93話 疑心
-----(田川視点)-----
「田川先生、ご自身が残るおつもりですか?」
高田さんには俺の考えがバレていたようだ。
そうだ。
俺が残れば帰りの席がひとつ空く。蒼井達3人のうちのひとりは帰れるだろう。
だが、それも結局『ひとり分』でしかない。
「私も同じ事を考えていました。自分はもう十分生きてきたし向こうで待つ人もいない。帰らなくても何の問題もないんですよ」
驚いた。まさか高田さんも同じ事を考えていたとは。
それでも、『席』はふたり分か……。
「田川先生と私が残っても帰還の切符はふたり分。あとひとり分が、足りないですな」
蒼井、木田、瀬戸。今、この国にいる本郷中の生徒は3人だ。帰れる切符が2枚。
あとひとり……、どうする。
さか中の佐々木先生は女性、しかも若い先生だった。彼女は生徒と一緒に帰還させたい。
めぎ中の佐藤先生と植原先生。佐藤先生は新任で、少し前まで学生だった人だ。
そして植原先生は家族持ちと聞いた。小さい子供もいるという。植原先生の帰りを待っているだろう。
今居る大人5人の中で、帰還の席を譲れるのは俺と高田さんのみか。
大人3名が残れば本郷の生徒3人は帰せるが。
困った、3人分の枠はない。1人分足りない。
そうなると、蒼井、木田、瀬戸のうち、誰かを残す事になる。
無理して26人送って、向こうに着いた時に大惨事になってしまうのは避けたい。
なんとしても25人の枠は変えたくない。
「ディサート国への調査は引き続きお願いしているんだが……」
「帰還に間に合うまでに安全な道がわかれば、あちらへ連れていくつもりですか?」
「国に引き渡すつもりはありません。ディサート国内の、例のストーンヘンジの場所がわかれば、そこまで3人をなんとか連れていく手段を考えます。この際、向こうの本郷中がどう動くかとかはどうでもいい。元から蒼井達の帰りの席ですからね」
「あと……ふた月か」
「2月末までにディサートへ行く手段、ストーンヘンジの場所が不明の場合は、帰れるのはふたりだけ、だ」
「可哀想ですが、そうなりますね。……この事は、本人達にいつ伝えますか?」
「ギリギリまで伏せておくつもりです」
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3月に突入した。
俺は高田さんと一緒に蒼井達の部屋を訪ねた。
結局、ディサート国へ行く道はいまだに見つかっていない。途中までは、こちら側の商人ロードがあるのだが、途中でプッツリと切れる。
俺はテイムしたコンドルを使い、上空から道を探したが、森が濃くなり上空から道を見つけるのは難しいようだ。
草原地帯から、枯れた大地が広がるようになると、大きな魔物が増える。しかし身を隠すところがない。単独で戦いながら進むのが難しくなり、ディサートへの道を探すのを断念した。
蒼井達に何度も問いただしたが、彼らは通ってきた道を誰ひとり覚えていなかった。
とにかく逃げ回った。その記憶しか無いそうだ。
そもそもディサートは砂漠地帯にある国。どこを見ても見渡す限りの砂地、目印になるものもほとんどなかったと。
それから硬い大地が続き、気がついたら草原、森と、今時の子供の目で見て『目印』として覚えられるものもなかったのだろう。
確かにそうだな。コンビニの前の交差点を右に曲がって駅が……という、コンビニも交差点も駅も無い、この世界。
森の中で『木があった』と言っても、それは目印にはならない。
ディサートへ向かうのはもう、時間的にも無理と諦めた。
なので、3人の元を訪れて、例の話をする。
『ひとりは帰れない』と。
高田さんとふたりで訪れた部屋で、その話をした。
「今回残って……次に帰還が出来るのって何年先になるんですか?」
青ざめた顔で震えながら木田が聞いてきた。
「わからん。ディサート国に召喚された時に出た場所、そこに辿り着ければ直ぐに帰還出来るかもしれん。ただ、もしも、あちらで本郷中の生徒がすでに帰還していたら、次がいつとは、今の段階では不明だ」
