74. 結婚詐欺師には三連真珠を
私たちはグランド・オテル・ベルオンブルのロビー奥、衝立に囲まれた席へ身を潜めていた。
涙にくれるアリスと彼女の義母を見て、私たちは首を傾げた。
「待って……彼は本物のスペンサー伯爵の血筋の者ということ?」
コンスタンツェが急に息を吹き返したようになった。
ここにいる全員が、アリスが二十三年にわたって過去を彷徨って生き、その間はアリス・スペンサー伯爵夫人だったことを知っていた。
怪物に与えられた刑で七十年を一人で過ごしたエミリアだけは、アリスを見て顔を強ばらせていた。時間に取り残された者同士、通じるものがあるのかもしれない。
エミリアが、アリスの背中にそっと手を置いた。誰にも慰めなど言ったことのない娘が、だ。
「ちょっと待って待って……?」
コンスタンツェの瞳が期待に輝いている。彼女が言いたいことは、予測できた。
「私は騙されていないということ?この指輪には服従魔術が施されているけれど、私は愛されていて、彼は身分詐称をしていないということよね?」
「あなた、その言葉の意味が分かって言っているの?愛している相手に服従魔術をかけて、財産に関わる書類へ署名させる誘導術式をかける人がいるかしら。そんな人がいたら、また式魔が出てくるに決まっているわよ!」
エミリアは険しい表情でコンスタンツェをたしなめた。
「式魔式魔ってうるさいわよっ!エミリアったらなんなのよ」
コンスタンツェが言い返した。
「血が繋がっているかもしれない。ただそれだけでは、伯爵位を継げる証明にも、あなたが愛されている証明にも、何にもならないわ」
エミリアはイライラしていた様子でコンスタンツェに言った。
「ちょっと。私が愛されていることをどうしても否定したいようですけれど……?」
「そこの二人、黙って!」
私は耐えられず、エミリアとコンスタンツェの小競り合いを止めた。
アリスは涙にくれていた。
「お義母様。私はずっとロバート・ヘンリー・スペンサーに愛されていると思っていました。彼の生き写しが現れたということは……」
アリスは震えていた。
自分が信じていた人に裏切られた気持ち——私はアリスの苦悩がほんの少しだけ分かる気がした。
しかも、私と違って、アリスは結婚もして二十年以上も一緒にいたのだ。私とは全く重みが違う。
——あぁ、お願いっ!どうかみんなの想像と違うことを言って!
私はスペンサー伯爵の母君を見つめた。
「そうね、あの子……若い頃のロバートに生き写しだわ……」
スペンサー伯爵の母君は言った。
アリスの指が、義母の袖から滑り落ちた。
アリスはそれが答えでないことは分かっていると思う。似ているだけだ。
けれど、二十三年間信じてきたものを疑わせるには、それだけで充分だったのだと思う。
「そんなことって……」
アリスは口元を覆って、嗚咽を漏らした。
私は胸が痛んだ。
「ほら、やっぱり!」
コンスタンツェは満面の笑みを浮かべて、飛び上がった。
「私、エリオットに言われた通り、お母様の宝石箱、アルテンハイム男爵家の印章、銀行の信用状、そして財産を管理する弁護士への委任状を持参したのよ」
「シーっ!」
私たちはコンスタンツェに黙るように合図をした。エリオットの要求の異常さがコンスタンツェにまるで分からないところが、服従魔術をかけられた指輪の不気味さだった。
イヴォンヌが気を利かせて、先ほどコンスタンツェの鞄には代用品を詰めておいた。
私たちはもっと衝立の影に隠れるようにコンスタンツェに促した。
エリオットは、グランド・ダイニングの入り口あたりにいる。
次の瞬間、エミリアは白い手袋を外し、エリオットの目の前をしずしずと横切った。
エミリアの右手の中指と薬指には古風な銀台にダイヤモンドを花形に組んだ指輪が光っている。首には天然真珠が三連。
若い令嬢に真珠は珍しくないが、粒の揃った三連となれば話は別だ。皇女である私の宝石箱にさえ、あれほどの品はない。
「結婚詐欺師なら……第一段階で宝石と有価証券を奪い、第二段階で世間知らずのレディと駆け落ちしたように装い、結婚後に残りの財産を狙うというところね」
イヴォンヌが腕組みをしてボソリと言った。
エリオットの視線が、エミリアの右手から三連の真珠へと滑った。彼の目が、真珠を数えた。そして、彼は見るからに優しげな笑みを浮かべた。
社交界デビュー前のエミリアを、食堂の入口に一人で立たせておくわけにはいかない。すぐに、涙を拭ったアリスが続いた。威厳を保って。
アリスは、立ち上がる際に一瞬、義母の腕を取った。その手が、少し震えていた。そして、それにスペンサー伯爵の母君も続いた。
「アリスの夫となったロバートは病で三年前に亡くなったの。今は弟のフレデリックが伯爵家を継いでいるわ。私の二人の息子、ロバートにもフレデリックにも、公に認められた子はいないの。そこに、もし、彼が付け込んだとしたら……でも、彼はあまりにもロバートに似ているわ」
スペンサー伯爵の母君は、私たちから離れる際に小さな声で言った。
——彼はスペンサー伯爵家の隠し子なの?




