72話 ウッドランド①
-----(田川視点)-----
森の中を馬車が走る。かろうじて馬車が通れる道があるのだろう。馬車の窓の外は、手を出せば触れそうなくらい近くに樹々の枝葉がある。
森が切り拓かれたように、少しずつ建物が現れる。灯りもポツポツと見え始めた。道が広くなったと思っていたら、大きな屋敷の前で馬車が停まった。
恐らく今夜泊まる屋敷だろうか。
馬車を降りて屋敷の中へと案内された。
すぐに夕食をと言われたが、疲れているので今夜は休ませてほしいと願い出た。
佐々木さんは話したい事がたくさんありそうで、縋るような目で見られたが、話は明日ゆっくりと言うと引き下がってくれた。
彼女は、隣の部屋のようだ。
俺たちの部屋は俺、千谷、船橋の3人だけだ。
部屋に入り、扉に鍵がかけられるのを確認して、鍵をかけた。
すぐに千谷の魔法移動でブリンクランドのクラス間に帰還した。他の魔法移動のスキル持ちを連れて千谷にもう一度飛んでもらった。そこをブックマークしてもらい、クラスの間に戻る。
千谷と船橋に食事をとらせて、今夜はもう休ませる。縮地チームも魔法移動チームも、本当にご苦労だった。
-----(草凪視点)-----
昨日は漆原さんと城之内君達縮地チームが頑張ってウッドランドへの道を開いてくれた。
そんで魔法移動チームも、ウッドランド内の屋敷の部屋のブックマークを済ませた。
タガセンは、千谷君に送ってもらって1人でウッドランドへ戻っていった。千谷君と船橋君はこっちでゆっくり休んで、明日また来てほしいと言われていた。
でも千谷君は、こっちでご飯とお風呂を済ませたあと、またあっちへと飛んでいった。
「タガセンひとりだと何かあった時に飛べないからな」
タガセンの事を怖がっているのに、なんだかんだとちゃんと考えてあげてる。
朝食を食べたら船橋君も飛んで行った。千谷君は収納スキルはない。船橋君はあるけどポーチなので、収納できる物は日持ちしない。けど朝食分くらいならすぐには腐らないだろうって、千谷君とタガセンの分を入れて、飛んで行った。
僕らは今日もクラスの間で待機だ。
-----(境井戸中学 佐々木視点)-----
良かった、本当に良かった。
日本人が居た! それも大人の男性!
新学期が始まったばかりのあの朝、教室が突然、森に変わった時には驚いたわ。(途中変な空間を通ったけど)
腰が抜けるって初めて経験してしまった。立とうとしても足に力が入らないのよ。
夢かな?夢かな?と何度か頬をつねったり叩いたりしてみた。痛かったけど、もしかして痛みのある夢もあるのかもと思った。
だって、夢って思いたいじゃない?
でも周りの生徒達のざわめき具合が現実っぽさを醸し出していて、『夢じゃないかも〜?』と思わせた。
でも、夢じゃなかったら何なのよ。
気がつくと私達の周り、木々の間から顔を覗かせる美しい青年、青年、青年。木の陰から顔を出す美形集団!!!
やっぱりこれ、夢かしら。
木漏れ日が金色の髪にキラキラと反射している。銀髪や白髪の人もいる。フィンランドかスウェーデン人みたいだけど、それよりもっと人間味が薄い。妖精みたい。
あ、私、妖精なんて見たことなかった。
気がつくと私達はその美形の一団に囲まれていた。怖いけど綺麗ぇ〜〜。
私、担当学科は社会科だし、外国語は得意じゃないのよ。英語で通じるかな。
とか心配していたけど、日本語が何故か通じた。って、私より先に生徒達が超絶美形と話しまくっていた。子供って物怖じしないわね、羨ましい。
それから森の中を美形に囲まれて移動して、この屋敷に連れて来られた。
もう、この世界って美形しかいないの? 屋敷には女性もいたけどブスどころか普通もいない。なに、この世界。
思わずマスクを探しちゃった。せめて顔の半分くらい隠したい。私、典型的なよくある日本人顔だから……。
しかもスタイルも凄い。8頭身通り越して10頭身くらいよね?
「顔小さぁ〜い」
「だね、だね」
1組の女子の誰かの声が聞こえた。激しく同意するわ。
私達はどこかの部屋に案内されて、偉い人の話を聞いた。てか、あの若さでこの国の中枢機関の何とか何ですって。
そう、彼らは日本語を話していないんだけど、耳に入る前に自動翻訳されるという不思議体験をしている。
だから、たぶん日本に無い単語がうまく翻訳されないみたい。
まぁ、話を纏めると、私達に『何か』をして欲しくてこちらの世界に招待をしたらしい。『召喚』って言ったけど、召喚がちょっとわからない。でも、『何か』が『どーした』で、私達は元の世界に帰る事が出来るって言ってた。
それって、森に出る前に居た変な白い部屋と関係しているのかな?
