閑話3:一方のイリヤ王子はと言うと!
ここはトモティ世界。
ラヤが石化してから丁度二年が過ぎた。
ブロッキニア王国の王都レダクタにある広場の中心には、一段と高い台座が置かれ、その上に石化したラヤが設置されていた。
今では、彼女は、この世界の守り神として祀られているに等しい。
ただ、残念ながら彼女の石像は、腕や脚に僅かだが削られた跡があった。
どんな怪我や病でも瞬時に治す聖女として名を広めたからであろう。
彼女を削った粉を飲めば、どんな病でも治ると勘違いした輩がいたためだ。
そのため、一時期は、彼女の石像の周りに三交代の二十四時間体制で、かなりの数の衛兵が配置されていた程だった。
ところが、その石像を削った粉を飲んだ者は、激しい吐き気と下痢に襲われた。
それで人々は、
「聖女様の怒りだ!」
と言って、ラヤの怒りを鎮めるべく両手を合わせて祈りを捧げたらしい。
まあ、人々がラヤの石像をジャンジャン削ったりしないように、予め女神アクアティカが毒を仕込んでおいただけなのだが……。
でないと、あっと言う間に、ラヤの石像は全て粉にされて、飲み薬と化してしまっただろう。
もし、そうなったら、恐らくイリヤ王子は怒り狂ったに違いない。
そして、ラヤの身体を削った者達に、間違いなく重い罰を与えたことだろう。
つまり、そんな展開にならないように、女神アクアティカはラヤの石像に毒を忍ばせておいたのだ。
しかし、
『だったら逆に恨みを持つ相手に飲ませてやろう!』
なんて考える輩も世の中に存在する。
なので、結局のところ、ラヤの石像を削る者はゼロにはならず、衛兵は、数人だが今でも配置され続けているとのことだ。
昨年、ラヤが消えて丁度一年が過ぎた日に、ブロッキニア王国では聖女ラヤ祭が開かれていた。
今年も、同じ日にラヤ祭が行われる。
それを祝うために、多くの人々が、この広場に集まっていた。
戦場と化した付近に住んでいた他国の村人達も、戦争を終息させてくれたラヤへの感謝の意を込めて、当然のことのように今年もワザワザこの地まで足を運んでいた。
「あの時は、たった一人で戦争を終わらせたなんて信じられなかったけど……」
イリヤ王子は、ラヤが石化して行った時のことを今でも覚えている。
彼の頭の中で、あの時の会話が鮮明に甦る。
『何かあれば、きっと、ここに戻ってくると思って、ここで待っていた。今まで、何処で何をしていたんだ?』
『ちょっと脱獄して、ユーフォルビア帝国とカトプシス王国の戦争を止めてきましたぁ』
『冗談だろ!?』
『いえ、本当です。ユーフォルビア帝国の皇帝が幽閉されていて、幽閉した張本人が総統を名乗っていて、それで戦争を吹っかけていたようでして』
『それは事実なのか?』
『はい』
『そう言うことだったのか。ヘリオス三世にしては、おかしいと思った……。でも、無事で良かった! 突然、地下牢から消えて、本当に心配したよ』
…
…
…
彼は、あの後、戦場と化していたカトプシス王国とユーフォルビア帝国の国境付近を訪れて人々に当時のことを聞いて回ったし、カトプシス国王陛下やユーフォルビア帝国の現皇帝陛下ヘリオス三世のところにも、状況を詳しく伺うために、わざわざ足を運んでいた。
たしかにラヤは、彼女が消える直前に言っていた通り、カトプシス王国とユーフォルビア帝国の戦争を、たった一人で終息させていた。
それどころか、ヘリオス三世に言わせれば、悪の総統ケプラーが描いていた大戦争への移行までも結果的に阻止していたとのこと。
まさしく、ラヤが、この世界の平和を守ったと言えるだろう。
あの時、ラヤに救出され、彼女の強大な魔力を直接見た人々は多数いる。
その者達から、当時の話が諸国へと広がり、さらには尾ひれがついて、今では、
