78. 【アリス視点】花嫁姿に泣いた夫と、忘れられない初夜
◆**アリス視点**◆
二十三年前。
最先端のパリのウォルトの店に注文した花嫁衣装は、私のデコルテを美しく見せ、鮮烈な色香を漂わせる美しい花嫁に仕立て上げた。
教会で盛大に行われた結婚式の間、私の花嫁姿は、皆の視線を独り占めしてしまった。伯爵家の結婚式は大成功に終わったと思う。
私は自分がどこから来たのか、どこの誰だったのか、覚えていなかった。
でも、結婚式が行われたあの日、今日という日が、それまで生きてきた中で、最も素晴らしい日であることは分かった。
象牙色で腰から広がる絹の裾は、祭壇の前に巨大な花冠を伏せたように円を描いていた。夫となるロバート・ヘンリー・スペンサーは、私の姿を見るなり、泣き出した。
彼はとんでもなくハンサムで、私より五つ年上のロバートは、しっかり者という噂だったのに、私の花嫁姿には心を打ち抜かれたと、その後初夜のベッドで囁いてくれた。
あの日の写真がまだスペンサー伯爵家には残っている。
写真と、二人だけの思い出を話すことで、お義母様は、私のことをロバートの妻のアリスだと理解してくれたのだ。
写真は、二十三年前に、私とロバートが幸せの絶頂を迎えた日の証拠だ。
髪にはオレンジの花が飾られ、イングランドから運ばれたレースのヴェールには、薔薇と百合が絡み合っていた。私が一歩進むたび、サテンは真珠色から淡い黄金へ変わり、長い裾が石床を水のように流れるようだった。
二十歳の私は、記憶喪失で、エイトレンスのブランドン公爵が後見人となってくれた。年齢しか覚えていない私を拾ってくれたブランドン公爵には感謝しかない。そして、幸運なことに私を花嫁に選んでくれたロバートは、たとえようもなく素敵な人だった。
なぜ、私が魔術に詳しいのか、さっぱり分からなかった。
でも、私自身には全く魔力が無く、魔力を買っても、大したことはできなかった。そんな私をロバートは愛していると言ってくれた。
私ですら私のことを知らないのに、ロバートは私の丸ごとを愛すと言ってくれた。
結婚式はもう一つの意味で、劇的だった。
教会で盛大な結婚式を挙げた後、馬車に乗ってスペンサー伯爵家に戻ろうとした際、私は男に襲われた。ダークブロンドの髪にヘーゼルの瞳の、一見して美男子に見えるその男は、私のドレスを引き裂いた。
男は私を連れ去ろうとしたが、ロバートが男に飛びかかり、私を守ってくれた。夫は腕を怪我したが、無事だった。警察が男を逮捕した。
その夜のスペンサー伯爵家で開かれた舞踏会はそれはそれは華やかだった。
夫は腕を包帯で巻いていたが、夜会用ボディスに着替えた私とワルツを踊った。
初夜は、今でもはっきりと覚えている。
夫は私に深い口付けをし、湯浴みをしたばかりの私の体を初めて見ると、綺麗なブラウンの瞳に涙を浮かべた。緊張してぎこちない私をリラックスさせようとしてくれたが、夫も初めてだったのだ。
私たちはお互いに一つになろうとして、愛を確かめあった。でも、お互いに初めてだから、刺激的で大変な夜だった。
そうなのだ。はっきりと言える。
二十三年前に過去に行ってしまった私が、ロバートと結ばれた時、ロバートは、初めてだった。
私が、証人だ。
ロバートに二十八歳にもなるエリオットという息子が、いるはずがない。
優しく熱烈なのに、大変で、ぎこちなさと刺激的が交互にくるような夜は、経験した私にしか証言できない。二人とも、どうすればいいのか分かっていなかった。
よく考えれば分かったはずなのに、エリオットがロバートの隠し子である可能性はなかったのに、私は一瞬でもロバートを疑ったことを恥じた。
私を愛してくれたロバート・ヘンリー・スペンサー。
もう一度、あなたに会えて、あの結婚式の日を迎えられるなら、私は再び過去に行ってもいいとすら思っている。
——会いたい……。
——あなたが私の花嫁姿を教会で見て、泣いた瞬間が忘れられないの。
——全ての初めてを二人で分かち合ったあの夜、私は生涯に一度の恋をしたのだろうか。
エリオットを見るのが苦しい。
——あまりにあなたに似過ぎていて、あまりにあなたに似ていない。
その夜、私は眠れなかった。
ロミィの店で、コンスタンツェが結婚詐欺に遭っていると知った時から、ずっと張り詰めていた私の心は、クタクタなのに、寝付けなかった。その明け方、私はロバートを思い出して、泣きながら眠った。
私が皇都での仮住まいにしている、ブレンジャー家の別邸。
その扉がノックされたのは、翌朝の七時だった。
時計を見て、ぼんやりと思った。
「エミリアとコンスタンツェは無事に駅に向かったかしら?」
そんなことを考えていた時、メイドが私の部屋のドアをノックした。
「フェリクス殿下がお見えになっています」
意味が分からなかった。
——あの、アルベルト王太子の弟君の、フェリクス殿下のこと?
王族が、朝の七時に、予告もなく来る。
それは、頼みごとではない。




