43.どんぶり勘定!
「最近、酒を飲むと頭の中が脈打つような感じがあるんだけど」
「飲み過ぎってことは無いですか?」
「エールを一杯飲んだだけで、そうなるんだよ。以前は、五杯くらい飲んでもこんなことは無かったんだけど」
「分かりました。では、ちょっと診てみます」
この患者さんは一般人のオジさん。
気さくでイイ人だ。
私の医院では、五年前に張った張り紙のとおり、今でも診断までは無料にしている。
どんな病気かを確定して、その後、治療にいくらかかるかで、治療するかどうかを患者さんに決めてもらう。
勿論、私自身は高額な医療費を吹っかけるつもりはない。
なので、大抵は、そのまま治療して欲しいってことになる。
スキャンすると、脳下垂体に粘液が溜まっていた。
このオジさんのステータス画面を覗くと、ラトケ嚢胞の文字が。
懐かしいね、これ。トモティ世界で診た二人の目患者さん……メアリさんの御亭主と同じ病名だよ。
ただ、メアリさんの御亭主とは違って、炎症までは起こしていないようだ。
「ええと、頭の中の器官に水が溜まっていますね。それを取り除けば脈打つ感じは無くなると思います」
「はぁ……」
「良性ですので、治療しなくても死ぬことはありませんが、もし不便を感じるようでしたら治療致します。頭痛を起こすこともありますし」
「治療代はいくらになるんだい?」
「五千Xenになりますけど」
「五千か……」
正直、地球でラトケ嚢胞を完治させようとしたら、こんな安いはずが無い。ハッキリ言って大サービス価格だよ!
でも、この世界の一般人にとって、五千Xenは少々厳しい値段だ。
じゃあ、なんで五千Xenにしたかって言うと、大怪我の治療を一律五千Xenに設定したからね。それで、地球なら手術が必要になる疾患に対しては、一先ず五千Xenを基準にすることにしたんだ。
って言うか、この医院では最高額が五千Xenなんだよ。それを越えた額は請求しませんってこと。
思い切り、どんぶり勘定だけどね。
それもあって、最近では五千Xenぽっきりの医院って巷では言われているみたいだね。
「最高額か。ちょっとキツいけど、エールを美味しく飲めないのは困るからな。それじゃあ、ラヤちゃん。分割払いでイイか?」
「払える時で構いませんよ」
「じゃあ、頼む」
「では、行きますよ。治癒魔法照射!」
私は、このオジさんの脳下垂体から粘液を除去、そして再発防止の処置を施した。
これで問題ないはず。
「これで治療は完了です」
「何も変わった感じはないけど?」
「エールを一杯飲めば分かりますよ」
「そりゃそうだ」
「飲んだ後、どうなったかを後で教えてください。大丈夫なはずですけどね。では、お大事にしてください」
その隣では、この私と患者さんのやり取りをハルが黙って見ていた。
彼女なりに私の一挙一動を頭の中に叩き込んでいるんだ。
一見、さっきの患者さんは何の問題も無いように見える。でも、本人は明らかに身体に違和感を覚えている。
正常な状態との違いは僅かに粘液が溜まっているところだけ。見た目じゃ分からない。
その異常を見抜いて正常にしてあげる。
言うまでも無いけど、それを一瞬で見抜くのは簡単じゃない。
怪我人でもそうだ。
たしかに怪我をした部分は見て分かる。
でも、怪我をした際にどこかを打っていて、それが原因で身体の内側に問題が生じても、パッと見た目では分からない。
例えば、トモティ世界で言えば、レイラの外傷性大動脈解離とかね。
それでハルは、私が患者の何を見ているのかを、一所懸命観察していたんだ。
それから、各患者の治療代は、ナツミのところで支払ってもらう。
私の方で『誰の治療費がいくら』っメモを書いて、それを各患者さんの治療が終わる度に、ハルがナツミのところに持って行く。
「では、次の方」
患者さんの順番は、受付のナツミが管理してくれている。なので、私が『次の方』って言ったら、ナツミが次の患者さんに声をかけてくれるんだ。
ナツミは、地球では飲食店でバイトしてこともあるらしくて、接客にも慣れている。
私には接客業はムリだからね。
本当に助かっているよ。
診察室に、次の患者さんが入ってきた。
もう顔馴染みの方だ。
「ラヤちゃん、おはよう」
「おはようございます。如何されました?」
「なんか、左の足の裏が、つったみたいに痛いんだよ。伸ばしても全然効果が無いし」
「診てみますね」
この方は、ちょっと太り気味のオジさん。
金回りは結構良いようで、この世界では少数派の、ちょっとメタボ気味の方。
私は、早速スキャンした。
足には問題無し。
むしろ、問題は腰にあった。多分、原因はこれだ。
念のためステータス画面を覗き見チェック!
