは、この前の剣幕からは打って変わって、気さくに話しかけてきた。
「エルミールは君のことをずいぶん心配していたようだが。ここでの君の様子を見ていると――案外うまくやっているようで、安心したよ」
「はい。確かに最初はなれないことも多くありましたが、ユリウス様は、私にとても親切にしてくださいます。」
「それもそのはずだろう。ユリウス様は幼いころから逸材として知られていた立派な方だ。」
「だが。」とエドワードは更に言葉を続けた。
「その裏で、彼には良くない噂も聞く。
北の地平定に尽力するあまり、魔物による呪いを受けたとか_」
エドワードは眉をひそめる
「そのせいで今まで何人もの婚約者候補が現れたそうだが、いづれも破談になったそうだ。
……君が、同じ運命を辿らなければよいが」
エドワードは表情を曇らせた。
彼が私を案じてくれるなんて、少し意外だ
けれど、ユリウス様がすでにその呪いを解かれたことを、彼はまだ知らないようだったので、私は彼にその心配はもう必要なくなったことを伝えた。
「どうかご安心ください。
私はうまくやっていけるような気がします」
そう言ったところ、エドワードはなぜか顔を曇らせた。
「本当に大丈夫なのか?」
「それに呪いといえば、君自身はどうなんだ。
君はあれから、自分の力をちゃんと制御できているのか? いつまた力が暴走して――」
「それはっ……!」
思い出したくない話題を投げかけられ、思わず声を荒げてしまった。
「あれは、何度も説明したはずです。
私はあなたに危害を加えたことなど、一度もありません」
胸の奥が痛んだ。家族や周囲の反応は、いつも同じだった。向こうで受けてきた非情な扱いが、思い出されて、私は思わずムキになってしまう。
「そうだろうか? 僕は……どうも同感できないな」
エドワードの声音が低くなる。
「公爵との婚約だって、うまくいくはずがない」
「あなたには関係のないことです。余計なお世話ではありませんか」
私はそう強く反論したが、エドワードは引き下がらなかった。
「フェンネル、考え直してくれ。
悪いことは言わない。僕と一緒に南部へ戻ろう」
エドワードは、なぜか必死に言いすがってきた。
「…どうしてそんなことをいうのですか?」.
どうしてそこまで必死になるのだろうと、私は不安がよぎった。ここでの暮らしも、ユリウス様との関係も――彼には関係のないことのはずなのに。
私が訝しむと、エドワードは不意に一歩前に進み出る。それがあまりに唐突で、わたしは思わず身を引く。
「君の父上も心配していたよ。エルミールも寂しがっていたし、君も家族といる方が良いに決まっている」
「そ、そんなことありません!」
思わず本音が漏れてしまった…。
「どうしてだ? こんな怪しげな公爵のもとになどいないで……今なら間に合うから一緒に逃げよう」
「な、なんてことをおっしゃるのですか!?」
わたしは、仰天してエドワードに向き直る。
他でもないユリウス様のことを、そんなふうにいうなんて…。
エドワードはわたしの腕を掴みかけたが、とっさにわたしはそれを払いのけた。
「エドワード様、あなた……一体どうなさったなですか?」
エドワードが突拍子もなく、私に縋り付く意味がわからなかった。家族のことだって、エドワードには関係ないことだろう。
私の家庭環境がどんなものだったのか、知りもしないくせに…。
「はあ…。確かにそうだな、すまない。
実は君の妹のエルミールのことで困っているんだ。確かに彼女は最初こそ愛らしく、魅力的だったけれど、彼女は最近浪費ばかりで、わがままが過ぎるんだ。……こんなはずじゃなかった」
(――ああ、そういうことだったのね)
私は妙に納得してしまった。
「……そうだったのですね」
でも、それは自業自得というものではないだろうか?私がそれ以上何も言わないのを見ると、エドワードは諦めたように黙り込んだ。
なんとか、窮地を逃れたように思い、私がほっと胸を撫で下ろそうとした――その瞬間。
背後から、聞き覚えのある低い声が響いた。
「フェンネル、エドワード……そこで一体、何をしているんだ」
振り返るとそこには、怒りを押し殺したような表情のユリウス様が立っていた。
***
「ユ、ユリウス様……!」
飛び上がって、思わず変な声が漏れてしまった私は、慌てて取り繕う。
「こ、こちらにいらしたのですね」
取り乱す私を前に、ユリウスは冷たい表情を崩さず、しばし沈黙したままだった。
「公爵様、たった今、フェンネルと昔話に花を咲かせていたところです。
夜も更けてまいりましたので、私はこれで失礼させていただきます」
エドワードは、先ほどの衝撃的な告白などなかったかのように、至って冷静な口調で言い残すと――そのまま踵を返し、静かに去っていった。
一人取り残された私は、ユリウス様との気まずい沈黙に耐えるしかなかった。
「フェンネル。……先程、エドワードが君に掴みかかっているような光景が見えたのだが」
ユリウスの低い声でうなった。
その視線には、まるで責められているような冷ややかさがあった。
「あれは、なんでもないことです
昔のことで、少し口論になってしまっただけです」
思わず、わたしは言葉を濁す。
先ほどの会話は、ユリウス様の耳には入れたくないと思った。
それなのに、ユリウスは怒ったような顔をして、更に一歩詰め寄ってくる。
「なにか、わたしに隠し事でも?」
「な、なんでもありません。
それを言ったら、ユリウス様だって――」
そこまで言って、言葉を飲み込んだ。
別に言う気は無かったが、本音を言えば
私はエルミールと部屋で何を話していたのかが気になっていた。
「一体、何のことだ?」
少し沈黙があってから、ユリウスは思い出したように言葉を継いだ。
「ああ……さっき、エルミールが私の部屋に来たのを見ていたのか。
あれは何でもない。彼女が“君の攻撃手としての能力”が私に危害を与えるかもしれないと心配していたから、その必要はないことを説明していただけだ」
ユリウス様は、どこか言い訳めいた口調で取り繕う。
「……誤解を与えるようなことをしていたのなら、すまない」
「いえ、いいんです。私のほうこそ……ムキになってしまって、すみません。
エドワード様とは本当に何もありません。
彼も私のことを心配していた節があったようですが、その必要はないと伝えておきました」
そう言いながらも、胸の奥のもやもやは晴れなかった。
ユリウスの言葉が、どこか遠く感じる。
(彼は――私をどう思っているのだろう)




