81.【アリス視点】まだ生きている王太子の、死亡診断書
◆**アリス視点**◆
催眠が解けたらしいコンスタンツェはヘナヘナと床に座り込んだ。
「私、何をしたの?」
「バカなことをしたのよ」
エミリアはそう言って、コンスタンツェを立たせた。
「さ、全て忘れてレスパーニュにいくわよ」
エミリアがそう言って、私の方をすまなさそうな顔で見た瞬間、フェリクス殿下が割って入ってきた。
「全てを忘れる前に、この死亡診断書のことを詳しく聞こうか」
——死亡診断書と今言ったかしら?誰か亡くなった!?
フェリクス殿下が一枚の紙を取り出して、私に見せた。
——アルベルト王太子の死亡診断書……!?
私は目を疑った。
「まさかっ!アルベルト様が亡くなったのでございますか?」
私はついこの間アッシュクロフト領で一緒にいたアルベルト王太子の顔が頭に浮かんで、切なさと侘しさを感じて叫んだ。
「違う。まだ兄上は亡くなっていない。これは、亡くなる前に届いた、死亡予告みたいなものに見える。日付も二週間先の未来だ」
私は紙を見た。
——署名がない。
——署名のない紙は、どの術式も受け付けない。
——これはまだ、記録ですらない。
エミリアとコンスタンツェの方をフェリクス殿下は振り向いた。
「さあ、お嬢様方、これをどこで手に入れたのか、正直に話してもらおうか」
私はハッとしてエミリアとコンスタンツェを見つめた。
「最初からコンスタンツェが持っていたのよ」
エミリアは観念したように言った。
「私はただ、渡されただけよっ!」
コンスタンツェはふてくされた態度で言った。
「あぁ、これこそスピカに見てもらいたいわ。でも、今はロミィの教授退治を手伝っているから無理だわ。ロミィを助けて貰わなきゃ」
私が思わず呟くと、フェリクス殿下は私を見つめた。
「なるほど……ロミィ皇女の店か……私は彼女が十一歳の時に砂漠のアリス・スペンサー邸宅で彼女たちと一緒に過ごしたんだ。兄上が失恋した時だ」
フェリクス殿下はどこか遠くを眺める目つきで、懐かしそうに振り返った。
——殿下は、私の名を言った。
——私の顔を、見ながら。
「残念ながら、アルベルト王太子がディアーナ様に振られる騒動は新聞で拝見していた一般国民と同じ立場でした。そうですか、ロミィを元々ご存知なら話が早いですわね」
「あぁ、さっきの様子では、彼女は三兄弟一の魔力の持ち主の可能性があるな」
——よく分かっていらっしゃる。
「だからって、君たちの弁明は必要だぞ。弁護士を手配しようか?」
フェリクス殿下はじろっとコンスタンツェを見て言った。
「アルテンハイム男爵が嘆き悲しむわよ。あなた、とんでもないことをしでかして、私に誓わされたのをもう忘れたの?」
私は胸につけている王立魔術博物館の館長代理の銀の紋章を指差しながらコンスタンツェに詰め寄った。
「白状なさいっ!コンスタンツェ!いくら私でもあなたを見放すわよっ!」
エミリアも詰め寄った。
「アッシュクロフト領のおじいさんよ……」
小さな声でコンスタンツェが言った。アッシュブロンドの髪を綺麗にまとめていたのに今はほどけ、髪の毛が額の周りにも首の周りにも落ちている。
彼女のアンバー色の瞳が……。
——アンバー色……?
「あなたと私はアッシュクロフト領に向かう寝台列車の中でも一緒だったわ。アッシュクロフト領地でも、事件の全貌が明るみに出た後、あなたのしでかしたことの審議の過程でも、私はあなたと一緒だった。コンスタンツェ、あなたの瞳の色は本当はライトブラウンだったの?」
コンスタンツェはハッとして私を見つめた。
「そうなの。ずっと子供の頃からライトブラウンだったのよ。でも、いつの間にかライトブラウンに光が当たったような、アンバーのようなヘーゼルのような瞳に変わったの」
コンスタンツェは言った。
「アッシュクロフト侯爵家の本邸で、二百八人のお茶会に来られなかった人たちのために、もう一度お茶会が開かれたでしょう?猟場番のおじいさんは、そちらに来ていたの。記憶を取り戻したって、私のアンバーの瞳を覚えているとおっしゃったのよ。ただ、その日はえっと……」
——あぁ、私が無意識にトロイメライの曲を弾いていた日だわ。ジュリアンをロミィが連れてくる直前、私はアッシュクロフト領の本邸のピアノを弾いていたわ。
「あぁ、ジュリアンを呼んだ日の、もう一つのお茶会ね」
私は頷いた。
「そうなの。猟場番のおじいさんは、私に縋るように『あなたの瞳を覚えている』と言っただけで、よろよろと頭を抱えて屋敷を出て行かれたの。だから、私、森林監督に教えてあげたのよ。あのおじいさんが、皇女のお茶会で具合を悪くしたみたいだって」
私はコンスタンツェを黙って見つめた。
「ほら、だって、頭に来るじゃない。お茶会が世界を救うだなんて。私の幼馴染のカイも奪って」
「幼馴染なんかじゃなかったでしょっ」
「あなたの思い込みでしょっ」
私とエミリアが同時にコンスタンツェに突っ込んだ。
「ま……あんな素敵な人と三回会ったら、私の中では幼馴染になるのよっ!他の人の解釈はともかくね?」
私とエミリアはため息をついた。
「で?」
「おじいさんはなんだって?」
私とフェリクス殿下は同時にコンスタンツェに聞いた。
——怖い。
——このまま聞くのが怖い。
——もし、今、私が考えていることが当たったら。
エミリアはまだ気づいていない。
フェリクス殿下は、薄々何かに気づいている。
「おじいさんは、こう言ったの」
コンスタンツェは、思い出すように目を細めた。
「『お嬢さん、トロイメライという曲を知っているかい』って」