間違いない。
椎間板ヘルニアだ。
「腰から来ていますね。治療には五千Xenかかりますけど」
「じゃあ、是非お願いするよ」
迷いもなく……って言うか、何の疑いもなく治療を依頼してきたよ。それだけ、私を信用してくれているってことだね。
あと、このオジさんにとっては、五千Xenくらい、どうってことないってのもあるんだろうけど。
一方、この様子を見ていたハルは、
「足の裏に症状が出ているのに、問題は腰なの?」
って驚いていたよ。
「腰のところで神経が圧迫されているの。それで症状が出ているのよね」
「そうなんだ。人の身体って奥が深いね」
と言うわけで、
「治癒魔法照射!」
ソッコーで治療。当然、これで問題は無くなったはず。
患者さんからは、
「本当に、つるような感じが無くなったよ!」
と喜びの声が。
「治って良かったです。お大事にしてください」
今日の午前の診療は、これで終了。患者さんは増えたけど、依然としてトモティ世界にいた時ほどは多くない。
九時始まりで、遅くても十一時半には終わる状態だ。
ここで一旦、医院の方は閉める。
午後は二時半から再開する。
普通なら、ここで休憩を入れるだろう。でも、私達は、ここからが忙しくなる。
実は、医院を初めて一か月くらいしたころだったかな。一階のLDKを改造してお食事処にしたんだ。そこにお客さんが入ってくる。
そろそろ、食堂の方の開店の時間。
店を開けると、早速、十数人のお客さんが入ってきた。
メニューは、ナツミの趣味でカツ丼と牛丼と親子丼のみなんだけどね。医院がどんぶり勘定だから、丼ものでイイよねとか言ってたよ。
あと、食堂をやりたいって言い出したのもナツミね。
価格は一律五百Xenと比較的良心的。
ただ、お酒は置いていない。それ以前に、ジュース類さえも置いていなくて、基本的に飲み物は水だけなんだ。
ウェイトレスはナツミとハル。
私は、物質創製魔法で、ひたすら注文の品を作り続ける。
「カツ丼二つお願い!」
「こっちは牛丼を!」
「親子丼一つに牛丼一つにカツ丼一つ!」
既に店の前には長蛇の列が……。
どれも美味しいって、結構、評判は良いようだ。
お食事処は、基本、十一時半から二時まで。入店は一時半まででお願いしている。営業は昼食時間帯だけで、夕食の時間帯は営業しない。
実を言うと、毎日、この昼の時間帯が一番忙しい。
ハンターギルドが近くにあるからね。ハンター達が、こぞって食べに来るんだよ。お陰で繁盛しているよ。
そして、お食事処の閉店後に私達は昼ご飯を食べて、二時半から医院の方を再開する。
御膳……じゃなかった、午前に比べて午後の方が、患者数が少ないんだよね。なので、ここからは意外と楽になる……はずだったんだけど……。
医院の前に馬車が止まった。
入ってきたのは、品の良さそうな御令嬢。その後には執事の姿があった。
「どうされました?」
「右腕に痛みがありまして。余りにも痛みが酷くなったもので、一昨日、父の領地内の治癒魔法使いに診ていただきましたけど、腕を切断するしかないと言われまして。ピアノを弾けなくなるのは、さすがに……。それで、藁をもすがる思いで、こちらに参りました」
「そうですか。では、診させていただきます」
今、領地内って言ったよね?
