79.【アリス視点】朝七時の王子——夫と私しか知らないはずの、あの夜
◆**アリス視点**◆
急いで着替えて私は応接室に急いだ。王族を待たせるわけにはいかない。フェリクス殿下のブロンドの髪はぐしゃぐしゃだったし、青い目の下にはくまができていた。それでも彼は、とても魅力的な容姿をしていた。
「朝早くからすまない」
フェリクス殿下は私に謝った。エイトレンスからザックリードハルトの皇都にいらした理由が分からない。ただ、彼は鉄道事業に従事していたはずだ。仕事の関係でザックリードハルトに滞在しているとしてもおかしくはない、と思い直した。
「いかがされたのでしょうか」
フェリクス殿下は自分の背後にいる二人の女性に合図をした。
コンスタンツェとエミリアだ。
二人は打ちひしがれていた。
「折り入って、あなたに頼みたいことがある。まず事情を二人から聞いてもらえないだろうか」
フェリクス殿下はすっと応接室から出て行った。私は慌てて応接室の扉の背後に控えていたメイドに、伝えた。
「殿下を客間にお通しして、温かいお茶を出して差し上げてくださるかしら。朝食をお召し上がりになるなら、手配もお願いするわ」
メイドは素早く頷くと、身を翻して、廊下を歩いて玄関まで戻ろうとしている殿下に声をかけに行った。
私は応接室のドアをピシリと閉めた。
「一体、どういうこと?」
腕組みをして、怯える二人の令嬢の瞳を私は見つめた。
「あなたたちとは、昨晩、グランド・オテル・ベルオンブルで別れました。あなた方二人は、レスパーニュのアルバ公爵領に向かうために、朝九時半発の寝台特急に乗るはずでしたよね?なぜ、エイトレンスの王子を連れて、我がブレンジャー子爵の別邸を朝早くから訪問する羽目になったのかしら?」
エミリアは固く唇を結んでいたが、コンスタンツェを鋭い視線で見た。だが、何も言わなかった。
「黙ってないで今すぐ話しなさい!」
私は頭に来て言った。
「王族が私の家に朝七時に来たら変でしょう?さっさと事情を説明しなさいっ!」
私の剣幕に気圧されたかのように、コンスタンツェが口を開いた。
「ごめんなさい。私、どうしてもエミリアに負けたくなかったの」
「コンスタンツェ。私たち二人ともカイに相手にもされていないのに、負けるも何もないでしょ?」
エミリアがムッとした調子でコンスタンツェに言った。二人とも、昨晩ホテルで着ていたドレスのままだ。貴族令嬢二人がその格好で一晩過ごしたことは明白だ。
「で、どうしたのかしら?」
私はコンスタンツェに続けるように促した。
「だから、彼が詐欺を働く人物になる前に、私が彼に、本当のことを教えたら」
「頭が本当におかしいの?なぜ、あなたはそんな夢物語みたいなことを考えるのよ」
エミリアがコンスタンツェに噛みつくように言った。
「だって、彼が詐欺を働かなければ……」
「違うわ。あのエリオットという男は、私のダイヤを見るなり、すぐさま私に目移りしたわ。彼は根っからの財産目当ての男よ」
「それは、彼が爵位を継げないことを知っているからで……」
「爵位を継ぐ継がないに関係なく、詐欺を働くのはだめなのよ。このコンスタンツェの分からず屋!」
「エミリア、あなたは七十年も生きてからそんなに落ち着いた意見が言える……」
「違うわよ。あなたの価値が分かる男性を相手にしなさいと言っているのよっ!コンスタンツェ!」
令嬢二人の口喧嘩は止まらず、私は額に右手を当てた。頭がズキズキする。
左手を二人の令嬢の間に入れて、二人の体を離させた。このままではつかみ合いの喧嘩を始めかねない。
「黙りなさい。まず、本題に入って。なぜ、フェリクス殿下がここにきたのかを説明しなさい」
「昨晩、ホテルから聖セレスティーヌ女学院の寮に馬車で帰ろうとしたら、コンスタンツェがエリオットと会って話している姿が見えたの。だから、こっそり馬車を停めて、私はコンスタンツェとエリオットが話している内容を盗み聞きしようとしたの。指輪は霊獣ハリネズミが粉々にしたわ。だから、コンスタンツェは服従魔術をかけられた状態ではなかったはずよ」
「で?」
私はコンスタンツェに呆れながら、エミリアに先を進めさせた。
「『アリス・スペンサーに伝言がある』とエリオットが話していたのよ」
「私に?」
「その内容は、決して言ってはならないものだったのよ」
エミリアは唇を噛み締めた。
「あなた、手紙をまた書いたでしょう?エリオットと、手紙のことを話していたわ」
私はギョッとして、後ずさった。コンスタンツェの手紙は、教授と入れ子署名になっていて、式魔が術式を代行していたはずだ。内容はとんでもないものだった。
「希望の手紙を書いて何が悪いの?私の心の内容が実現したかのように振る舞う、ただの紙切れじゃない?」
コンスタンツェが逆ギレしたかのように叫んだ。
「……ちょっと待って。昨晩、式魔は消えたわ。残っていたパズルのかけらは全部消えたはずよ。たとえあなたがまた不正なことに利用されたとしても……」
私は独り言を言った。頭の中がこんがらかる。
「結局、アリス・スペンサーへの伝言は何だったの?エミリア、教えて」
エミリアは渋った。
唇を噛み締めて、「言いたくない」とだけ言った。
「言ってちょうだい、大丈夫だから」
「アリス、これは言えないことよ。私の心がいうべきではないと思っているの。私の口からは言えないわ」
ますます気になる。
「コンスタンツェ、罪を軽くしたければ言いなさいっ!」
私はコンスタンツェに向かって声を荒げて言った。
「エリオットの伝言は……」
「だめ!コンスタンツェ!」
「言いなさい!コンスタンツェ!」
「『あの夜の男は私だった』」
「コンスタンツェ!なんで言うの?」
エミリアの絶叫が響き渡った。




