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忌避された破壊魔法使いの私、嫁ぎ先の辺境公爵さまにかけられた呪いは、なぜか私にだけ発動しませんでした  作者: 秋名はる


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第23話 北部の魔物討伐3

__洞窟の中は、禍々しい気配に満ちていた。

何か得体の知れない邪気が、肌を刺すように全身を包み込む。


(…確かに、今まで遭遇した魔獣の類とは、比べ物にならない気配がするわ_。)


私は小さく息を呑み、手に持ったランプを掲げながら慎重に進んだ。北端の山脈ということもあり、空気は屋敷のある中心部よりもずっと冷たい。


私は念の為、防寒と防御を兼ねて、厚手のコートと登山用のレインブーツを身に着けてきた。しかし、それも気休めにしかならないだろう。


中は真っ暗な洞窟内部は、細い入り組んだ道がどこまでも続いていて先が見えない。もう入口は遥か彼方に沈んでしまって、今から引き返そうにも、もう二度と出口にはたどり着けないんじゃないかという恐ろしさがあった。


でもユリウス様に危険が迫っている以上引き返すわけにはいかなかった。あたりの空気はさらに重くなり、まるで体を押しつぶしてしまいそうな重々しい邪気をひしひしと感じた。


それでも足を緩めず先を急ぐと、やがて、視界がぱっと開けた。


そこは、まるで大広間のように広大な空間だった。

松明を掲げて奥まで照らすと、薄暗い岩肌がぼんやりと照らし出される。


私は一歩踏み出しかけて、そしてそこで息を呑んだ。

_視界の奥に、異様な“何か”が見えたのだ。


それは、なんと言い表したら良いいかわからない、謎の巨大な塊。


表面はうっすらと青黒い光を反射していて、よく見れば、それは硬そうな鱗で覆われていることがわかった。


その鱗が、まるで呼吸するように規則的に上下していて、それが洞窟内の光に反射しててかてか怪しく光っていたのだった。


(……まさか、あれが……噂の魔物……だというの?)


私は凍りついたように立ち尽くした。


天井に届くほどの巨体。その存在感は、もはや生物では形容できない規模を誇る。


(こんなの……人間が束になったって、太刀打ちできるはずがないわ……)


私は気圧されて一歩後退ったが、幸いにも魔物は眠っているのか身動きはとらず、こちらには気づいている様子もない。


(ちょ、ちょっと待って──。)


ここで、私ははっと気がついた。


(あれ……ユリウス様はどこ?

 魔物を討伐しに、この洞窟へ先に入ったんじゃなかったの?)


目の前には、まさに“目的の魔物”と思しき巨大な存在が眠っている。


けれど、あたりを見回しても人の気配がまるでない。足跡も、焚き火の跡も、誰かが立ち入った痕跡すら見当たらなかった。


(まさか……ユリウス様たちは、まだここに来ていない?)


ぞくり、と背筋が凍りついた。

確かに冷静に考えれば、いくら早朝に出立したとしても、すぐに魔物の巣へ突っ込むはずがない。


普通ならまず、住民の避難や警備の配置、調査などを済ませてから行動に移すだろう。実際洞窟の入り口や麓の村は物々しい警備体制であった_。


(では、私は…?

ここで一体なにをしているのだろう?)


目の前で、魔物は今も悠々と寝息を立てている。まだ誰もこの魔物と戦っていないし、魔物も目覚めたりなどしていないというのに…!


思い返しながら血の気が引いていくのがわかった。


(まずい……!)


大事にならないうちに、今すぐにでも引き返さなければ――そう思った瞬間だった。


――ズズンッ!!


足元から、地鳴りのような轟音が響く。

洞窟全体が震え、天井の岩が砕け散りそうなほどの振動が走った。息を呑む間もなく、背後で“何か”が蠢いた。巨大な気配。空気が歪むほどの圧迫感。


恐る恐る振り返ると…

そこには――真っ赤に充血した巨大な目玉が、私を睨みつけていた。


冷たい汗が背筋を伝う。

_魔物が、眠りから覚めたのだ。


***


私は後退りし、一目散に出口を目指そうと駆け出しかけた。けれど、既のところで足を止めた。


(……だってもし、ここで私が逃げ出したら。

 洞窟の外にいる村人や警備の人たちはどうなるの_?)


洞窟の奥にいる魔物は、きっと私を追って外へ飛び出すだろう。

そしたら、私のせいで今度は本当にユリウス様やその兵たちがこの強大な魔物と真正面から対峙しなければならなくなる。なんの武器も持たない村人たちも危険にさらされるのだ_。


(ここでわたしがこの魔物を放ったらかしにして、逃げ出す訳にはいかない_)


まあそれも、私があえなく魔物に倒されてしまえば状況は同じことになるので、あまり変わらない気もするが…。


外の警備の様子を見る限り、まだ全員の避難は終わっていないはず。であればわずかな間でも、ここでわたしが時間を稼がなければならない。


(ああ……助けに行くつもりだったのに、まさか私自身がこの災厄を目覚めさせてしまうなんて――。)