やっぱり貴族だよ。
でも、切断って尋常じゃないよね?
治癒魔法使いが、そんなことを言うなんて、ちょっと考え難いよ。
だけど、診断魔法を使って右腕をスキャンしたら、何故そう判断されたのが分かる気がした。ムチャクチャ嫌なヤツだ。
念のため、ステータス画面を覗き見!
そこに書かれていた病名は、骨肉腫。若いから進行も早いし、しかも、肺に転移しているっぽい。
これって、もう切断しても無意味だよ。
でも、転移の見落としも、この世界では仕方が無いのかも知れない。
私はステータス画面のチェックができるから基本的に転移の見落としは無いけど、普通の治癒魔法使いじゃ、腕が痛いって言われたら腕しか診ないだろうからね。
そもそも、悪性な腫瘍が転移するって考えを持っている治癒魔法使いが、どれだけいるかも疑問だもんね。
まあ、ゼロではないと思うけど。
たしかに、普通じゃ治せないかも知れないけど、私なら治せる。
何とかしてあげるよ。
「切断は不要です」
「本当ですか?」
「はい」
「じゃあ、ピアノは弾けるですね」
「勿論です」
でも、一応、転移のことは伏せておいた。
患者さんを不安にさせるし、それに、そもそもうちの最高額は五千Xenだからね。転移があろうと無かろうと治療代は変わらないからさ。
「では、お願いしたいんですけど、治療代は、おいくらになりますでしょうか?」
「五千……」
「五千万Xenですか?」
「いいえ、うちの最高金額は五千Xenです。それを越えて請求することはありません」
「えっ?」
これはこれで驚いているよ。
そりゃあそうだろうね。
安過ぎるもん。
私も、この価格設定には後悔してきたよ。
まさか、骨肉腫で、しかも肺に転移している患者を完全に治すのが、日本の金額で考えても五千円だからね。
まさに破格。完全に医療費が価格崩壊しているよ。
「では、そこのベッドに、横になってください」
「は、はい……」
半信半疑の表情で、御令嬢はベッドに横になった。
でも、大丈夫だからね。
手を抜いたりはしないから。
「では行きます。治癒魔法照射!」
そして、照射時間は合計一分に渡ったけど、
「(摘出、消滅、再生!)」
何とか腕の方も肺の方も治療完了。
さらに私は、頭の天辺から足の指先まで彼女の全身をスキャンした。
他にも問題が無いかのチェックだ。
チェック完了!
今のところ、特に問題は無さそうだ。
「終わりました。ご気分は如何ですか?」
「大丈夫です」
「もし、また何かありましたらいらしてください」
「は……はい」
「では、お大事に」
「あの」
「何でしょう?」
「本当に五千Xenなのでしょうか?」
「それが、この医院のポリシーなんです。貴族の方や稼ぎの良いハンター達は治療費が高額でも支払えますけど、一般民達は、そう言うわけには行きませんので。上限金額をそれくらいに設定しませんと一般民達が安心して治療に踏み切れないんです」
「そう言うことですか……」
「ですので、安いからって手を抜いたりはしていませんのでご安心を」
「分かりました。ありがとうございます。でも、勿体無いですね。王族貴族だけを専門で診るようにすれば、もっと稼げるでしょうに」
「それでは、多くの人々を救うことにはなりません。それに、お金に困ることになりましたらハンターをやりますので大丈夫です。これでも、ここのスタッフは、三人共S級ハンターですから」
「えっ?」
さすがに信じられないみたいだなぁ。
まあ、基本的に小娘三人だもんね。信じろって言う方が、ムリがあるよね?
「では、お会計は受付の方でお願いします」
「あっ……はい。では、ありがとうございまいた」
御令嬢と執事は、私に深々と頭を下げて診療室を出て行った。




