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9. 俺が作った。食べるか?

 大賛成なはずがない。


 私は婚約破棄をきっかけに二年間も引きこもり、社交界から消えていた皇女だ。


 華やかで前向きさの塊のような貴族令嬢でもなく、皇位継承権第一位の兄の影に隠れる、皇国のお荷物皇女だ。


 学院一の人気者との私婚約を、誰も祝福するはずがない。



「そんなわけな……「おぉ、神様っ!!!」」


 私の不安を漏らす言葉を、霊獣フリッツのすっとんきょうな歓声が完全にかき消した。


 丸い瞳をきらきらに輝かせ、頭の上にどんぐりをバンザイのように両手で抱え上げたフリッツは、その場でクルクルと回った。


 フリッツは嬉しいらしい。



「我が(あるじ)の婚約を取りまとめてくれる有難い従姉妹殿。一つ心配な点がある。諸外国の令嬢達も、巨大な力を持つアッシュクロフト家の嫡男が、その……あの……我が(あるじ)ロミィと婚約することを許すだろうか?」 


「そんな許しは要らないわよ。ロミィは天下のブルクトゥアタよ」


 イヴォンヌは太鼓判を押すかのように宣言した。


「エミリアが黙ってないわ、私なんかが……「シーッ!黙れ、(あるじ)よ!」」



 私が不安げな声を出すたびに、尻尾をゆさゆさ振って小さな体で飛び跳ねるようにして話すフリッツに遮られた。



「河川沿いの豊かな領地を持つモンフォール家であれば、アッシュクロフト家とロクセンハンナ家の婚約をまとめられるのだな?」


「イエスよ!」


 腕組みをして青い瞳を輝かせたイヴォンヌは、悪魔のような笑みを浮かべた。


 ——ほら、イヴォンヌの本性は、目的のためなら手段を選ばないぐらいに悪どいから……。


 私はハラハラした。


 かつてライバルだった従姉妹は、私が召喚した皮肉屋の霊獣と結託して、私の婚約を取りまとめようとしている。



「まずは婚約打診書でしょ。婚約協議書、婚約条約、婚約契約書……うふふ、私取りまとめできるわよ」



 悪魔の仲間のように、一人と一匹が結託する様に、私はタジタジとなって後ずさった。


「……トラウマがあるのよ……トラウマが……」


 私の声はかき消されてしまっている。だが、イヴォンヌは我に返った様子で私に言った。


「待って。ロミィが嫌なら、私は一枚も書類を作らないわ」

 

 イヴォンヌは急に真顔になった。


「前のような婚約は絶対にさせない。でも、傷ついたからといって、あなたを大切に思う人まで最初から拒む必要はないでしょう?私は、あなたが選べるように道を作るだけよ」


 ——あのスターが私を大切に思うわけがないじゃない?

 


 私が慌ててイヴォンヌの暴走思考を止めようとすると、イヴォンヌは瞳に涙を溜めて、フリッツに言った。


「昔の上司に仕返しできて、本当に胸がスッとしたのよ。この恩は忘れないわ。フリッツ、全面協力するわよ」


 涙から一転して、不意に悪魔に魂を売ったかのように不敵な笑みを浮かべた。


 イヴォンヌ・ド・モンフォールは、破れたタイツを履いて平気だった王立魔術小学校時代のライバルそのものというより、より進化して手強いお姉さんになっていた。


「ロミィ、カイ・アッシュクロフトと婚約するわよ。3年後に挙式よ」


 腕組みして私に囁くイヴォンヌは、女神のように不敵な笑みを浮かべて、フリッツと訳ありな目配せをした。


 反論しようとしてしどろもどろになった私は、声にならない悲鳴をあげた。そして温室から飛び出した。


聖セレスティーヌ女学院の廊下を、何かに追われているようにして走った。階段を一気に駆け上がる。目の前に現れたダンスクラスで利用する衣装室の中に飛び込んだ。



 急に走りすぎて、胸が苦しい。

 動悸が激しい。


 私は胸を押さえて、床にしゃがみ込んだ。


 誰かが衣装室に入ってきたのに全く気づかなかった。そっと私の後ろに立った人物は、優しく私に声をかけた。


「ロミィ嬢、どこか具合が悪いのか?どうしたのか?」


 急に話しかけられて、私は「ひゃっ」と小さく悲鳴をあげて、尻餅をついてしまった。


 ——カイ・アッシュクロフト……!

 ——なぜ彼がここに……?


「君が廊下を走って行くのが見えたから、何かあったのかと思って心配になって後を追って来た。びっくりさせてすまない」


 カイは本当にすまなさそうな表情を浮かべて、私が尻餅を付いている横に、一緒に尻餅を付いて座り込んだ。


「え……?」


 彼はブロンドの髪の奥の目を恥ずかしそうに細めて、一瞬ためらった。そして胸のポケットから、ハンカチに包んだハチミツ菓子の包みを取り出した。


「食べる?」


 私は差し出された包みをマジマジと見つめた。


「俺が作った」

 

 そう言ったカイの耳が、わずかに赤くなった。


 私が菓子を口へ運ぶ間、彼は試験の結果を待つ生徒のように、じっと私の顔を見ていた。

 

 蜂蜜の甘さと、焼けたバターの香りが口の中に広がる。


「美味しい」


 その瞬間、カイがほっと息を吐いた。


「祖母に教わったレシピなんだ。うちで採れた蜂蜜で焼いた。初めて焼いたとき、祖母にも上手だって褒められたんだ」


 カイは少し得意げに言った。


 私はカイの顔を見上げて、エントン学院のスターの意外な一面を見た気がした。



 私はこの時、知らなかった。


 私を追ってきたイヴォンヌとフリッツが、私の後を追ってきていた。私を追って衣装室にカイ・アッシュクロフトも入ったのを目撃して、衣装室の衣装ダンスにイヴォンヌとフリッツがこっそり忍び込んだのを。



 *衣装ダンスの中の一人と一匹視点*


 ***つまり、イヴォンヌ視点***


 私とフリッツは目を丸くして、互いに目配せした。


 カイがお菓子をロミィに差し出した時は、互いの腕を叩きあった。


 私の力で、フリッツは吹っ飛んで横転してしまった。あまりに嬉しくて、思わず思いっきり霊獣を叩いたから。


 あっごめん!

 

 だが、フリッツは横転しても息を潜めて笑っていた。


 衣装ダンスの中は狭かったが、私と一匹は、衣装ダンスの扉から覗き込んだ光景に心奪われた。


 十三歳で一方的に婚約破棄されて、深く傷ついて引きこもったロミィが、手作りの蜂蜜菓子をスターにもらって美味しいと笑った。


 つまり、私のライバルが復活して、戻ってきた。


 霊獣リスのフリッツと共に。



 ——さあ、この二人を婚約させるわ!




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