88.人事異動?
私がオルドビス世界への出張から戻って来て数週間が過ぎた。
実は、あれからと言うもの、私の医院では、私が治癒魔法を使っている振りをしてヒールスライムに治療をやらせていた。
言うなれば、経験を積ませていたってことだ。
しかも、昨日は胃癌の患者が来ていたんだけど、ヒールスライムにチャレンジさせたら見事に治してくれたよ。
さすが私の従魔。
今日は、休院日。
ただ、明け方に見た夢が、私の心に大きな打撃を与えていた。
まあ、ある程度の覚悟はしていたけどね。
そう言えば、オルドビス世界に行った後は、イリヤ王子の夢を全然見ていないような気がするんだけど?
現実世界じゃなくてイイから、久し振りに会いたいな。
休院日に合わせてフユミの薬屋も休みにしている。
でも、私もフユミも、それなりの時間にはキチンと起きていたよ。フルフラールは、まだ寝ていたっぽいけど。
私は、フユミと二人で朝食を取りながら、今朝見た夢のことを話すことにした。
「実はですね、フユミさん」
「どうしたの? かしこまって」
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「何かしら?」
「従魔法って使えます?」
「使ったことは無いけど、この間、辞書機能で確認したら、一応、使えるってなってたわよ。でも、それがどうかしたの?」
つまり、譲渡先も予め用意されていたってことだ。
さすが女神様だね。
「今朝、夢の中に女神ロリダ様が現れて、啓示を受けまして。そろそろ準備をしろと」
「準備?」
「アフロディテ村の住血吸虫の問題も解決できましたし、そろそろ私にも出発の時が来ているらしいんです」
「えっ?」
「それで、私のヒールスライムをフユミさんの従魔に変更して欲しいと」
「何それ! ちょっと待って!」
「あのヒールスライムは、既に胃癌も治せてますし、ロリダ様が仰るには、手足が切断された患者の接合も出来るレベルになっているそうでして」
「ラヤちゃんが、このままシルリア世界にいるって選択肢は?」
こう言われて、私は首を横に振った。
私が他の異世界に飛ばされるのは私の意思じゃないからね。
どうにもならないんだよ。
「無いでしょうね。結局、行きたくないって言っていたオルドビス世界にも出張ですけど行かされましたし」
「そうだったの?」
「はい。言ってませんでしたけど、単身で……」
「ただ、今回のことは、私だけじゃなくて、フルフラールにもリジンにもリカルドさんにも伝えなきゃいけないでしょ?」
「そうですけど……」
「ちょっと待ってて!」
フユミが、リビングダイニングを飛び出して行った。
私としては、フユミと方針を決めてから、他の三人に話したかったんだけど……。
まあ、イイか。
先ず、数分後にフルフラールが、
「どうかしたんですか?」
と言いながらリビングダイニングに入ってきた。そのまま、ダイニングテーブルについて眠気眼をこすりながらアクビしていたよ。
さらに、五分くらいして、フユミがリジンとリカルドを連れて来た。
ぶっつけ本番だけど仕方が無い。
私は、今までの経緯と現状を話すことにした。
「実は、今朝、女神ロリダ様から啓示がありまして、近々、別の世界に転勤することになりそうなんです」
さすがに、これにはフルフラールもリジンもリカルドも、驚きの表情を隠せずにいた。
一応、フルフラールとリジンは、私とフユミがリニフローラ様の宇宙に出張したのを知っているから、別世界の存在自体は受け入れているはず。
でも、これが出張ではなくて片道切符……つまり、私がこのシルリアの世界から消えてしまうってことが受け入れ難いみたいだ。
私とは二度と会えなくなる……、ある意味、私が死ぬのと大差ないからね。
別の世界に行ってしまう以上、生きていれば何処かで会えるかもなんて考えは、基本的に成立しない。
フユミとアキの再会なんて、レア中のレアだ。
リカルドに至っては、別世界に行くこと自体は言葉の上では理解出来ていても、実質的には意味不明な話だろう。
フルフラールやリジンと違って、私が異世界間転移をしたところを見たわけじゃないからね。
「私とフユミさんが異世界から来たことは、以前話したと思います。ええと、アフロディテ村のことは御存じでしょうか?」
