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7 独占契約


 協力してくれたシーナのお陰で金銭面に余裕が出来つつある。


「レベルは上がり切ってるから捧げ物に意味はないんだけど」


 というか聖域のお陰で捧げ物自体の意味合いがかなり薄い。


「でも、ちょっとだけ奮発するか」


 俺に恩寵をくれたんだ、ちょっと高めの肉を買って行こう。


「ん? なんの騒ぎだ?」


 肉を買った帰り道、人だかりを見付けて耳をそばだてる。


「通り魔だってよ。若い契約者が殺されたって」

「マジか、どこの神殿だ?」

「どうやら小さいところみたいだぜ。こりゃ犯人を捕まえるのに時間が掛かりそうだ」

「神龍のとこくらいデカけりゃ、すぐに捕まるのにな」

「あぁ、面子的にも身内がやられてほっとくわけねぇしな」


 通り魔か。

 この手の話はたまに耳にする。

 日本ほど低い頻度ではないけれど。


「おっかないな」


 人集りを避けるように移動して神狼の元へ。


「街から神狼のところまでちょっと距離が離れてるんだよな」


 緑が目立つようになってきた聖域を歩きつつ思う。

 ここが元は不浄の地だということを考えれば当たり前の話だけど。


「いつかは交通手段もどうにかしたいな」


 束になって生えている霊薬草を避けて通り、散らばった瓦礫の側を通る。


「捧げ物だ」


 投げた肉塊を神狼は逃さない。

 噛み千切り、飲み込むと目を細めていた。


「悪くない肉だ」

「それ、味付けとかしなくていいのか? 塩とか、タレとか」

「味に飽きればそれもよかろう。だが、今は肉そのものの味を噛み締めたいのだ」

「そういうもんか」


 長い断食がそうさせるのか、今は素朴な味が好きらしい。

 素朴に飽きたら次は塩だろうな。

 焼き肉には塩派がよく言う文言だし。

 いや、だからこそタレに行くのかもな。

 どっちでも良いけど。


「ん、シーナからか」


 鳴り響く携帯端末を手に取る。


「もしもーし」

「アキト。これから父を連れて行くから」

「お父さんに挨拶か」

「妙な言い方するんじゃないの」


 ぷつりと通話が途切れる。

 シーナの両親は無事に霊薬草に価値を見いだしてくれたみたいだ。


「あれ、そう言えば聖石のほうはどうなったっけ。まだ返事が来てないんだよな」


 まぁ、報酬の支払い日までまだすこしあるし、気長に待つか。

 今の俺にはその余裕があるしな。

 余裕があるって素晴らしい。


「やあやあ、キミがアキトくんだね。凄く……凄く立派な毛並みの神狼だね」

「気を遣わせてすみません」


 褒めるところなさ過ぎた。

 この有様じゃあな。


「僕はロベリア。娘のシーナから話は聞いているよ」


 スマートなスーツで風を切り、磨かれた革靴を鳴らす。

 如何にもやり手の商業マンと言った出で立ち。

 それがシーナの父親に関する第一印象。

 滅茶苦茶仕事が出来そうな雰囲気がある。

 そう思わされている時点で、商いたる彼の術中に嵌まっているのかも知れなかった。


「聖域でしか芽吹かない希少な霊薬草。娘の目利きに狂いはなかったようで、たしかに本物だった。あと、ここに来る途中に霊薬草の群生を見させてもらったよ。いやはや、とても素晴らしい」

「勝手に生えてきたものだけど」

「だとしても聖域を作ったのはキミだと聞いているよ。それは賞賛に値すると僕は思う」


 流石は商人、おだてるのが上手い。


「娘が持ってきた商談。この僕も是非と考えている。こんなに良い商品を独占契約だなんて……本当に自慢の娘だよ! シーナ!」

「恥ずかしいから止めて」

「冷たいし、そっけないなぁ。最近は会話も少なくなってきてね」

「は、はぁ」

「いいから話を進めて!」


 濃い父親だな、ロベリアさん。


「では、そろそろ本当に怒られそうなので本題に入るとしよう」


 懐から取り出され絨毯を跳ねたのはテーブルと椅子。

 ミニチュアサイズだったそれは一瞬にして大きくなった。

 お互いに向かい合わせになって腰を下ろす。


「娘の話ではこうだ。我がミシュルフォード商会がこの聖域の警備を一任し、霊薬草の独占契約を結ぶ。これに間違いは?」

「ない」

「結構。僕としても依存はない、いい商談だ。では、細かな所を突き詰めていこう。まずは――」


 霊薬草の値段。出荷量の調整。販売店舗の数。警備会社の紹介。盗難防止処置の説明。その他もろもろ。

 時折シーナの解説や商人魂を見せる父親に対する牽制などがあったが滞りなく話は進む。

 土地の所有者はその地に座す神獣ということになっているので、あとで問題が起こることもない。

 提示された正確な金額を見ると、事の大きさが俺にもよくわかってくる。

 これだけ大きな金が動く契約を、屋根もない青空の下でやってるなんて現実じゃないみたいだ。


「これで話は纏まった。あとはここにサインを」


 契約書とペンを受け取り、自分の名前を書く。

 正確にはこの土地に座する神狼の代弁者として記入した。


「判子は?」

「スタンプはいらないよ」


 冗談を交えつつ契約書とペンを渡す。


「契約成立だ。これは僕が大切に保管しよう」


 懐に仕舞われた。


「これから長い付き合いをしよう。よろしく、アキトくん」

「よろしく、ロベリアさん」


 長い付き合いと良好な関係を願い、固い握手を交わす。


「では、早速明日から警備会社に入ってもらおう。すこし騒がしくなるが許してくれ」


 椅子とテーブルがミニチュアサイズに戻り、跳ねてロベリアさんの元へ。

 あれがあればどこでも商談が出来て便利だろうな。


「さぁ、シーナ! パパと一緒に帰ろう!」

「いやよ、一人で帰って」

「くぅーん」


 犬のような鳴き声を発しながらロベリアさんは帰って行く。

 俺にもいつか娘が出来てシーナくらいの歳になったらああいう扱いをされるのかな。

 それはちょっと、嫌だなぁ。

 まぁ、それはともかくとして。


「ありがとう、シーナ。お陰で神殿が建ちそうだ」

「神龍神殿から追い出されたあんたへのはなむけよ。って言ってもあたしは何もやってないけど」

「そんなことない。色々と相談に乗ってくれただろ? 感謝してる」

「……そう、ふーん」


 明日には警備会社が聖域に来て、防犯結界や警備と監視用のゴーレムが練り歩くようになる。

 聖域の安全を確保し、霊薬草が聖域に生え揃えば本格的な流通の始まりだ。

 原産地としてこの聖域もそこに座す神狼も知名度がぐっと上がることだろう。

 神殿を建て終える頃には契約希望者がここを訪れるかも知れない。

 楽しみだ。

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