「前の召喚は百年前だって聞いた。つまり、今回帰れなかったら百年待たないとならないんじゃないの?」
「100年って、それってこっちで死ぬって事ですよね」
「嫌だっ、帰りたい!」
「帰りたい帰りたい帰りたい!」
「蒼井、残れよっ!俺と瀬戸が帰る」
「そうよ、蒼井君残って」
「何だよっ! あの時みたいに、罠にかかった時みたいに俺を置いてくのか」
案の定、3人は揉めた。
と言うか、木田・瀬戸vs蒼井の2対1の構図になっているようだ。
蒼井は唇を噛み締めてふたりを睨んでいたが、部屋から走り出ていってしまった。
「私、帰りますから!」
「俺も絶対に帰るからな」
蒼井の居ない部屋で、木田と瀬戸が力強く断言した。
誰が残るか、それをどう決めるのかは、今はまだ決定はしないとだけ、ふたりに伝えて部屋を出た。
「やはり揉めましたな」
「まぁ、そうなるとは思ってた」
その日はそれで高田さんと別れた。俺は最近のルーティンになっているディサートへの行き方を調べたり、テイムした従魔を鍛えていた。
実は初代の従魔であったバイソンと大トカゲはディサートへの道を探る旅の途中で死んでしまった。
ブリンクランドの領内ではそこそこ強いと思っていた従魔だったが、商人ロードからはみ出て進み始めると、想像していたよりも敵はかなり強大になっていった。
動物でさえサイズが巨大化していた。俺がテイムしたバイソンはかなり大物と思っていたが、同じ種に見えてもサイズが倍くらいのバイソンに襲われた。
俺は逃げるのに必死だった。森に逃げ込めて安堵し、俺を乗せた大トカゲを労おうとした時に、その大トカゲもかなりの傷を負っている事に気がついた。
追いつかれかけて、尾を食われたのか。尾ではない、後ろ足も一本無くなっていた。よく俺を乗せて走れた。
俺は回復魔術は使えない。持っていた回復薬も、ここに来るまでに使ってしまっていた。
命が少しずつ失われていく様を、俺は見ているしか出来る事はなかった。
「大トカゲ……すまん。ありがとうな」
どうして俺はこいつに『大トカゲ』などと名前を付けたんだろう。大トカゲは種族名だった。
名前を考えるのが面倒と、あの時どうして思ってしまったのか。
いや、違う。もしも地球に戻る時がきたら、テイムしたこいつらをおいて帰る事になる。公園に居た飼えない猫に名前を付けられなかったように、こいつにもあえて名前を付けなかったんだ。
死んだバイソンも『バイソン』と呼んでいた。座り込んでいた木の近くの枝にはコンドルが2羽。
俺がテイムしたコンドル1号とコンドル2号だ。2羽ともボロボロになって羽繕いをしている。俺らを襲う巨大バイソンに向かっていき、逃げる時間を稼いでくれた。
俺にピタリくっ付いていた大トカゲは、やがて動かなかくなった。元から暖かい肌ではなかったが、どんどんと冷えて、ただの物のようになっていく。
立ち上がれ。
生徒達はまだこの世界にいる。あいつらを残してこんな場所で死んでいられないぞ。
バイソンと大トカゲの代わりをテイムしないとな。
俺はあの日、ディサートへの道を見つけられなかった帰りに、魔バイソンと魔トカゲをテイムした。
見た目はバイソンやトカゲと変わりない……。どこから『魔』になるのだろう?
サイズも多少大きい程度だ。
それはともかく、今度は名前を付けた。
バイソンはマイキー、トカゲはティラだ。
俺はマイキーとティラ、コンドルのイチゴーとニゴウを連れて、魔物を倒す訓練をしている。
生徒達は最後のひと月を怪我する事なく満喫している。
だが、本郷中の木田と瀬戸は暗い顔だ。「帰る」と言い張ってはいるが、やはり残る『ひとり』が誰になるのか気になるのだろう。
あの日、部屋から走り去った蒼井は、しばらくどこかに隠れていたが、何かを決心したように俺の元を訪ねてきた。
「俺が……残ります。木田、瀬戸に、帰ってもらってください……」