これにリジンが答えた。
「フユミさんとラヤちゃんで検診とかしていた村よね」
「そうです。実は、そこでは住血吸虫と呼ばれる寄生虫に村人全員が感染していて、以前は、その感染症をフユミさんが一人で何とか治そうと必死に頑張っていたんですけど、さすがに一人では難しくて……。それでフユミさんがロリダ様にお願いして、私がこの世界に派遣されて来たんです」
「その感染症は治ったの?」
「撲滅出来ました。それで、他の世界に行くことになるようです」
元々、私がこの世界に召喚された理由は、感染性のイボと住血吸虫感染症の治療のためだけだからね。
それらの治療が達成されたら、私は、女神様達のプログラムに従って別の世界に転移することになるってことだ。
「でも、ここから出張するんじゃダメなの? 前にデボニアン世界だっけ? そこに行った時みたいに」
「実は、あの後も私は単身で別の世界に行かされていたんです」
「えっ?」
「ただ、そろそろ短期間では解決できないようなモノも出てくるんだと思います」
「でも、この世界の人達の病気とか怪我はどうするのよ?」
「私の特性を継いだヒールスライムがいるから大丈夫です。実は、この数週間、私は患者を治していないんです」
「えっ?」
「全てスライムにやってもらいました」
「嘘でしょ?」
「ホントです。中には、以前、リカルドさんの頭の中にあったような悪性のデキモノが、お腹の中にできている人もいましたけど、スライムがキチンと治してくれたんですよ」
「マジで?」
「はい。それに、家具屋の方も、私が商品を出さなくても、リカルドさんに全て製作をお願いできると思っておりますので」
実はね。いつの間にか家具屋のテナントの裏に、リカルドが自力で小さな工房を建てていてさ。この一年くらい、私が作った家具だけではなくて、リカルドが作った家具も売っていたんだ。
元々、一流の職人だしね。
なので、リカルド個人の店にしても全然問題無しだよ。
「飲食店はどうするの?」
「閉店でしょうね。でも、テナント部分は貸店舗に出来ると思います。いずれにしましても、私の意思とは無関係に突然飛ばされますので、それまでに引き継ぐモノをキチンと決めておかなければならないんです」
「魔獣討伐はどうなるのよ?」
「昔の状態に戻るだけです。それに、少なくとも魔獣大量発生の原因だけは取り除けたわけですし、異常発生だけはしないでしょう」
「それはそうだけど……。それで、引継ぎ期間ってどれくらいあるの?」
「一応、一か月程度って言われています」
「結構、短いんだ……」
思った以上にリジンが落ち込んでくれているよ。
要らないヤツだと思われていないってことで、そこは私も素直に喜んでおこう。
ただ、私をどの世界に行かせるかは、私の意思とか完全に無関係だからね。
あれだけイヤだって言っていたオルドビス世界にまで行かされたくらいだもん。
と言うことで、その後、五人で話し合って、今後の方向性とか引き継ぎ担当……と言うか、土地や家、テナントの相続者も含めて色々と決めて行った。
残念だけど、やっぱり飲食店は閉店せざるを得ない。
なので、来週いっぱいで閉店し、その後は貸しテナントとしてギルドの方に広告を出すことにした。ハンター達からは、
『俺らの昼食をどうするんだ!』
とか苦情が来そうだけど仕方が無い。
あと、飲食店の土地と建物はフルフラールに相続してもらうことにした。
二階スペースには、現在、リジンとリカルドが住んでいるけど、二人には家具屋のテナントの土地に住居を移してもらい、ここにはフランとフルフラールの兄妹が暮らす。
フランがOKするかどうかは分からないけど、現状案としてはそうなった。
それから、飲食店の建物は、住居部分の防犯面を考慮して、現状、一階部分から直接二階部分には行けないようになっている。
この形は、そのまま残すことにした。
次に北側テナントだけど、ここの土地と建物はリカルドが相続する。
リカルド自作の工房の横に、二階建てで3Kの住居を造り、リカルドとリジンには、そこで暮らしてもらう。
自分が相続する土地に自分達の住居スペースがある方がイイだろう。
住居は、まあ、私が何とか造るよ。
