第24話 北部の魔物討伐4
「ユ、ユリウス様!?」
にわかには信じられない光景に、思わず私は彼の名前を叫ぶが、言っている自分も訳がわからない。
しかし、目の前で私を抱き抱えてこちらを見下ろしているのは確かにユリウスさまであった。
どうして彼がここにいるのか、なぜ私を抱えているのか_。
頭がうまく追いつかなくて、まるで夢の中にでもいるようだった。私はユリウスの腕に抱かれたまま、ぼんやりと彼の顔を見上げる。
「全く、君は、どうしていつもも面倒事ばかりに首を突っ込むんだ」
彼はいつものように、綺麗な淡紫色の瞳を細めてこちらを睨みつける。
「ど、どうしてあなたがここに」
私が状況を把握できずにいると、ユリウス様はため息交じりに続けた。
「君が危険を顧みず、洞窟に入り込んだと聞いて、慌てて追いかけてきたんだ。
全く、なんてことをしてくれたんだ」
ユリウス様はそう言って私をきっと睨みつけるが、そう言いながらも私を抱えあげてその場に立たせてくれた。
改めて周囲を見渡すと、洞窟内は相変わらずである。
眼の前では先程の魔物が何度も前足を振り上げ、地を揺らして暴れている。
しかし、どうしてだか魔物の振りかざす攻撃は、いずれも私達に届くことはなかった。
私たちの周囲には、まるで目に見えない障壁が張られていてるようで。轟音と衝撃は確かに届いているのに、直接こちらに危害が及ぶことはなかった。
「ここに防御を張り巡らしたんだ。
これも私の持つ能力の一つだ」
ユリウス様は、ここでも淡々と説明した。
(彼には治癒の力だけでなく、防御を展開する力もあるのね――。)
こうしている間にも、魔物は防御の外側で暴れ、手足をばたつかせて、洞窟内に地響きを立てているが、その攻撃は悉く防がれていた。
彼の展開した防御は、あの巨大な魔物の全力の一撃をものともせず、見えない盾が攻撃を弾き返している。
それは彼の魔力がそれほどまでに強大であることを示唆していた。治癒の能力に加えて、ここまで強力な防御魔法を繰り出せるとは_。
私はその光景を前に、自分の置かれていて状況など忘れて自然と感心してしまう。
そして、ユリウス様もまたこんな危険な状況にもかかわらず、至って冷静に見えた。
「怪我はないか?
とにかく、まずはここから退避しよう」
ユリウスはそのまま私を抱き抱え、魔物のことなど気にも止めずに、出口の方へと避難しようとする。
「いいえ、だめです」
私は咄嗟に彼の手を振り払って、そのまま彼の静止を振り切って地面に降り立った。
「ここで魔物を放っておいたら、洞窟を抜け出して町を襲うかもしれません。そんなことはさせられません。私がここで食い止めなければ。」
私は先ほど、魔物の胴体の奥に見えた紫色に光る塊――あれが核だと直感した。
あれを破壊すれば、この化け物は内側から崩れ、二度と動けなくなるかもしれない。
「ユリウス様は先に避難してください」
「そういうわけには行かない。君も一緒でなければ」
背後でユリウスさまが食い下がる声が聞こえるが、私は無視して魔物の方を見定める。
魔物は、なおもこちらに退治してギャアギャアと咆哮を上げていた。
私は先ほど、魔物の胴体の奥に見えた紫色に光る塊――私はあれが核だと直感した。
先程は相手の攻撃に対応できずに魔力を見誤ってしまったが、この防壁の外側からなら、攻撃に邪魔されずに、今度こそやつの核を破壊できるかもしれない。
「だめだ、危険すぎる
今は戻って体制を立て直すことが先決だ。」
ユリウスさまは、私がこれから行おうとしている無謀な企みを察して、追いすがった。
しかし、私は意に介さない。
「大丈夫です、今度は外したりしませんから。」
私には自信があった。
さっき攻撃を見誤ったのは、単純に力の加減が上手くいかなかっただけだ。一撃放ってみて感覚が掴めた。
(次は確実に仕留める_。)
もう一度魔物に狙いを定めて、大きく深呼吸して目を閉じてから見開くと、魔物の紫色の核はさっきと同じようにしっかりと輝いて見えた。
「どうしてそこまで…」
しかし、ユリウス様は私の物々しい様子に、彼女を制止する手を止めて言葉を失った。
彼は少し考えたあと、やがて覚悟を決めたように私の後ろで防御の支援をする体制になる。
私は魔物に向き直った。
自分の能力の限界について、今まで試してみたことはなかった。けれど、ここでは限界なんて考えずに一点集中で全力で魔物を破壊しようと心に決めた。
魔物もまた、いよいよ余裕がなくなって来たのだろう、洞窟の中をけたたましく暴れまわる。
なりふり構わず手足や尻尾を振り回して、無理やり防壁を破壊しようと躍起になっていった。
ユリウス様は、そんな魔物に負けじと魔力を込めて防壁を強化する。彼が何も言わずに私をサポートしてくれるのを感じて、私は心強く思った。
私は自分の持てる最大限の力を振り絞って、破壊の一撃を放った。ぼうっと手の先に力がこもって、私の"破壊魔法"が、魔物の核を捉えた。
(ーーぎゅっとして、 ドッカーン!!)
バゴッ!! バキバキッ!!
けたたましい轟音と、地響きがなって洞窟内に衝撃が走った。魔物は恐ろしい悲鳴を挙げなから突然体制を崩してその場に倒れ込む。
あまりの衝撃に、洞窟内自体が崩れて岩岩が天井から降り注いできた。
「フェンネル、危ないっ!」
さすがの防壁も、この洞窟全体を支えることは叶わず、ユリウスは咄嗟に防御を解くと、そばに立っているフェンネルを抱えあげて出口の方へ飛び退いた。
二人は崩れ落ちる瓦礫の雨の中を、出口を目指してひた走った。けれど、あと一歩というところで頭上から大岩が崩れ落ち、行く手を塞がれてしまった。
「――っ!」
目の前で通路が閉ざされるのを見て、私は息を呑んだ。
全身を覆うように落ちてくる瓦礫。
その瞬間、ユリウス様が彼女を抱き寄せ、強く腕の中に引き寄せる。
耳をつんざくような轟音と、世界が崩れ落ちるような音を最後に、フェンネルの意識は闇に呑まれた。




