75. 結婚詐欺師の化けの皮
「ただの他人の空似を逆手に取った結婚詐欺ということはないかな?」
カイが冷静に言った。
エミリアは、合流したアリスたちと、グランド・ダイニングの入口に近い五人掛けの円卓へ着いた。
私たちが身を潜めている席へ、喪服と見紛う濃紫の絹をまとった私の女官長がやってきた。急な呼び出しにも関わらず、服装は完璧だ。左胸に留めた皇室紋章のダイヤだけが、燭台の光を冷たく返している。
「グランド・ダイニングで夕食を取りたいのです」
女官長を務めるエレオノーラ伯爵夫人に私は言った。
彼女は、私、私の婚約者のカイ、モンフォール伯爵令嬢のイヴォンヌの順に眺めた。女官長の前では、カイも侯爵家の跡継ぎらしく、背筋を伸ばして黙っていた。
「今夜にかぎって、でございましょうね」
「ええ」
「理由はお尋ねしません。ただし、わたくしも同席いたします」
——そうでしょうね。
私は頷いた。
女官長は支配人を呼ぶ鈴を鳴らした。闇の禁術を行使した直後、女官長である彼女を置き去りにしてアッシュクロフトへ向かって以来、私たちの間には壁がある。
私の横の席を立ったコンスタンツェが、女官長の横を夢見がちな表情を浮かべて通り過ぎて行った。その様子に彼女はわずかに眉を吊り上げた。
——保護者も連れずに、こんな時間に若い令嬢が一人でホテルのグランド・ダイニングにやってくるなんて!と思ったわよね。
私は女官長の内心を思って、ため息をついた。
アルテンハイム男爵家は身分はそれほど高くないが、豊かな財力を持つ。娘がまたもや詐欺まがいに引っかかっていると分かれば、男爵は烈火の如く怒るだろう。
女官長はホテルの者に告げた。
「椰子の鉢の手前に、四人分。鏡へ背を向けない席を」
——理由はお尋ねしません、とおっしゃったのに。全部見透かしているわ。
満面の笑みを浮かべてエミリアに優しげな視線を向けているエリオットの前に、コンスタンツェが現れた。
コンスタンツェは大きなダイヤをつけているわけでもなく、三連の真珠をつけているわけでもない。
エリオットは明らかに邪魔くさそうな視線をコンスタンツェに向けたが、コンスタンツェは全く気づく様子もない。
——見ていられない。
私は胸が痛んだ。
彼が財産目当てなのは間違いない。
——とにかく、あの指輪を外させなければ。
店では、何をしても抜けなかった。あの指輪は、贈り主と交わした約束に結びついている。エリオット本人を前にして、コンスタンツェが婚約を拒まないかぎり、契約は切れない。
だからこそ、私たちは全員でここまで来たのだ。
さっと席を立ったエミリアが、これみよがしに指輪を煌めかせて、エリオットに近づいた。
「わたくしたちの卓で一緒に食べませんか? コンスタンツェもご一緒に」
その言葉に、ちょうど椰子の鉢の手前へ案内されていた私たちは、思わず足を止めかけた。
「殿下」
女官長が、振り返りもせずに私をたしなめた。
私たちは何事もない顔で席に着いた。正面の大鏡に、エリオットの顔がはっきりと映っている。
エミリアに誘われた彼は、ぱっと表情を輝かせた。
それまで何一つ疑わなかったコンスタンツェも、その様子に今度ばかりは気づいたらしい。さっと顔を曇らせた。
——あの子は、まだ選ばれたいと思っている。
胸が痛んだ。けれど、エミリアはそれを承知で三連の真珠を身につけたのだ。コンスタンツェを傷つけるためではない。エリオットの醜さを、コンスタンツェ自身の目で確かめさせるために。
エミリアは何も知らない娘のように首を傾げた。
「ところで、コンスタンツェはあなたの婚約者でいらっしゃるの?」
エリオットの視線が、コンスタンツェとエミリアの三連の真珠との間を往復した。
ほんの一瞬だった。
けれど、その一瞬で、彼は選んだ。
「いいえ。ただの知人です」
コンスタンツェの左手が震えた。指輪の石が、脈打つように暗く光った。
——そうか。
エミリアがエリオットに選ばせようとしているのではない。
コンスタンツェ自身に、選ばせるつもりなのだ。
テーブルの下で、カイの手が、私の手をそっと握った。
彼も、同じことに気づいたのだと分かった。




