97話 土俵から落ちたから
僕らはみんなを見送ったあと、いつもの部屋に戻った。
部屋が広い。
元から広いんだけど、みんなが居ないと尚更広く感じる。
ソファーにポツンと座っていたら、向かい側のソファーにタガセンと用務員さんが腰掛けた。
「大丈夫か?」
タガセンがいつもと違う顔していた。
いつもは怒っているような、無表情でもどこかに怖さがある顔だ。
けど今は明らかに心配顔、困った顔している、何でだろう?
「大丈夫? はい、どこも痛くないです……、あ、擦りむいてる。さっき土俵から転げた時だ」
「ぷっ、土俵か。次郎坊は面白いな」
高田さんがホッコリした顔になった。
さっきまで高田さんも怒ったような泣きそうな顔をしていた。
本当は帰りたかったのかな。高田さんもタガセンも。
僕ら、子供だから当たり前のように優先して帰してもらえるって思い込んじゃってた。
でも大人だって帰りたいよね?
「あとで、回復魔法を使える者を呼んでもらう、とりあえず水でよく洗っておくぞ」
そういってタガセンに腕を掴まれた。
擦りむいている肘の上の方を掴んで引っ張って僕を立たせた。
部屋の隅っこの小さい机の上にあった、水の入った瓶と洗面器みたいな大きなお皿、そこで僕の肘が洗われた。
「つってて、ひょぇぇぇい」
「見るな。見ると痛いぞ」
「ふぁい、でも、そのお皿で僕の汚れた腕、洗っても……」
「これは手洗い用だぞ? まさか使った事ないのか? 今までどこで……」
あ、そこ、共同トイレ。
僕、出た後に手を洗った事が無かった。
そしてそれが今バレてしまった!
タガセンがため息をついた。すみませんでした。
「これからはちゃんと洗えよ?」
「はい……これからは」
「すまん」
タガセンがハッとした顔で突然僕に頭を下げた。
何で?
「お前を帰してやれなくてすまん」
え、何でタガセンが謝るの?
「あの、あの、僕が土俵から転げたから、あの、僕こそごめんなさい。ちゃんと帰れる予定だったのに転げ落ちて帰りそびれてすみません、あの、あの」
「うわっはっは」
ソファーに座っていた高田さんが突然大きな声で笑い出してびっくりした。
「ほら、こっちへおいで。わしは魔法は使えないが、この世界の塗り薬と布ならある。田川先生も落ち着いて、こちらに座って話しましょう」
「坊主は帰れなくてがっかりしておらんのか?」
「あー、みんなが行っちゃって寂しい気持ち、は、あるかな。でもその、僕、家族とあまり仲良くなかったし、みんなみたいに夜泣いたりした事なかったです」
「そうでもないだろ? お前メソメソしたてのを見た事があるぞ?」
「え?……あ、それはぁ、コンビニのお菓子とかが食べたくて……」
「お前の事は何としても元の世界に戻してやる」
「うーん、タガセンや高田さんは? ふたりも一緒に帰る? それならいいけど……。僕だけなら、僕、帰らなくていいや」
「何を言ってる! お前はちゃんとあっちに戻って、あっちでちゃんと大人になれ」
「こっちでもちゃんと大人になれるし……、でも、イチクミのみんなと逢えないのは悲しいかな? 悲しいかも」
「そうだ、だからあっちに帰ってイチクミ皆で大人になれ」
「うん、はい。だからタガセンも必要。高田さんもめぎ中に必要だよ?絶対」
「そうじゃな。帰ろうかの」
-----(田川視点)-----
まさか、帰す予定であった草凪がこちらへ残ってしまうとは。
俺と高田さんは生徒を帰した後は、蒼井をディサートへ何とか送って行き、その後はこの世界で骨を埋めるつもりだった。
しかし、こうなってしまっては、元の世界へ帰る算段をしないといけないな。
草凪を帰すために。
草凪は自分だけでは帰ろうとしないだろう。
高田さんと俺も、帰る事を考えないといけないかもしれない。
さて、どうするか。
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-----(草凪視点)-----
あれから僕は部屋を移った。今までみんなと一緒に居た部屋にひとりは広すぎるからだ。