医院とこの家は、土地ごとフユミに相続してもらう。
それから、この家にはピレンに一緒に住んでもらえないか交渉する。
ピレンは女性ハンターだからね。
一緒にいてくれると防犯的な意味で色々と有難い。
ヒールスライムは、私との従魔契約を解除して、フユミと契約してもらう。
あと、フユミの薬屋とヒールスライム医院をどう運営するかは、ピレンが巻き込めるか巻き込めないかがハッキリした段階で、私とフユミで改めて相談することになった。
では、やれるところから順番にやろう。
先ず飲食店に来週いっぱいで閉店する旨の張り紙をした。
それから、飲食店部分を貸しテナントとする旨を記載したビラを作成して、これらはリジンとフルフラールにお願いしてギルドに置いてもらった。
勿論、掲示もね。
また、二人がギルドに行った際にフランとピレンを捕まえて連れてきて貰った。
なんで連れて来られたのか、よく分からないみたいで、この時、フランもピレンも少しキョドっていたけどね。
そして、私はフランとピレンに、私がこの世界に来た経緯……フルフラール達に話したのと同じ内容ね……を話したけど、さすがにピンと来なかったみたい。
二人共、
『はぁ?』
って顔をしていた。
仕方が無いので、私は二人に、
「私が女神様の眷属みたいなもので、そろそろ、この地から離れなければいけないって女神様に言われてね」
って言った。
一応、大ウソじゃないからイイよね?
これを聞いて、
「そうか。だから、それだけチートな力を持っていたってことか。人間にしては魔力が強すぎると思ったよ」
「うん。納得」
取り敢えず、二人共、何とか受け入れてくれたようだ。
でも、
「それじゃ、ラヤちゃんを嫁にできないってことか!」
ってフランが、そして、
「たしかに、それは女性の私としても残念なんだけど! 私も狙っていたから!」
ってピレンが言っていたよ。
二人共、マジで私を嫁にするつもりだったのかい?
まあ、要らないって言われるよりは数段有り難いけどね。
「それでですね。嫁の話は置いといて」
「置いとかないで欲しかったけどね」
「済みません。話を進めさせてください。フランさんにはフルフラールと一緒に飲食店テナントの二階部分に、ピレンさんには私達が今住んでいる家の一室に入ってもらいたいんですけど」
「別に、俺はイイけど。いくら、今泊っているのが安宿とは言っても出費は避けたいし」
「ピレンさんは、いかがでしょう?」
「私も特に問題無いよ。むしろ、フランと同じで有難い」
「ピレンさんには、医院の方の手伝いもお願いしたいんですけど?」
「ホント? それって、むしろ、こっちからお願いしたいくらい。実はさ、そろそろハンター稼業を卒業しようと思っていたのよ。残念だけど、私達のパーティは一流とは言えないしさ。今のレベルで延々と続けて良いものか、色々考えていたのよね」
なんか、この場で転職まで決めてくれちゃったけど……。
なので、これを以て、フラン達のパーティは男性三人組に変更……と言うことになる。
フランは、予め聞かされていたのか、特に驚いた様子はなかったけどね。
あと、ピレンには、ヒールスライムの補佐をお願いすることになる。
実質的には、サポート役と言うよりも、カルテ記載係兼ヒールスライムを盗まれないように見張る役になるわけだけど。
絶対にヒールスライムを盗もうって輩が出てくるからさ。
もっとも、従魔契約がある以上、主人の命令が無ければ治癒魔法を発動してくれるとは思えないんだけどね。
それから、医院の受付の隣にフユミの薬屋を併設することにした。
一階の応接室を潰せば何とかなるだろう。
元々、客間二部屋分の面積があるしね。
フルフラールには、引き続き医院の受付をお願いする。
今のフユミの薬屋店舗は、フユミ専用ゾーンにする。
実は、女神ロリダ様にお願いして、私が別世界に転移した後は、ブルバレン世界行きの扉を、この小屋の方に移設してもらうことにしたんだ。
そうすれば、専用の部屋があるってことで、アキ達も気兼ねなく遊びに来ることが出来るだろう。
この件は、一応、後でロリダ様にお願いしたら、渋々だけどOKしてくれた。
私を強制的に他の世界に飛ばすんだから、これくらい、イイよね?
