4話 運命の日は4月7日
運命の日、……よりも少し遡る。
-----(田川視点)-----
今年受け持つクラスには問題児が3人か。
俺は自分が受け持つ生徒の事は徹底的に調べる。1年の時の担任、部活の顧問、親からも細かく話を聞く。
俺が担任する2年間で出来る限り修正して育てて送り出す。今までもそうしてきた。
今年は生徒数も減るので、ひとクラスが25人前後になる。40人を超えていた去年は、全員に目を配るのに苦労した。今年は余裕を持ってひとりひとりにあたれる。
クラス分けで26人を選抜したが、3学期終了と同時に2人が私立中学へ転校した。
24人になったのうちの20人は目を光らせているだけで何とかなるだろう。残り4人、女子の漆原は幼少時に海外で育ったせいか、協調性に多少欠ける。だが、成績は問題ない。家庭も安定しているようだ。
他の3人はそれなりに気をつけていったほうが良いだろう。
梁井美優、1-9か。9組の担任は放任主義だからな。基本、生徒に好き勝手にさせている。それで大丈夫な生徒はいい。梁井自身には問題はなかったが、周り数名に問題があった。
かなり陰湿なイジメにあったようで不登校からの保健室登校か。1年間ほぼ保健室だったようだ。
だが、美術部は辞めなかったのか。今度のクラスには美術部の鈴山田も居るからな。
どうしても教室に入れないようなら、保健室登校よりも美術室登校を進める。美術部顧問にも話は通してある。絵が好きならそっちの道を極めればいい。
あとは男子。
善哉大郎、1-1か。1組の担任は新任だったな。クラス内のイジメまでは手が回らなかったか。イジメ自体もそれほど根深いものではなかったようだ。
欠席は多かったが、登校もしていた。勉強が不得手で授業についていけないのも欠席の理由かもしれないと、ご両親はおっしゃっていた。
太っているが運動は苦手ではないようだ。勉強よりそちらに向けていくか。勉強は最低限のキープだけで十分だろう。
今度のクラスで1番頭を抱えているのは、草凪陽一郎だ。
草凪は1-4か。ああ、4組は、担任が問題だった。担任の金谷先生はかなり偏った指導をするかただ。
正直に言うと俺は嫌いだ。苦手ではない、嫌い、だ。生徒に知られてはならないが、先生同士にも合う合わないはある。
金谷先生は、女子体育の教科を受け持っておられたが女生徒にはあまり好かれていないように見えた。
陰ではカネマンとあだ名で呼ばれていたな。かく言う俺も自分がタガセンと呼ばれて生徒に嫌われているのは知っている。子供は厳しくする者を嫌うからな。
だが金谷は厳しいから嫌われていたのではない。女子に素っ気なく男子をチヤホヤするからだ。しかし男子全員ではない。世が言うところのイケメンを贔屓しているそうだ。ルッキズムがどうのと、職員室でもよく話しているのが聞こえてきていた。
そして金谷は、草凪の事は毛嫌いしていた。男子だが、太っているのが理由だそうだ。
担任の態度がそれなので、クラスでもかなり激しくイジメられていた。見かねて何度か口を出した事もある。金谷には嫌な顔をされた。
だが俺は、草凪の態度が普通と少し違って見えたのが心を騒つかせていた。怒っている、悲しんでいる、そんな草凪の気持ちが見えないからだ。草凪の心はどこにあるのか。
2年のクラス替えでは俺のクラスに必ず引っ張ろうと決めていた。
そんな中、春休みに入り、草凪が入院したと知らせ受けた。
慌てて草凪の自宅へ伺った。家庭訪問へは春休みに入ってすぐに二度伺っていた。その時は特に何も言ってなかった。
「お差し支えなければ病名を伺っても?」
玄関に出てきた草凪の叔母に聞いた。
盲腸だそうだ。
良かった、盲腸か。心を壊して心療内科系にでも入院になったのかと危惧していた。
怒りや悲しみを表に出せない者は病みやすいからな。
草凪叔母から病院名を聞き、こっそり様子を見に行った。
草凪が入院しているフロアのエレベーターホールの前には、見舞客用の空間があった。テーブルや椅子が並び端には自販機が立っている。
俺はそこで少し様子を見る。草凪本人の様子は病棟看護師に聞いた。問題はないみたいだ。見舞いに来る両親を捕まえようと思っている。
実は草凪の家庭訪問がまだ果たせていない。家には訪問したのだが、2度とも家族は留守だった。家事代行という女性が出て話を聞いた。
草凪家は祖父母、両親、叔母、兄、姉が住んでいるのだが、なかなかに忙しいらしい。家事代行の人も叔母と末息子(陽一郎)以外とはほとんど会わないそうだ。
草凪自身も部屋からほとんど出ないらしい。
草凪の、あの感情を出さない性格は放置子であるからかもしれない。早いうちに一度きちんとご両親と話さなくては、と思っている。
なので、今日、病院で捕まえる事が出来ればいいのだが、数日は通う事になるかもしれない。
そう思っていたが、思いの外すんなりと機会はやってきた。
