第30話 略奪作戦
治癒魔法のアピールがうまくいかなかったエルミールは、すぐさま次の作戦に出た。
夜、ユリウスが休んでいる私室の戸を静かに叩く。
中にいたユリウスは戸口に立っているエルミールを見て首をかしげた。
「ユリウス様、夜分に申し訳ございません。
実は、姉のことで――ユリウス様のお耳に入れておきたいことがあるのです」
エルミールは憂いを帯びた瞳で、力なく訴えた。
彼女の様子を察したユリウスが、エルミールを部屋に招き入れると、エルミールはいつものように、今にも泣き出しそうな声で告げた。
「実は……姉の持つ“呪われた力”のことなのです。
家族の禁忌として、誰もが口をつぐんでおりましたが……。
婚約者であるユリウス様には、知っておく権利があると思いまして」
「呪われた力?」
ユリウスは真剣な表情で問い返す。
「ええ。実はお姉様は、私と同じく魔力を持っております。
ですがそれは、とても危険なもので……家族も親族も皆、あの子に怯えて暮らしてきたのです」
エルミールは青ざめた顔で、上目遣いにユリウスを見上げた。
「最初は私、その次はエドワード様でした。
姉は魔力のコントロールがうまくいかず、手当たり次第に周囲の人を傷つけてしまうのですわ」
震える手を胸にあて、言葉を続ける。
「姉のためを思い、これまで黙っておりましたが……。
ユリウス様が危険にさらされるなんて、私には耐えられません。
どうか――今すぐ、彼女から離れてくださいまし」
エルミールは、危機迫った迫真の演技で訴えた。
この告発を聞いて、今まで姉になびきかけていた誰もが、目の色を変えて姉から離れていった。
今回もそのはず、と意気込んだエルミール
しかし、その訴えに対するユリウスの反応は、想定外のものだった。
「――それは、フェンネルの“攻撃士”としての能力のことを言っているのだろうか」
「攻撃士……?」
聞き慣れない言葉に、エルミールは首をかしげる。
「ああ、フェンネルが自分から説明してくれた。
自分の力を“危険”と恐れられて育ったのだと。
だから人前で力を使うことを避けていたようだったが」
彼の思いも寄らぬ言葉に、エルミールは一瞬眉を顰めた。
「しかし、私はフェンネルの魔力を間近で見たことがある。
私は、彼女を“危険な存在”だと感じたことは一度もない。彼女は力を完全に制御しており、むしろ有能に使いこなしている。
――ひょっとすれば、私よりも優れた魔力を秘めているかもしれない」
ユリウスは穏やかに、しかし確信をもって言葉を重ねた。
「そんな姉を陥れるような発言をするとは……。 私には理解できないな」
ユリウスがあまりにもズバッと、エルミールの訴えを切り捨てたので、エルミールは返す言葉を失った。
「で、でも……本当のことなのです。
私もエドワード様も、彼女に怪我を負わされ、命の危険さえ――!」
必死に訴えるが、ユリウスはピシャリとはねのけた。
「私はフェンネルに命を救われた。彼女がいなければ、今も私は“呪われた身”のままだった」
(どうして……? 知り合ってまだ日の浅いユリウス様が、どうして、こんなにも姉に強い思いを抱いているの……?)
エルミールは、衝撃とともに――受け入れ難い現実を突きつけられたのだった。
「そういう君こそ……。昼間の治癒魔法の実演で、何やら怪しげな小細工をしていたようではないか。
魔力のある者から力を奪って使う――そんな術を、フェンネルは了承しているのか?」
エルミールが姉から魔力を盗んでいたことはユリウスにはバレていたのだ。
「あっ、あれは……その……。
魔力を禁じられているお姉様の代わりに、私が有効に使って差し上げようと……」
言い訳は、あまりにも苦しいものだった。
エルミールは突きつけられた事実の前に、どうすることもできずに立ち尽くす。
「フェンネルによく言っておかねばならないな。
――“君の妹には気をつけるように”と」
そう言われてしまい、エルミールは引き下がるしかなかった。




