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9 浄化治療


 馬が嘶いて馬車が止まり、勢いよく扉が開く。

 そこへ駆け込む形で乗り込むと、背中をばっさりと斬られた少女が横たわっていた。

 向かい側の席ではこちらに目もくれず回復魔法に専念する誰か。

 乱れたショートカットの髪から真剣な眼差しが垣間見える。

 彼女の手は休まらない。


「様態は!?」

「あんたがアキト? こっちも精一杯治療してるんだけどね」


 バチバチと音がして薄い煙が立つ。

 それは刀傷から広がったどす黒い呪いが回復魔法を弾いている証拠。

 妨げられて傷が中々塞がらない。


「聖域に入ったからか呪いは広がらなくなったけど、消えてくれないみたいだね」

「アキト!」

「任せろ」


 魔法を発動し、両手に集めた霧を背中に広がった呪いに押しつける。

 二週間前の悪魔がそうだったように、焼けるような音が立つ。


「おいおい、大丈夫なのか!? この音! 痕が残ったりしないだろうな」

「焼けてるのは呪いだけだから大丈夫だ。もうすぐ」


 押し当てた霧がどす黒い呪いを蒸発させ、血みどろの背中から消してみせる。


「終わった!」

「ホントに呪いをこんな短時間で。恩に着るぜ、アキト。友達の恩人だ!」

「ヨルハ、行ける?」

「任せな。傷跡一つ残さず治してやる」


 改めて回復魔法が施され、背中の傷が癒えていく。

 落ち着いて、ふと気がつく。

 ばっさりと斬られた衣服から露出した肌。

 男にそんな姿を見られたくはないだろうな、と。


「俺は出てる」

「えぇ、ありがと。お陰で助かったわ」

「あぁ」


 馬車から降りて一息をつく。


「妖刀か」


 この世界にある刀は地球にある日本から伝わったものだ。

 魔剣のように穢されて斬った相手を呪うようになってしまった業物。

 きっと刀を打った刀匠も遺憾に思うはずだ。

 それに同郷である俺も後ろめたさを感じてしまう。

 出来れば俺が妖刀の穢れを祓いたいものだけど。


「終わったわ」


 馬車から出てきたシーナの表情には安堵が浮かんでいる。


「よかったな、友達が助かって」

「あんたのお陰よ。呪いが祓えなかったら死んでたかも知れないわ。ありがと」

「どう致しまして……呪いにも有効なんだよな、霊薬草」


 目の前に広がる霊薬草の草原を見つめる。


「えぇ、霊薬草から作る霊薬はどんな病も呪いもたちまち治せるらしいわ。そもそもの霊薬草が希少すぎてホントかどうかわからないけど」

「でも、それがホントなら霊薬草が出回れば今回みたいに治療が遅れることもないんだよな」

「そうね。これはあんたにしか出来ない社会貢献よ。これから何人もの命を救うことになる。凄いことよ」

「そう、だな」


 外れだと思っていた俺の固有魔法がまさかこんな風に役立つ日がくるなんて。

 未だに現実味が湧かないけれど、全部本当のことなんだよな。

 まさか俺なんかが、そう思わずにはいられない。


「うわっ。お、落ちつけ!」


 不意に馬の嘶きが聞こえ、御者が慌てて手綱を握る。


「どうかした?」

「すまん。馬がいきなり興奮しだしてな。その辺の雑草を喰ってただけなんだが」

「あ」

「あ」


 どうやら馬用の駐車場を設けたほうがよさそうだ。

 牧草に霊薬草は上等すぎる。


§


 多くの契約者が世話になる街の大病院。

 地球の医療技術と異世界の医療魔法が掛け合わさった最先端の医療施設。

 医師、看護師、患者が入り乱れる中、俺たちは廊下の椅子に腰掛けていた。


「すこし前に俺も聞いたことがある。若い契約者が通り魔にあったって」

「妖刀の存在が明らかになってからは辻斬りって呼ばれてるわ。もう何人も犠牲になっててそろそろ夜間外出が禁止されそうな勢い」

「てな訳で神殿のほうに国から依頼が来たのさ。辻斬りを捕まえてくれって。犯行時間やら被害者やらの傾向、犯行現場の類似性、目撃者の証言、殺す際にいたぶったか否かとか。まぁ色々な要素を取り入れて捜索した結果、見事に見付けられましたとさ」

「で、その結果がこの有様」

「返り討ちか。まぁ、妖刀が相手じゃな」


 かすり傷でも負えばそこから呪いが侵食する。

 呪いを祓う役目は聖化と同じ専門家が担っていて、大量の聖水と時間が掛かってしまう。

 今回の場合、正規の手段で呪いが祓われるのを待っていたら間に合わなかったかも。


「いま辻斬りは?」

「ほかの契約者が追ってる。報告がないあたり、取り逃がしたみたいね」


 まだ捕まっていない。

 この街のどこかで妖刀が息を潜めている。

 自らを汚染した穢れに突き動かされて。


「ありがとうございました」


 検査室からシーナの友達、背中を切られた彼女が出てくる。

 栗色の長い髪に飾られたすこしあどけなさの残る顔立ちに不調の色はない。

 自分の足で立って歩けるくらいに回復していた。


「コトネ。検査、どうだった」

「うん。問題ない、だって。背中に傷も残ってなかったよ」

「だろ? あたしに掛かればこんなもんよ」

「ありがと。あ、それから」


 目線が合う。


「あなたがアキトさんだよね。私はコトネ――ううん、秋鳴琴音あきなりことねです」


 馬車で運ばれてきた時、彼女は俯せだった。

 それにこの病院には別々で来たし、彼女の顔がわからなかったけれど。

 そうか、同郷か。


「三峯彰人。無事でよかった」

「彰人さんのお陰だよ。本当に危ないところだったって二人が。だから、本当にありがとう。私の命の恩人だね」

「またいつでも恩人になるから気軽に呼んでくれ」

「そう何度もあんたの世話になってちゃこっちの身が持たないわよ」

「そりゃそーだ」


 雰囲気を和ませるような笑いが起きて、無事に琴音は事なきを得た。

 だが、まだこの件はなにも解決していない。

 妖刀はまだこの街にある。

 俺の出る幕じゃないのかも知れないけれど、同郷の者として妖刀は放っておけない。

 この霧魔法なら妖刀を浄化できるはずだ。


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