一瞬、頭の中が真っ白になりかけたが、私はなんとか気を取り直した。


(今はそんなことを考えている場合じゃない。

 みんなを危険にさらさないために、私がここでこの魔物を引き止めなければ。)


魔物はゆっくりと首をもたげ、赤く光る瞳でこちらを見下ろした。その目は、まるで小さな獲物を嘲笑うかのように細められている。ヘビのような舌が、ぬらりと伸びて空気を舐めた。


(……ただのヘビだったら、どんなに良かったかしら。)


目の前にそびえるそれは、もはや「魔物」という言葉すら生ぬるい。


鋼鉄のように硬そうな鱗。前足には大地を砕くような鋭い爪。背には闇のように黒い翼が折りたたまれている。絵本の中でも見たことのないような、まさに“絶望の化身”だった。


胸の奥で絶望が広がる。

そんな私をあざ笑うように、魔物は前足を上げて爪を振りかぶった。私は反射的に手を掲げ、攻撃魔法を放ちながら後方へ飛び退く。


――バチンッ! ドゴォンッ!!


地鳴りのような轟音が響き、衝撃で体ごと吹き飛ばされた。私は咄嗟に破壊魔法を放って、攻撃を交わしながら後ろに飛び退いた。

土煙が立ち込める中、私はどうにか地面に手をつき、身を起こす。まだ自分の手足があることに、ほっと胸を撫で下ろした。


咄嗟に放った一撃は確かに命中していたようで、魔物は前足を訝しげに見つめるしぐさをした。


私は間を置かず、今度は連続で魔力を放った。炸裂音と共に光弾が爆ぜ、辺り一面に濃い土煙が広がる。その隙に、私は低い岩陰に身を潜めた。


魔物は立ち上がり、ドスンドスンと足音を響かせながら周囲を探っている。



私は、岩陰に身を隠しながら居場所を悟られないように、慎重に様子を伺う。


ふと思い立って、この前裏山で鹿に遭遇したときに行った、相手の核を見定める目を使ってみることにした。


魔物との距離をとって目をつむり、意識を集中させて目を見開く。

すると、前回のように魔物の体は薄く透けて見えた。そのまま目を凝らすと、魔物の前足の間、ちょうど心臓のあたりに怪しく紫色に光る塊を見つけた。


(もしかして、あれが……核。)


直感でそう確信した。

あれを破壊できれば、この魔物を倒せる。しかし。それは前回鹿を監視したときに見た核とは比べ物にならない大きさだった。


色は深紫色に怪しく輝いており、遠目でもそれがどんなに固くて強靭なものであるかは察しがついた。


到底自分にはどうにもできないような代物であるが、あいつを物理的に倒すためには、あれを破壊しなければならないだろう。

私は息を詰めて岩陰から身を起こし、狙いを定めた。


__その瞬間。


「ギャオォッ!!」


魔物の咆哮が洞窟に響き渡り、鼓膜を突き破るほどの衝撃が走った。


(み……見つかった!?)


考え事をしている間に、魔物は私の姿を捉えていた。巨大な前足が私の方へ振り下ろされる。私はとっさに魔力を展開し、攻撃を攻撃で弾いてそれを受け止めた。


しかし、今度は衝撃波の風圧に押され、体ごと吹き飛ばされてまった。


「くっ……!」


背中を岩に打ちつけ、息が詰まった。

それでも私は歯を食いしばって立ち上がり、再び手を前に掲げる。深く息を吸い、もう一度、瞳の力を使って魔物の核を見据えた。


その紫に光る塊に、全神経を集中させる。


(ぎゅっとして、ドカーン!)


魔物の核を握り潰し、内側から粉々に破壊する光景を頭に思い浮かべる。そして渾身の力で魔力を込めて、一撃を放った。


「ドゴッ! バキバキッ!!」


魔物の内側から何かが軋んむような音を立てて、同時にあたりに衝撃が走る。


私の放った一撃は核を捉えはしたものの、魔物の核は私が想像していたよりも固く強靭だった。


魔物は悲鳴のような鳴き声をあげて身を捩ったが、それでも倒れることはせずに、逆に激昂してあたり構わず尻尾や前足をばたつかせてのたうちまわる。


(しまった――!)


ハッとして顔を上げれば

耳をつんざく咆哮とともに、がむしゃらに放たれた魔物の前足の一撃が私の方に振り下ろされて、目の前にせまっていた。


(避けきれない――)


そう思って反射的に身をかがめたが、すぐに全身に鋭い衝撃が走った。私は衝撃で後ろに投げ出される。視界をぐるりと回転させながら、私の体は宙に放り出されていた。


終わった_。

空に吹き飛びながら、死を覚悟した私は呑気にそんなことを考える。


私は地面に叩きつけられる衝撃に備えて反射的に身を屈める。しかし、なぜだか想像していたような衝撃や痛みは襲ってこなかった。


逆に何か、柔らかくも力強いものが私の体を受け止める。


(……え?)


薄く目を開けると、土煙に霞んで、目の前に見覚えのある顔が見えたような気がした。

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