家や土地の相続に関しては、役所に行って書類を起こし、無事、相続を完了することが出来た。
それから、地球とは違って相続税と言うモノは無いらしい。
多分、あると王族貴族が困るからだろう。
あともう一つ。
リカルドの自作工房の横に建てる家の図面は、リカルドに作ってもらった。
それに従って、私の物質創製魔法で、
「出ろ!」
家を建てた……と言うか出したよ。
これを見て、リカルドもリジンも驚いていたけどね。
予め言葉で聞かされていても、実際に見せられると、やっぱり度肝を抜かれるんだろうね……。
取り敢えず、凄くバタバタした感じではあったけど、私が消えた後の新しい体制に向けて、一か月間で徐々に切り替えて行った。
なんか、バージェス世界からシルリア世界に移る時のことを思い出したよ。
ナツミもハルも元気かな?
是非、ナツミとアキを会わせてみたいもんだ。
そう言えば、もう、シルリアの世界で四年も過ごしたんだ。
実際には出張期間もあったから、バージェス世界を旅立ってから四年じゃ済まないんだけどね。
長いようで短かったな。
そして、とうとう、その日がやってきた。
診察室には私とピレン、それからヒールスライムがいて、ピレンが患者から色々と症状とかを聞いてカルテに記載していた。
この記載内容を基に、ピレンが診察費&治療費を決める。
さすがにピレンとフルフラールの給料が出ないとマズいからね。
町の人達には悪いんだけど、診察費&治療費は、今までの倍にした。
あとシモの方だけは五倍。
キチンと黒字にしないとイケナイからね。
それでも、この世界の他の治癒術師と比べれば数段安いと思うけど。
この日、診察していた患者は、右半身が痺れて動かせないって言っていたけど、左脳に脳梗塞が出来ていた。
この大変な疾患をヒールスライムが見事、瞬時に治してくれたよ。
さすが、私が育てたスライムちゃんだ!
ただ、これを見届けた直後、私は、シルリアの世界から忽然と姿を消した。
まるで、UFOが別空間に瞬間移動したかのように……。
…
…
…
気が付くと、私は例の如く、赤茶けた土が剥き出しになっている路上で座っていた。
早速、私はチャットボット機能を立ち上げた。
取り急ぎ、なんて世界にいるのかくらいは確認したかったんでね。
『Q:ここは何て世界?』
『A:ペルムの世界』
『Q:管理する女神様は?』
『A:ロリダ』
『Q:シルリア世界と同じ宇宙?』
『A:同じ宇宙』
『Q:同時存在している?』
『A:している』
『Q:過去か未来に来た?』
『A:時間軸の移動はしていない』
『Q:シルリア世界とどれくらい離れている?』
『A:80億光年』
なるほどね。
同じ宇宙に、私を同時に二人存在させるわけには行かないから、出張扱いには出来ないってことなんだろう。
故の片道切符だ。
前方に街が見える。
一先ず、あの街に行って、宿でゆっくりしながら状況確認でもすることにしよう。
私は、その街に向けて歩き出した。
少なくとも、この世界がオルドビス麻雀狂世界みたいな、ふざけたところじゃないことを祈りながらね。