あの時は、私、完全に夢と思っていたので部屋の隅で横になってた。どこで居眠りしちゃったのか思い出せないけど『早く目覚めろ〜』と言いながら目を瞑ってた。
目覚めたら、もっと変な世界に来ちゃったけどね。
そんなこんなで、本当に目覚めるまで『何か』をするしかないけど、生徒達の方が順応力が高いわね。
生徒達が率先して動いてくれるので助かる。だけどたまに怪我をしてくるのが気になる。
あまり危ない事はしてほしくない。でも私の言う事なんて聞かないのよ。
舐められているのかなぁ、私、1組の担任じゃないからね。ただの社会科の教師。
私は私で、こっちの人に話を聞いているけど、誰を信じていいのかがわからない。
だってだって、みんな同じような美形で、いつも美しい微笑を浮かべているし、本音とか本心が見えないの。
生徒達はなんか彼らを信じ切ってるみたいで、余計に心配。
どうしよう、どうしよう。みんなを連れてここから逃げる?
無理よね、現実的でない。森の中を彷徨って餓死する未来しか見えない。
「佐々木ちゃーん、大丈夫?」
「佐々木ちゃん、お腹痛いの?」
何人かの女子から顔を覗き込まれた。
私、生徒から『佐々木ちゃん』呼びされている。完全舐められているわね。
まぁ、この世界で全くの役立たずだから仕方がないんだけどさぁ。
「お腹空いてるんじゃない? あ、そうだ、これ食べる?」
何かの果物っぽい物を渡された。
「どうしたの? これ……。貰ったの?」
「違うよー。染谷が森で採った」
「食べられるよ? ちょっと酸っぱいのが人気。見た目は梨っぽいけど味はイチゴ!」
「そう、そのギャップが良いよねー」
「染谷君? ええと、染谷君ふたり居たよね?」
「ああ、公務員の染谷の方」
「ちょっと、その言い方w 染谷が公務員みたいだよ」
「親が公務員の染谷。地主じゃないほう」
「染谷ふたり居て紛らわしいからもう『地主』と『公務員』でよくない?」
「誰が公務員だ」
何人かが部屋に入ってきた。染谷君も一緒だ。
「あ、染谷君、これありがとうね」
どのクラスにも同じ苗字が何組かはいる。1組にも、染谷君が2人。他にも漢字は違うけど読み方が同じ子もいる。
「トベってもう戻った?」
「どっちのトベ? 普通の戸辺?」
「難しい方の戸邉」
「難しいトベか。まだ西の森だと思う。こちや達と」
こちや……ああ、東風谷君。難しい漢字はあだ名と勘違いしそう。
「遠くには行かないように行ったのだけど」
「佐々木ちゃん、西の森はそんなに遠くないよ」
「そうなの? 戸邉君と東風谷君と、あとは誰が西の森へ行ってるの?」
「戸邉、東風谷……と、ワタナベ3か」
「わたなべさん? 渡辺君と……」
「ありきたりの渡辺と、面倒くさい渡邉と、わたなべと見せかけて実は渡部」
「見せかけとらんわ! 元から渡部じゃ!」
「面倒くさくて悪かったな」
「ありきたりの渡辺君、帰還しましたー」
「良かった。あまり遠くに行かないで」
「佐々木ちゃん、西の森は遠くないってー」
「そう。全員戻った? ちょっと話があるの」
「稲子が居ないぞ? いねこ、どこ行った?」
「いねこじゃないわよ! 稲子よ、い・な・ご! トイレよ」
「うんこか?」
「地主、コロス」
「待て待て、いねこちゃん。地主を殺したらダメっしょ。家賃が上がる」
「うち、地主んちのマンションじゃないから平気だもーん」
「それでも殺人はダメっしょ」
生徒達が元気なのだけが救い。でも私は(気持ちが)消耗しきっている。馴染めないー。美形だらけのこの謎の森の世界。見てるだけならいいんだけど。
「あのね、クラスでちゃんと話し合って、怪我しないようにとか出来たらいいなぁって思うのよ」
生徒が森へ出るようになって、何度か同じ話をした。無駄ってわかっているけど、私にはそれを言うしか方法がない。
私に力があったら、もっと生徒を引っ張れる、みんなを守れる力があったら。
生徒達はあっという間にこの世界に馴染んだけど、私にはわからない事だらけ。
もっとみんなに信頼されるだけの知識があったら。私には足りない物だらけなのよ。へこたれる。




