22話 イチクミの日常
目が覚めたらそこは異世界だった。昨日も一昨日もその前もね。
「ポチャ次郎、もう校庭走った?」
ドアから太郎君が顔を覗かせた。
太郎君とは部屋が別れたんだ。今の部屋は、赤城君と千谷君、江崎君、船橋君、城之内君、それと……タガセンが一緒の部屋だ。
タガセンは居ない。赤城君達ももう走りに行ってるのかな。運動部は校庭……中庭15周なんだって。
ろく中の校庭のトラックは一周200メートル、だから僕ら文化系は5周で毎朝1km走る事になっていた。運動部は部活とは別にそこを10周なんだって、それから朝の部活だからかなりキツイって聞いた。
でも、イチクミになって直ぐに異世界に来ちゃったから、僕はまだ校庭5周はやったことがない。
ここの中庭は中央の広場の外回りを走る。学校のトラックより狭いのかな?トラックは楕円だけど広場は円だ。
「見てわかるとおり、今起きたとこ。太郎君はもう走ったの?」
「これから。一緒に走ろうぜ」
「何で異世界まで来て校庭5周走らないといけないかな」
「そりゃ、俺らタガセンのクラスだからな。タガセンのクラスは朝の校庭5周は昔からの伝統だからな」
「昔っていつから……。校庭5周か……」
「城庭だけどな」
「しろてい……」
「俺らマシだよ。運動部は15周走らされてる。部活が無い分走るんだと」
「厳しいね……」
最近はタガセンの目も緩んだのか城の内部や庭なら全員で行動しなくてもよくなった。ひとりはダメだけど。
結構無理があったみたい。誰かがトイレに行きたくなるたびに全員で行動する、とかさ。
食事も食べ終わった人から食器を下げて歯磨きに行く。水道場が混むからね。(そう!水道場があった!)
食器を下げようとするとメイドさんが「それは私どもが……」と慌てて止めにくるけど、タガセンから「自分で食べたものくらい自分で下げろ!」と怒られたからね。
顔を洗ったらまずはみんな走りに行く。
走り終わると食堂に集合。肉なしスープと肉なしソテー(野菜炒め)、それとパンを食べながら今日の予定を班で話す。
「肉だ! 肉を狩るぞ」
うん、気持ちはわかるけど、まずは外へ出られるくらいスキルを使いこなさないとね。
今はまだ訓練中。
どんな魔物がいるか事前に情報を仕入れたり、無理のない実施訓練、それから遠征とかになるんだって。
うーん、行きたくない。でも肉は食べたい。
肝心のスキル『生産狩猟』はまだ一度も使っていない。
ひたすらイメージトレーニングだ。イメージだけなら僕はS級冒険者だ。……ごめん、A級くらいかな?……B級かも。
僕、ゲームってあまり(ほとんど)やった事ないから太郎君がよく話してくれるモンスターの狩り方がさっぱりわからないんだよ。僕に狩猟スキルを3枚も使わせたのは間違いだったと思うよ?
午前中はいつもの勉強、この世界の歴史とか地理とか。それ、覚えても試験には出ない気がする。イチクミだけが知っている異世界の地理と歴史。
どうしよう、眠くなっちゃう。
途中からサインの練習。何でサイン? もしかして異世界アイドルとしてデビュー。
違った。
何かあった時に僕らだけがわかる合図を作るんだって。
常に万が一の事は考えておくべきだそうだ。
「漫画だとテレパシーとか使えるんだけどなぁ」
「そんなスキルは無かったな」
「危険を知らせるサイン……。距離によるよな」
「日向、距離って?」
「例えば、全員が揃っていて、目の前に敵がいる。合図と同時に左右に逃げろ、みたいな時に出すハンドサイン」
「おお、なるほど」
「班別に森の中に居て急遽集まって欲しい時は、音か光」
「ふんふん」
「離れた場所に分かれて行動していて、どちらかが危険を知らせたい時は、狼煙とかかな」
「凄えな、日向」
「流石、日向先生」
「ハンドサインはバレー部でも普段から使ってるだろ?」
「おお、確かにな」
バレー部が試合の時に使うサインを幾つか説明した。
「実践利用は微妙だな」
「あ、じゃあ、手話とかどうかな」
鈴山田さんが手話経験者みたいだ。幾つか手本見せる。鈴山田さんの手の動きが可憐で美しいと話題になった。
バレエをやっているんだって。美術部の部長でテストも廊下に張り出される中にいつも名前が載っている。
日向君や董明さんみたいに学年3位以内とかではないけど鈴山田さんはいつも10位前後あたりで名前を見かけてた。ちなみ僕は載った事ない。学年で下から10位以内だ。あ、これタガセンビンタ案件かな。
頭も良くて美術部部長で絵も上手くて、バレエやっていて手足も長くて優雅。勿論美人だ。ええとアイドルみたいに可愛いとかではなくて整った美人っていうのかな。
じろじろ見たら悪いからちょっとしか見ないけどまつ毛が長い。
あと、僕みたいなポチャにも優しい。
そう言えば一年の時は、ハッキリ物を言うやつとかすぐに手や態度に出すような乱暴で面倒臭いクラスメイトが多かった。
2年になってクラス替えで、スーパースターみたいな運動部のレギュラーとか勉強が出来る人ばかりのイチクミになって、僕、やっていけないと思ってた。
だって運動部って怖いイメージじゃん? けど、なんかみんな普通に優しいんだよね。びっくりだな。デブで頭も悪くて運動神経ない僕に、バレー部の部長の赤城君が普通に接してくれて超驚きなんだけど。
タガセンはともかく、僕、イチクミになれて良かった、とか思っちゃってる。