まず、母親が足早にやってきて看護師から状況を聞いていた。病室に向かうのかと思えば、くるりと引き返してエレベーターへと向かった。
慌てて母親を捕まえた。
仕事を抜け出して来たと言い、連絡先の書かれた名刺を渡された。
「ごめんなさいね。今日はちょっと立て込んでいて。ご連絡くださればお時間を作りますので」
そう言い、慌ただしくエレベーターに乗って行った。
それから少しして父親がやって来た。が、やはり母親同様、病室には入らず息子の状態を確認して戻っていった。
エレベーターに乗る寸前に捕まえた。出張先からトンボ帰りでこのまままた成田へ向かうそうだ。名刺をいただいたが、日本に戻るのは3週間後だそうだ。
その後、老人のグループがやってきて、騒がしいと看護師に病室から追い出されていた。草凪の祖父と老人会の仲間だそうだ。
騒がしい一段が乗ったエレベーターとは入れ違いに隣のエレベーターからは花やら果物籠やら高そうなデパートの紙バッグを下げた高齢の女性が数人降りてきた。看護師より先に声かけたら、案の定、草凪の祖母だった。
「よければこれ、先生も召し上がって。沢山あるのよ」
そう言って祖母の友人やらから、何か菓子箱を渡された。返す前に病室へと入ってしまった。
祖母の一団が出てくるのを待っていると、カップルがやって来た。高校生くらいだろか。病室へと向かったと思いきや凄い勢いで男の腕を引っ張り戻ってきた。
「ヤバイヤバイヤバイ、婆さんが居た! やだもう!今日女子会とか言ってたのにぃ、何で居るのよ」
「合わなくていいの? せっかく来たのに」
「いいのよ。ひとりで寝ていたら恩を売ろうと思っただけ」
なるほど。草凪の姉か。男の方は兄ではなさそうだ。どう見ても高校生のカップルだが、草凪の兄は大学生だったはず。
それにしても、よく来るな。放置子と思っていたが、案外そうではないのかもしれない。
1-4の金谷から聞いた話とはかなり違うな。
『草凪のとこは行事に親が来た事は一度もないんですよ。ネグレクトなのね、きっと。だからいつも何を考えているのかわからないのよ、あの子。それに、あの体型でしょ? トロくてボヤっとしているから周りからしたら突きやすいんでしょうねぇ。あれはまわりが悪いというよりも本人が変わらないと無理ね』
草凪は、確かにボヤっとしているよう見えるが、考えているようにも見える。
驚くような理由で職員室に来ていた事もあったな。
俺は別室にいる事が多かったので目撃したのはたまたま一度だけだったが、あの時に言っている事は筋が通っていたように思えた。
『先生……上履きが無くなっちゃったから、来客用スリッパ、借りても、いいですか』
『ダメよ。あれは来客用だから。生徒は履いたらダメ』
『でも……そしたら』
『何で上履きが無いの? 忘れたの? 何で上履きを忘れるのよ』
『……』
『とにかくダメなものはダメ』
『……はい』
恐らく誰かがイジメで隠したんだろう。金谷も気づいただろうに、面倒で投げやりな対応をしていた。
後で知ったが、上履きの無い草凪は、そのまま帰ったそうだ。
-----そして時間は、運命の4月7日に戻る-----
はぁ、学校行きたくない。
とうとう今日からイチクミになるんだ。
僕の足はこれでもかってくらいゆっくりと、歩幅も狭く進む。多分、遅く歩く選手権があったら僕は入賞しているはず。
でも、うちからろく中は普通に歩いて徒歩7分。ゆっくり歩いても15分あれば着いてしまう。一本道だから遠回りも出来ない。
2年になって新学期は新しい教室、教室がどこかわからなくて迷子に……なれたらよかったんだけど。
何故か綾香さんから教室の場所のプリントを貰った。誰か届けにきた?
しかも、学校の正面の入り口、靴箱が並ぶとこにある階段を上がったすぐが2-1の教室。イチクミの教室だ。迷えないー。
階段を一歩一歩踏み締めてあがる。踊り場で途中休憩も入れてみる。
実はさっき予鈴がなった。あと5分で朝会が始まる。きっとみんなもう席についているよね。
階段の最上段まで上がった、角の壁に身を寄せる。ドアのガラス部分から中を覗く。
教室ではみんながジャージ姿で座っている。
あ、そうか。確かタガセンのクラスは全員、毎朝校庭を走るんだっけ。あーヤダヤダヤダヤダ。マラソンとか大嫌い。
タガセンのクラスになると毎朝、卒業までずっと毎朝走らされるんだ。
みんなもう走ってきたのか。他のクラスは制服で授業を受けるけどタガセンクラスは一日中ジャージって聞いた。
朝だけでなくて、事あるごとに走らされるからって。事あるごとって、どんな事があるのおおお。
身悶えながらももう一度覗くと、教室の前、教壇にタガセンが立っているのが見えた。
やばっ!
慌てて扉を開けて教室へ入ろうとした、その瞬間。
目を開けていられないくらいの眩しい光、それと床に吸い込まれるようなめまいがして、さらにギュッと目を瞑った。