それで、タガセン高田さんの部屋に僕のベッドを運び入れ、そこで生活をする事になった。
朝の城庭5週はひとりで走っている。
みんなが帰ったドサクサ紛れて走るのをやめようと思ってたけど、タガセンにバレてしまった。
「5周でなくてもいい。走れるだけ走って体力をつけておけ」
心の中で『ええぇ』と思ったのが、顔に出ていたのかな。タガセンではなく、高田の爺ちゃんに手招きされた。
「これからの話を、少し、しようか。田川先生もこちらへ。今までは大人だけで動いていましたが、今はもうポチャ次郎を入れて3人だけになった。話は3人でしましょう」
「……そうですね」
高田の爺ちゃんもタガセンも、僕にわかるように難しい言葉を避けて説明をしてくれた。
僕らが日本へ帰れるとしたら、蒼井君達が居たディサート国へ行かないならないんだって。
ろく中の25人の召喚陣で蒼井君木田君を入れた25人が帰還した。だからディサート国の召喚陣は僕ら3人分の空きがあるはずだって。
「もしもディサートで、既に本郷中が召喚陣で帰還をしてしまっていた場合、残されたわしらはどうなるんでしょうかね」
「……それは、わからない。行ってみて、その時に考えるしかない」
「そうですね」
「ただ、ディサート国は遠い。その上、かなり厳しい道のりになる。恐らく馬車では行けないだろう。俺らは自分の足で行くしかない」
えええぇぇぇ………。そんな(どんな?)遠くまで? しかも、歩いて? 僕……行けるかしら。
「だから、ポチャ次郎、出来るだけ身体を鍛えておけ」
鍛えるって、何をすれば……。筋トレ……腕立てとか腹筋かな。うわぁ、無理すぎる。『デブに筋肉』は『バカに東大』と同じだよ。
頑張るよ? でも、世の中、頑張っても無理なものは無理なんだよぉ。
太郎君みたいに生まれつき筋肉質なデブはいいよ? 筋肉の基礎が出来ているから!
でも僕みたいな、食べた物全てが脂肪チェンジする身体はどんなに頑張っても筋肉はつかないんだよぉ。神様がそう作ったんだよ!(←神様、とんだ濡れ衣)
「次郎坊、無理はせんでいいよ。今までどおり、朝、走って食事をしっかりとってちゃんと寝ておく。それだけで十分じゃよ」
「う、うむ。ポチャ次郎、無理はするな。無理は怪我の元だからな」
良かったぁ。タガセンからも筋トレしなくていい言質はいただきましたー。
あれ? そう言えば、タガセンいつから僕の事『ポチャ次郎』って呼んでたんだろう? 前は『草凪』だった気がする。
「お互いに健康には気をつけておきましょう」
「そうですね」
「帰還済みの召喚陣で、さらに帰還をする事は出来ないのですかね?」
「どうでしょう。試してみたいが、何しろ魔法移動のスキル持ちがいない今、まずは塔から宰相一行が戻るのを待つしかない。それに試すにしても魔力石が足りない。ろく中で集めていた余剰分は本郷中の祭壇にセットしてしまった。これからは俺たち3人では魔力石集めも容易ではないだろう」
「帰還をすると、祭壇の燭台の灯りが消えるのでしょうかね」
「それも戻った宰相に確認をするしかない」
「もしも燭台で帰還の確認が解るのなら、本郷中が帰還したかも確認できますな。本郷中の灯りが点いたままなら、我らが帰れる希望はある」
「もしそうでも、ディサートまで行かなくてはならないのは決定事項だな。俺のスキルで、出来るだけ強い従魔をテイムする」
「わしは役に立たないスキルで申し訳ない」
高田の爺ちゃんは土魔術なんだって。
僕は鑑定、亜空間倉庫、生産(採)、生産(狩)×3だ。
タガセンが生産(養殖、養蜂、飼育)×2
戦えるスキルはタガセンだけ、か。あ、高田の爺ちゃんも土魔術で攻撃……出来るのかな?
え、防御向き?……そうか。
3人での魔物討伐と魔石収集は難しいね。主に、僕が足を引っ張る。
「急がば回れ、焦るのはやめましょう。そうだ、まずはもっと文献を探してみませんか? 次郎坊もそれなら得意だろう?」
うは、得意では、なかった…………。戦うよりはマシ程度です。




