第1話 婚約破棄
「フェンネル、残念だが君との婚約は破棄させてもらう。
君があの忌まわしい破壊魔法使いだったなんて_。
知っていれば君との縁談を進めたりなどしなかった」
ミリセント伯爵家の子息、エドワードは冷たく言い放った。
「そ、そんな……待ってください!」
私は絶望に顔を歪め、必死に言いすがった。
けれども、エドワードは眉を吊り上げたまま、私の話を聞いてくれる様子はなかった。
「お姉様、わたくしはなんどもお伝えしていたはずです。
自分の素性を偽って、エドワード様を欺くような真似はおやめくださいまし」
エドワードの側には、妹のエルミールが、彼に寄り添うようにして立っていた。
その瞳は私を憐れんでいるような、しかしどこかで私のことを嘲っているような視線を投げかける。
「ライズ男爵、これは当主である君の責任でもあるのだぞ」
私の必死の懇願も虚しく、エドワードの怒りは収まらない様子だった。
言われて、妹と共にミリセント伯爵家の屋敷に招かれていた父が青ざめる
「どうかお許しください。
このフェンネルは、二度と魔法を使わないという約束で縁談を進めたのです。
娘のことながら、まさかフェンネルがあなたを傷つけるようなことをするとは思わず……」
父は、そう言ってエドワードに向かって深く頭を下げた後に、今度は私の方を向いて、キッと睨みつけた。
「フェンネルおまえには愛想が尽きた。このような事になって、私はもうお前の面倒を見ることは出来ない。親子の縁を切らせてもらう、私の屋敷から出ていけ」
「まあ、お父様。それは流石にお姉様がお可哀想です」
エルミールは、心優しい妹を装って、表面上は私のことを心配しているような風を装う。しかし、いつも自分のことしか頭にない彼女が、今更私のことなどを本気で心配しているようには思えなかった。
「いいや、いくら可愛いおまえの頼みといえど、こればかりは聞き入れることは出来ない」
「お父様……」
「フェンネル、お前は明日朝一の便で、北の国境付近の町へ行ってもらう
もう二度と、屋敷へは戻ってくるな」
「そ、そんな……お父様、これはあんまりです。お許しください」
私は必死に父に言いすがったが、父は聞き入れようとはしなかった。
***
翌日、お父様と私、そしてエルミールは揃って馬車に乗り、私を厄介払いすべく、駅へと向かっていった。
「お父様、本気でお姉様を北部の町などへ追いやってしまわれるのですか」
昨日の騒動の顛末が、いよいよ現実味を増してきたのか、エルミールは少しだけ私に気の毒そうな視線を向ける。
「なに、心配いらないよ。
実は、かの地には以前から我が家宛に縁談の話があったのだ」
「縁談?」
思わず、エルミールが眉を吊り上げる。
「ああ、姉妹のうちどちらかを娶りたいとな。
しかし、かの地は北の辺境に位置する寂れた街、お前たちをそんな場所へ嫁がせるのは憚られたので、今まで返事を先延ばしにしてきた」
「そうだったのですね」
「フェンネルにはちょうど良いだろう。
エドワードをあんなにも怒らせてしまうなんて、伝統ある我が男爵家の面汚しだ」
父はそう言って、再び非難がましい視線を私に向けた。
私は、なにも言い返すことが出来なかった。
「でも、北の地といえば、あの呪われた……」
エルミールはあることをいいかけたが、口を継ぐんだ。
代わりにこれみよがしに、私の方に身を寄せて憐れんだような視線を投げかける。
「見知らぬ北の辺境の地に行ってしまわれるなんて、お可哀想に……」
「エルミール、お前は人が良すぎる。
今までこの愚姉に、どれほど苦労をかけられてきたと思う。尻拭いをするのはもうこれきりだ」
父は憤然とした様子で応じ、
「それに」と更に続けた。
「ミリセント伯爵家は、もともとフェンネルよりもお前を気に入っていたのだぞ」
「まあ……それはほんとうですの?」
その言葉を聞いた途端、エルミールの瞳がきらりとひかる。
「ああ、そうだとも。実はミリセント伯爵家からは、破談になった姉の代わりに、おまえとの縁談を進めてはどうかとの打診があるのだ。
しかし、このようなことになってはな。私としても、おまえにできの悪い姉の尻拭いをするようなことはさせられない。
この縁談は断ろうと思っているのだが_」
「いいえ、お父様」
突然、エルミールは前のめりになって父の前に立つ。
「せっかくのお申し出ですし、私もエドワード様とお知り合いになってみたいですわ。決めるのはそれからでもよろしいでしょう?」
「おお、本当か。可愛いエルミール、お前はなんという心優しい娘だ。
お前のおかげで、我が家の面目は保たれるよ。」
私が打ちひしがれている横で、妹と父は勝手に盛り上がっていた。
私はそんな二人の会話に入れてもらえるはずもなく、ひたすらにうつむいて、これから起こる悲しい結末について考えていた。
_でも、物は考えようかも知れない。
自分の人生を振り返ってみると、これまでのわたしの生い立ちは決して幸せなものとは言えなかった。妹や父が私のことを蔑ろにするのはいつものことだ。
そう思えば、この旅の私の辺境行きも考えようによっては不幸な結末とはならないかも知れない。
少なくとも、見の置き場の無い家族からは解放されるのだから……。
***
そう思いながら、私が一人馬車の窓辺から外の景色を眺めていると。
「ねえ、お姉様。わたし未だに今日がお姉様とのお別れの日だなんて信じられないわ。
これからもお姉様のことをいつもそばで感じられるように、なにかお姉様のものを私にくださらない?」
「えっ?」
顔を上げれば、向かいに座っているエルミールは上目遣いでこちらを覗き込んでいた。
「でも、今更わたしにあげられるものなんてなにも……」
わたしは困り果ててしまった。
馬車に積んでいるわたしの荷物には、身の回りの最低限のものしか持ってきていない。
遠い地への嫁入りだと言うのに、高価な嫁入りの一つも持たせてもらえなかったわたしには、妹に上げられるようなものなんて持ち合わせてはいなかった。
「そうね、じゃあその古い指輪がほしいわ。お姉様の代わりと思ってわたしにくださらない?」
エルミールが指さした先には、私が肌見放さず身につけていた指輪が光っていた。
これは母の形見での指輪で、古い形ではあるものの、小さな上等の宝石がはめ込まれている。
「でも、これは_」
「良いではないか、せっかくエルミールが好意に言ってくれているのに。
無下に断るつもりなのかね、なんて恩知らずな」
普段から父は妹のエルミールを贔屓にして彼女の言う事を疑わない。
私は、反論しようとしたのを諦めて、半ば強制的に彼女に指輪を差し出した。
エルミールに自分の大事なものを差し出すのは、これで何度目だろうか。
私がこんな不遇な境遇に置かれるようになったきっかけは、二人がまだ幼い頃にまで遡る_