『ラヤは自らの命を魔力に変換し、まさにその命を賭して世界大戦への移行を阻止した天から遣わされた聖女』
とまで言われていた。
もはや、伝説上の存在に近い。
イリヤ王子の後には、彼の兄であるアナトリー王子が、そして、アナトリー王子の横には、アナトリー王子の妃となったレイラの姿があった。
レイラは、ラヤが消えた後、何度もイリヤ王子にアタックしたのだが、当のイリヤ王子は全然レイラに見向きもしてくれなかった。イリヤ王子の中からラヤが消えることは無かったのだ。
つまり、独身で婚約者もいないのに、ラヤの記憶がある限り、イリヤ王子は完全なる難攻不落の要塞状態。
それで、レイラはイリヤ王子のことを諦め、アナトリー王子に照準を変えた。
アナトリー王子とレイラは、ラヤの石像を前に両手を合わせていた。
二人にとって、ラヤは恩人である。
ラアナトリー王子は、自身の生殖器官を改善してもらい、レイラは命を救われたと同時に大事なモノの再生術まで施してもらっていた。
この時、レイラは、
『アナトリー王子に疑われないで済んで助かったわ』
と心の中で呟いていたと言う。
一方のアナトリー王子も、
『自信をもってレイラに接することが出来る。これもラヤのお陰だよ』
と心の中で声を発していた。
勿論、お互いにラヤのお世話になっていたことなど知る由も無かった。
別に知られたからと言って、二人共、ヤマシイことをしていたわけではないのだが、やっぱり相手方に知られるのは、双方共に恥ずかしいようだ。場所が場所だけに……。
…
…
…
その日の夜、イリヤ王子は自室で自分の剣を見詰めていた。
これで何度目だろう?
今すぐ、ここで自害してラヤのところに行きたいと思ったのは。
彼は、静かに自らの剣を手に取った。
「ラヤ……」
すると、突然、辺り一面が真っ白な空間に変わった。
このような体験は、イリヤ王子にとっては生まれて初めてのことであった。
「ラヤのところに行きたいですか?」
神々しい声が、そうイリヤ王子に問いかけてきた。
「はい。アナタは?」
「アクアティカ」
「では、女神様?」
「実際には、私達には性別と言うモノが存在しませんが、ラヤは便宜的に女神と呼んでいましたね」
「ラヤは、今、そっちの世界にいるのでしょう?」
「いいえ」
「えっ?」
「なので、アナタが死んだところで、その先にラヤはいません。アナタが思う場所にラヤはいないのです」
「それは、どう言うことですか?」
「あの娘は、既に別の世界に旅立ち、その世界のために尽くしています」
「では、生きているんですか?」
「そうです」
ラヤが別の世界で生きている。
それは、イリヤ王子にとって一瞬、朗報に思えた。
しかし、現実は甘くない。
イリヤ王子は、
「なら、会うことは可能でしょうか?」
と女神アクアティカに聞いたが、アクアティカは、
「ただ、人間の力だけでは到底辿り着くことのできない遠い遠い世界です」
と言いながら首を横に振った。
「僕を、ラヤのいる世界に行かせることは出来ないのでしょうか?」
「出来ません。しかし、いずれ、その時が来れば、ラヤとの再会の願いは叶うかも知れません」
「本当ですか?」
「はい」
微かな希望だ。
しかし、それは、余りにも不確定な言葉だった。
何十年後かも知れない。
それこそ、来世かも知れないのだ。
「ただ、イリヤ王子。アナタには言っておくべきことと確認しなければならないことがあります」
「何でしょうか?」
「先ず言っておくべきこと。それは、ラヤが石化した理由です。彼女は、私と一万人の患者を救う約束をしていたことは知っていますね?」
「はい」
