第2話 破壊魔法使い
私とエルミールには、どちらにも母がいない。
父は二度結婚したが、最初に結婚した私の母も、その後に結婚したエルミールの母も、若くして亡くなってしまった。
だから私たちは姉妹でありながら、半分だけ血の繋がりのない存在だった。
顔も全然似ていない。
私はこの国では珍しい薄い翡翠色の髪に、新緑色の瞳。一方のエルミールは、王道の黄金色の髪色にサファイアみたいな透き通った青い瞳をしていた。
どちらが世間一般的に見て、魅力的な外観かと問われれば言うまでもない。
しかし、お互い母親は不在であったけれども、なんの隔たりもない、同じ家に生まれた姉妹であったはずだった。
_始まりは些細な異変からだった。
* * *
それは二人が幼い頃。いつものように屋敷の裏庭で遊んでいたときのことだった。
私達は、父が所有する郊外の屋敷に避暑に訪れていた。
エルミールは小さな頃からお転婆で、使用人の目を盗んではすぐにどこかへ駆け出してしまう。そんな妹の尻拭いをさせられ、連れ戻すのがいつも私の役目だった。
「エルミール、もう戻らないと……またお父様や婆やに叱られてしまうわ!」
屋敷を飛び出し、そのまま裏庭のさらに奥へ走っていく妹を追いながら、幼い私は必死に呼びかけた。
「だって、お屋敷でお勉強なんて退屈なんですもの!」
エルミールは私をからかうように振り返り、足を止めようとしない。
「ここは人気もないし、危ないのよ!」
私は小さくため息をついた。
――いつもこうだ。
退屈で勉強や習い事を勝手に抜け出すのは妹なのに、私まで一緒に尻拭いをさせられる
仕方なく妹を追いかけていた時、
不意に前方でエルミールが悲鳴を上げた。
「きゃっ!」
顔を上げると、茂みから飛び出してきたのは、大きな狼のような見た目をした魔犬
この世界には、魔物や魔獣と呼ばれる、動物より凶暴な生物が存在する。
それらは様々な種類がいて、小物のものから巨大な主のようなものまで様々だった。
目の前にいる魔犬は、小物ではあるけれど、俊敏な足と、鋭い牙を持つ。
それは唸り声をあげ、牙を剥いてエルミールを威嚇する。泣きそうになりながら、妹はその場に立ち尽くして動けないでいた。
「エルミール、危ない!」
私は無意識のうちに叫んで、妹の方に手を伸ばす。
すると次の瞬間、私の手から衝撃波のような力が発されて魔犬を直撃し、魔獣は気絶して倒れ込んだ。
突然のことに何が起こったのかわからない私達は呆然と立ち尽くしていた。はっと気がついたように私は駆け寄って妹に駆け寄る。
「エルミール、怪我はない?」
「お、お姉様……今の、一体……?」
震える声で尋ねるエルミールに、私はなんて説明したらよいかわからなかった。
そこへ悲鳴を聞きつけた使用人たちが駆けつけてくる。
「お嬢様、いったい何が!」
地面に横たわる魔犬を見て、使用人たちが青ざめる。
私が事情を説明しようとしたその時――。
「婆や!どうかお姉様を罰しないでください!
きっと魔力が暴走して、制御できなかったのですわ!」
エルミールが泣き出し、私の言葉を遮った。
(えっ…何をいっているの?)
耳を疑った。だって私はエルミールを守ろうとしただけなのに。それに、エルミール自身が傷ついたわけでもない。
「これは……フェンネルお嬢様が?」
困惑する使用人たちに、エルミールはさらに言葉を重ねる。
「そうなんです! お姉様は呪いのような力で、この狼を殺そうとして……。なんて恐ろしい……でも取り乱していただけなの。どうか許してあげて!」
「ち、違う!私は妹を助けようと――」
必死に否定しようとしたが、またしてもエルミールが大声で泣き叫んだ。
「お姉様は、自分の力が暴走しているように見えました!
それに、私にまで呪いを放とうと……。皆さまが駆けつけてくれなければ……!」
婆やは困惑しながらも、泣き喚くエルミールの言葉を信じ込んでしまった。
妹がどうして私を陥れるようなことを言ったのかはわからない。でもこの事件をきっかけに、私のその忌まわしい魔力の噂は瞬く間に屋敷中に広まってしまう。
――その日から。
私は周囲の者たちから「危険な存在」として忌み嫌われるようになった。
父もまた当然の如く全面的に妹のいうことを信じて、私を危険な存在とみなした。
私は自分のものを全て取り上げられ、私は屋敷の外れの、薄暗い部屋の一室に閉じ込められた。
***
しばらくして、私の魔力の正体が判明した。
私に宿っていたのは――破壊魔法。文字通り、物体を破壊することのできる力だった。
父は、その事実を知るやいなや顔をしかめて激昂した。
「なんということだ……敬虔な貴族の令嬢であるべき娘が、破壊魔法使いだったなどと。」
確かに破壊魔法と聞くと恐ろしく響く。
けれど破壊魔法とはいっても、本来は無用の力でははいはずだった。
破壊魔法は本来、魔獣を討伐するハンターが用いたり、人には扱えぬ物や害悪となるものを破壊・加工する――そうした場面で重宝される力でもある。
しかし、もともと魔力を持たない父は、魔法そのものへの理解が薄く、その力の響きだけで私を拒絶した。
「お前は金輪際、人前で魔法を使うことを禁じる! そのような悪しき力を持っていると知られれば、我が一族の威信に傷がつく!」
「そんな……」
危険な力ではないはずなのに。
魔法に目覚めたものは、通常であれば専門の教育機関によって魔法の訓練を受けることになっている。
しかし、男爵は周囲からの評判を気にして、私が教育を受けることに反対していた。
「それに比べて……エルミールは、なんと尊い魔法を授かっていることか。
お前も妹のように治癒の力を宿していれば、我が家も苦労せずに済んだものを。」
父は顔色を変えたように、妹へ熱い視線を投げかける。
そう、私が厄介者として屋敷の隅に閉じ込められている間に、エルミールは治癒魔法に目覚めていた。
怪我や病を癒やす力は人々にとっても人気で重用されており、父や屋敷の人々はそれを気に入り、妹を聖女のように尊んでいた。
「はい、お父様。私は授かったこの力を、人々のために役立ててまいりますわ。」
妹は誇らしげに微笑む。
そんなわけで、当然ながら屋敷での私の立場はますます悪化していった。
「まったく、お前も今からでも鍛え直して、妹のように役に立つ力を身につけられないのか!」
父の蔑む視線に、胸が締めつけられる。
私は魔法教育を禁じられ、凡人として生きることを強いられた。
隣では妹が本物の魔術師による魔力の高等教育を受けているのにたいし、私の扱いは更に粗雑なものとなった。
今では、屋敷の中での立場はすっかり逆転し、私は「お荷物」として扱われるようになっている。
――破壊魔法だって、学べば活かせる道はあるはずなのに。
妹が英才教育を受ける姿を横目に見ながら、私はひとり人目を忍んで自力で力を磨いていくしかなかった。




