8 聖石
不浄の地が聖域になってはや二週間。
丸裸だった聖域は緑の衣に覆われつつある。
数日中に収穫が行われ、霊薬草の流通が始まるだろう。
今はその時をじっと待つ時期だ。
「こうして見ると境目がはっきりしてるな」
ある範囲を境にして霊薬草の緑が途切れている。
それが目印となっていて聖域の正確な面積が見て取れた。
概ね、警備会社が計ってくれた面積と一致しているように見える。
流石は一流とだけあって誤差がない。
「警備も厳重」
風で靡く霊薬草の只中を、人型の警備ゴーレムが巡回している。
空を見上げれば鳥型の監視ゴーレムが羽ばたいていた。
目には見えない防犯結界も張られていることだし、泥棒にとっては嫌な環境だ。
もし来るなら、来たことを存分に後悔してもらおう。
「もうすぐ神殿が建てられるぞ」
「そうか、よい報告だ。楽しみに待つとしよう」
「神殿を建てたらしばらくは装飾集めだな。燭台とか、絵画とか、シャンデリアとか。ダンジョンで取れるんだっけ」
「供物を忘れるな」
「わかってる。また買ってくるから」
「よろしい」
神狼は意外と食い意地を張っている。
捧げ物の意味がないから、忘れるなと念を押しているのかも知れないが。
「邪魔するよ。あぁ、いたいた」
すり切れた絨毯の上に何人かの男性が現れる。
初老くらい年齢帯で、その内の何人かは見覚えがあった。
「建築士の」
「あぁ、例の聖石の件でな。待たせてすまない」
「急いでないから大丈夫だけど。じゃあ」
「あぁ、すこし話をしよう」
建築士の方々には近いうちに神殿を建ててもらう。
金銭面の問題が解決しつつある今、聖石に拘る理由はないけれど、彼らを無碍に扱うことだけは許されない。
今後も良好な関係を続けられるように誠意のある態度を心掛けないと。
「しかし、思った以上にボロだな。かと思えば外ではゴーレムが歩いてる」
「あはは。まぁ、色々と事情があって」
「ふむ。まぁ深くは聞かんよ。どれ、すこし周辺を見させてもらってもいいか?」
「もちろん」
この中でもっとも年齢の高い彼が目配せをすると、ほかの建築士たちが散らばった。
「でだ。あんたが聖化した聖石を見させてもらったよ。完璧な出来だった。神殿の建材として申し分ないほどにな」
「その道の職人に認めてもらえてよかった。自信が持てる」
「そいつはなにより。で、俺たちとしてもこの好機を逃す手はない。あんたに聖化を依頼したいんだが、確かめて置かなきゃならないことがある」
「値段交渉?」
「いいや、その権利はしばらくとっとくよ。確かめたいのは聖石の品質を保てるか、そして継続的な聖化が可能かってことだ」
聖化のクオリティーを保ちつつ、それを長期間行えるか。
建築士の立場からしてみれば当然、この二つは事前に確かめておきたい要素だ。
「継続的な聖化が可能かと言えば可能だ。たとえ俺が何らかの事情で魔法が使えなくなっても、ここは聖域だから石材を置いておくだけで聖石になる。多少の時間は掛かるかもだけど」
「ほう……そうだったのか。ここがねぇ」
一度目を大きく見開くも、すぐに表情が元に戻る。
「品質については時間を掛けて証明するしかない」
「そうかい、よくわかった。じゃあ、こうしようじゃないか。あんたと契約はするが、条件付きだ。今日この日から数ヶ月間、俺が言ったことが出来てるか確かめさせてもらう。当然、その期間中でも払う物は払う。正規の値段でな」
「もし出来なかったら?」
「その時点で契約破棄」
「なら出来たら?」
「契約継続。そして値段交渉の権利を使わせてもらう」
値段交渉が今じゃないのは彼の誠意か。
俺から言い出したことだし、それに文句はないけれど誠意は受け取ろう。
「聖化の技術は専門家に独占されている。機嫌を損ねたとあっちゃ、こっちは商売が立ちゆかねぇ。俺たちは常に相手方の顔色を窺わなくちゃならないんだ」
「なら、俺と契約するのも危ない橋なんじゃ」
「そうさ。だが、殿様商売に従うのもいい加減、嫌気が差してきた。あんたに靡く素振りを見せりゃ、すこしは焦るだろうって思惑もある。足を引っかけてやるのさ」
「流石、肝が据わってる」
この後、契約内容の細かな擦り合わせを行い、契約書はまた後日送られてくることになった。
下見を終えた建築士たちも戻り、この話は一端終わり。
帰って行く彼らの背中を見送り、ほっと一息をつく。
「んんー……はぁ。一人は不安だったけど、どうにかなったな」
契約内容を決める際、シーナの助言が役に立った。
引くべき所は引き、譲れない部分は譲らない。
全部が全部上手くいった訳ではないけれど、お互いに満足できる内容になったと思う。
「シーナに借りが出来っぱなしだな」
いい加減、すこしは返さないと。
「ん、噂をすれば」
着信音が鳴り、ディスプレイにシーナの文字。
「もしもし。どうかし――」
「あんた今どこ!」
鬼気迫る声音に、ただならぬ雰囲気を見る。
「神狼のところだ」
「ちょうどいいわ。いま向かってるところなの」
「ここに? いったいなにが」
「友達が斬られたのよ! 妖刀に!」
妖刀。
呪われた武器。
斬られた者は呪われてしまう。
「大変だ」
吹き抜けた風が辿り着く先、視界の彼方に馬車を見る。
それを確認してすぐ、俺も駆け出した。
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