「ただ、彼女はカトプシス王国とユーフォルビア帝国の戦争のことを知ると、戦争を止めるために自分のカウントをリセットすることと、目標人数を十万人に増やして再スタートすることを条件に、強大な魔力を私に欲しました。全ては、私利私欲ではなく、戦争を終結するため、この世界のためです」
「まったく……、ラヤらしいですね」
だからこそ、イリヤ王子はラヤのことを誇りに思えたし、好きだったのだ。
自分に群がって来る他の女性達……単なる王族狙いの女性達とは全然違う。
「そうですね。しかし、彼女がこの世界に居続けたら、今度は、彼女を巡って再び戦争が起こるでしょう」
「えっ?」
「彼女を手に入れた国は他国に対し、大きく優位に立てます。しかし、逆を言えば、彼女を手に入れた国は、他国から見れば畏怖の存在でしかありません」
「たしかに……」
「ラヤを手に入れた国が大国ならば、周りの国々も従うかも知れません。しかし、それが小国であれば、周りの国々はラヤを求めて攻め入るはずです。つまり、彼女とアナタが結婚すれば、ブロッキニア王国は他国に対して間違いなく優位に立てます。しかし、同時に周りの国々から戦争を仕掛けられることは必至でしょう」
「あっ!」
こう言われて、イリヤ王子は初めてラヤの真意を悟った。
全ては、ブロッキニア王国のためだったのだ。
戦争を止めたのも、消滅したのも。
「だから彼女は、この世界から消えることを願ったのです。全ては、彼女が愛するアナタのいる、この国を守るためです」
「そう言うことだったのか……」
「次に確認事項です。ラヤは、自身の輪廻転生のうち、男性だった時期の記憶を持っています。それもあって、アナタに再会するのを躊躇している部分もあるのです。つまり、元男性だった自分がアナタの相手で良いのかと」
「今更、そんなことは関係ないでしょう。僕だって、今までの輪廻転生の中で女性だった時期があるかもしれません。それこそ、人間以外だった時期もあるかも知れません。なので、気にしませんよ。それにもし、今、ラヤが男だったとしたら、絶対無二の親友になりたいと願います!」
「そうですか。分かりました。ならば、今は信じて待ちなさい。それと、今、ラヤは別の世界で医院を開きながら、時間限定で飲食店も営んでいます。彼女が飲食店側の客に出すものと同じものをアナタに与えましょう。これが、彼女の味です」
アクアティカがイリヤ王子の手元を指さすと、そこに温かいドンブリが現れた。
それはラヤの飲食店で使っているドンブリと全く同じモノだった。
勿論、イリヤ王子がドンブリと言う食器類を目にしたのは、この時が生まれて初めてだったのは言うまでもない。
その直後、イリヤ王子は真っ白な空間から元の世界に戻って来た。
今まで見ていたのは、果たして夢か幻か?
ただ、彼の手には温かいドンブリがある。しかも、非常に美味しそうでイイ匂いを放っている。
イリヤ王子がドンブリの蓋を開けると、中に入っていたのはラヤの店で一番の人気メニューのカツ丼だった。と言っても、カツ丼と牛丼と親子丼しかないのだが……。
「これがあるってことは、本当に女神様に会えたってことか。それに、ラヤは生きている。だったら、僕はラヤと会える日を待つ!」
で、早速、彼はカツ丼を口にしたのだが…………。
すっかり忘れていたが、この世界の味覚は地球の……、特に日本の味覚とは大きな乖離がある。
なので、
「クソマズイ……」
イリヤ王子は、一口食べて、あとは全部残したとのことだ。日本人からすれば、非常にもったいないことをしてくれたと言えよう。
やはり、出汁や醤油の味が舌に合わないようだ。
そして、
「もしかしてラヤは、この世界とは舌が合わないから逃げたんじゃないのか?」
そんな疑念が彼の中に浮かんできた。
多分、当たらずとも遠からず……かも知れない。




