83.【アリス視点】亡き夫を想って泣いた翌朝、王子とデート?
◆**アリス視点**◆
朝食の間、疲れ切ったエミリアとコンスタンツェは目を瞑りそうだった。一晩中起きていたのだろう。
エミリアは一度聖セレスティーヌ女学院の寮に戻ってから、駅に向かうと話した。コンスタンツェはエイトレンスの聖ケスナータリマーガレット第一女子学院の生徒だ。彼女はザックリードハルトの皇都にあるアルテンハイム男爵の別邸に戻ってから、駅でエミリアと落ち合うと話していた。
「二人とも、二度と奇妙な騒ぎに巻き込まれないようにするのよ?」
「分かっているわ。アリス、色々とありがとう」
「アリス、あなたには本当に悪いことをしたのに、助けてくれてありがとう」
二人の令嬢は口々にそう言って、馬車で戻って行った。
「次は、必ずコンスタンツェの価値が分かる殿方でないと許さないわよ」
エミリアがコンスタンツェに厳しい声で釘を刺しているのが聞こえて、私は思わず苦笑いした。
馬車の窓から手を振るコンスタンツェの指には、もう、あの裏切りの指輪はなかった。
「さて、ロミィの『蜂蜜菓子と銀のインク・ベルンシュタイン』は午後の開店ですわ。殿下は一度お戻りになり、午後にゴーニュ門通りの店で待ち合わせましょうか?」
私はフェリクス殿下に提案した。
フェリクス殿下は私を一瞬見つめた。彼のブルーの瞳は、アルベルト王太子にそっくりだ。だが、彼には軽さがない。
「兄上にはすでに情報を送り、護衛を増やすよう手配した。店が開くまでに、あなたの見解と私の見解を擦り合わせたい。ゴーニュの森で散歩しながら」
「ゴーニュの森で、ですか?」
「ここには人の出入りが多すぎる。歩きながら話そう。ちなみに、今日のデザートは何だと思う?」
私は、予想外の展開に、心臓がドキンとした。
「昨日はショコラケーキでございましたわ。とろけるような味でございました。見解とは、教授に関する見解ですか?」
「そうだ。教授に関する見解だ。ショコラケーキはうまそうだな」
私は一瞬迷った。
絶対に会えない人を思って、昨晩は泣いた。寝不足だ。
目の前の眩しいほど整った王族の若者を見つめた。しかも、教授に関しては、非常に興味深い真実が分かった。
「教授に関する見解でしたら、是非お伺いしたいですわ」
「では、私の説から。皇女ロミィが、あの後すぐに君の結婚式の瞬間へ彼を戻し、そこで彼の死を見届ける。それに一票だ」
私は戸惑ってフェリクス殿下の顔を見上げた。
「一度、記憶喪失になり、アッシュクロフト領の森林で狩猟番として生き延びて、ロミィのお茶会で記憶を取り戻し、今私をジュリアンの姿を使って襲ってきて、ロミィに捕まえられて、また結婚式の日に戻される?」
私は首を傾げた。
「なんとなく違うと思いますわ」
「そうか。これは議論のしがいがありそうだ。いざ、ゴーニュの森へ、推理の旅にでよう」
フェリクス殿下は私に腕を差し出した。
私は殿下の腕を取り、にこやかに告げた。
「すぐに支度をしてまいりますので、馬車の所で待っていてくださいますか?殿下」
「待っているから、早くして」
殿下はそれだけ言うと、軽やかな足取りで、玄関を出ていった。
私はその背中を見送ると、ハッと我に返り、猛烈な勢いで散歩に出かける支度をしに自分の部屋に行った。
なぜ、オシャレをしなければならないと思うのか、分からない。
化粧台の上の、ロバートの写真が目に入った。義母から譲り受けた一枚だった。
私は一瞬、手を止めた。
——散歩よ。教授の話をするだけ。
写真を伏せることは、できなかった。
ロミィなら、教授を逃がしはしない。
けれど、どこへ連れていったのかは分からない。午後になれば、本人から聞けるだろう。
とても楽しみだ。
ロミィの店の、カイシェフの今日の特別デザートも楽しみだし、フェリクス殿下との意見交換会も楽しみだ。
——教授の話をするための散歩よ。
——ただの意見交換にすぎないわ。
そう自分に言い聞かせながら、私は二着のドレスをベッドへ並べた。
ロバートを思って泣いた翌朝、私は別の男性との散歩に着ていくドレスを選んでいる。
人生は不思議だ。
鏡の前でドレスを胸に当ててみる。
——昨晩、泣いたくせに。
「あぁ、急いで支度しなきゃ!」
——今日は大きな収穫があったわ。
——教授は生きていた。
——多分、記憶喪失で。私と同じく二十三年も。
——アルベルト王太子の死亡診断書……。
教授の謎はおそらく解明されるだろう。
だが、アルベルト王太子の死亡診断書の謎は、新たな物語のスタートを予感させた。
私は窓の外の空を眺めた。
ロミィの空飛ぶ長椅子が見えないかと思って。
でも、見えなかった。
銀の紋章を胸から外し、着替えをするためにテーブルの上に置いた。
***
「カランコロン」
午後、ゴーニュ門通り七番地の扉を開けると、焼きたての蜂蜜菓子の香りがした。
「いらっしゃいませ」
エプロン姿のロミィが振り返った。肩のフリッツが、私と殿下を交互に見て、意味ありげに鼻を鳴らした。
「教授は?」
「もう、あなたを追ってこられない場所よ。詳しくは、お茶のあとで」
カイが運んできた皿の上で、洋梨のタルトが光っていた。
「今日のデザートは、これだったのか」
殿下が小さく笑った。
「お茶を召し上がりますか?それとも、読んでほしい契約書をお持ちですか?」
殿下は胸の内側から、一枚の紙を取り出した。
「両方だ」
***
あとがき
アリスとフェリクスが、あの一枚の紙を手にどこへ向かうのか。
その続きは、また別の物語でお届けできたらと思っています。




