10 辻斬り
この世界の空は地球の空よりもよく星が見える。
独自の星座が空に並び、夜空を月と共に彩っていた。
地球の星座と同名はあるが、当然だけど形は違う。
覚えているほんの僅かな星々の繋がりを視線でなぞりながら腰の聖剣に手を掛ける。
「時間だ」
神龍神殿の契約者のように国から依頼された訳じゃない。
協力してくれと頼まれた訳でもない。
それでも危険を冒して辻斬りを捜すのは個人的な意思のため。
故郷の伝統的な武器を穢され、その刃で同郷の者が斬られた。
そして俺にはその穢れを祓う力がある。
これだけの要素が揃っていて、何もしないわけにはいかなかった。
「被害者は神殿の近くで襲われてるって言ってたっけ。挑発的だな」
捕まえられるものなら捕まえてみろ。
そう言っているように聞こえる。
いや、もしくは斃せるものなら斃してみろ、か。
「神殿の位置なら頭に入ってるし、ちょっと巡ってみるか」
かつての神殿巡りが功を奏し、地図を片手に持たずに済む。
人生のどん底だったあの期間がこんな形で役に立つとはな。
決して良い経験ではなかったけれど。
「静かだな。人通りもないし」
辻斬りの影響からか夜道に人気がない。
普段ならどこからか楽しげな声が聞こえてくる時間帯。
国が夜間外出を禁止する前に住人は家に篭もることを選んだみたいだ。
治安があまり良くないが故に、危機感が足りてる。
「この辺りには……いなかったか」
一つ目である神鳥神殿に辿り着き、次の神殿へ。
神猿神殿、神馬神殿、神牛神殿、神兎神殿などなど。
順々に巡り、夜も更けて来たころ。
夜に相応しくないほど強い光に照らされる。
「何者だ! こんな時間に!」
光の中に響く警戒色の強い声。
明るさに目が慣れると、照らしている誰かがはっきりと見えてくる。
「おい、待て。こいつは違う。こいつに辻斬りなんて出来ねぇよ」
明るさが落ちてよりはっきりと見える人相。
逆光の中にいても影に染まらない白髪に、人を殺せそうなほど鋭い目付き。
それはあまり見たくはないものだった。
「おい、ミツミネ。こんな時間に何してる」
辻斬りは神殿近くに現れる。
なら、国から解決を依頼された神龍神殿の契約者たちもまた神殿を中心に巡回している。
だからこうして鉢合わせるのは半ば必然的なことだった。
かつての同僚と顔を合わせるはめになる。
「まだ諦めずに神殿巡ってんのか」
「まさか。こんな夜更けに訪ねちゃ失礼だろ?」
「ならここで何してる」
「散歩」
「腰に剣差してか」
「最近は物騒だからな」
べつに俺の目的を言わなくたっていいだろう。
話がややこしくなるだけだ。
「ふん、まぁいい。辻斬りと鉢合わせる前に家に帰るんだな。死にたいなら別だが」
「ご忠告どうも、バリー。肝に銘じておく」
「けっ」
不機嫌そうにバリーは巡回に戻っていく。
これでもかつては仲が良かったほうだ。
でも、初めは最大に近い形で効果を発揮していた神龍の恩寵が日に日に薄れていくうちに自然と交友もなくなっていった。
最後の最後まで関わりがあったのはシーナくらい。
時が経ち、環境が変われば接し方が変わってしまうこともある。
「鉢合わせしないようにしないと」
辻斬りは見付けたいが、バリーたちには見付かりたくない。
妙な状況に陥ってしまった。
「とりあえず、あいつらとは別の神殿に――」
悲鳴。
痛みと恐怖が入り交じった、夜空を引き裂くような声。
ちょうど月に雲がかかり、振り返った先には闇しかなく。
だがそこからたしかに途切れることなく響く。
「バリー?」
悲鳴の主は先ほど擦れ違った契約者たち。
なら、悲鳴の原因は。
「辻斬りッ」
両足に力を込めて石畳みの地面を蹴る。
恩恵を受けた身体能力で駆け抜け、瞬間、暗闇から刃が煌めいた。
「ッ――」
柄を握り締め、力の限り引き抜き、聖なる剣が凶刃を受け止める。
甲高い音が響き、神聖と穢れが反発し合い、火花のように光が散った。
ほんの一瞬だけ払われる闇。
それだけでも互いの人相がわかるには十分。
辻斬りの両眼は血のように紅く染まっていた。
だが、日本人じゃない。
「正直、ほっとした」
聖剣を振り抜くと、辻斬りは付き合わずに後退する。
それと時を同じくして月にかかっていた雲が風に流された。
月明かりに照らされて露わとなる地獄絵図。
石畳みは血に染まり、幾つもの契約者が横たわっている。
「……完全に妖刀に意思を乗っ取られてるな」
「乗っ取られている? いいや、これは俺の意思だ」
薄紅色の刀身が月明かりを受けて淡く輝く。
思わず見取れそうになるほど妖艶な色合い。
それは桜を打って鍛えたのかと思うほどに美しい刀だった。
「この街にいるすべての契約者を斬る」
「なんのために」
「本物の侍となるため」
「あんたはただの人殺しだよ」
聖剣を構え、短く息を整える。
こいつから妖刀を取り上げ、元の名刀に戻す。
これ以上、人は斬らせない。
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