73. あなたが嘘つきなのは、私と同じだから分かるのよ
◆**ロミィ視点**◆
「その指輪の男のことよ」
「別に男性からもらったわけじゃないわ。父からもらったのよ」
コンスタンツェはイライラとした様子で弁解した。
「はい!」
勢いよくカウンターの方を振り向いて、エミリアがスピカに合図をした。
「スピカ、彼女の指輪を見ていただきたいの。このままあなたと一緒に出発だなんて、少し怖いから」
「な……失礼なことをおっしゃるわね。この指輪は……私を愛するという方から頂いたのよ」
言ってから、彼女は自分の口を押さえた。
「どの口が言うの。あなたが嘘つきなのは、私と同じだから、分かるのよっ!」
「なんですって?」
スピカは転がるようにしてやってきた。フリッツも後を追ってやってきた。
「やあ、コンスタンツェ、最近、蜂の式魔には会ってないか?」
「もう、何なの、とっくに関係は切れているし、王立魔術博物館からも処罰を受けたのよ。ここでその話をしないで!」
コンスタンツェはよほど式魔のことを話されるのが嫌なようで、さっとあたりを見渡すと小声でスピカとフリッツに言った。
「式魔ねぇ、ふーん」
エミリアはお茶のカップを持ちながら、意味深にコンスタンツェに言った。
「あなた、その指輪の形だけれど、蜂に関係のある形じゃない?」
エミリアは指輪ではなく、コンスタンツェの顔を見ていた。
「な……っ、いい加減なことを言わないで」
エミリアの言葉に、コンスタンツェは飛び上がりそうになった。
その反応を見て、エミリアの目が細くなった。
「やっぱり。今のは、でまかせだったのに」
コンスタンツェはしまったといった表情で下唇を噛んだ。
「スピカ、お願い。この娘の言動、怪しいと思うのよ。また騙されてるんじゃないかと思うの」
エミリアはスピカに言った。
スピカの銀の針が一斉に立ち、コンスタンツェはお茶をむせた。
「わっ……私、騙されているの!?」
「この指輪に込められた『君を愛する』という誓いは空だ。入っているのは服従魔術と、財産関係の書類へ署名させる誘導術式だ」
「何ですって!?」
コンスタンツェは慌てて指輪を外そうとした。
「外せないはずだが?」
フリッツが腕組みして言った。
「ちょ……ちょっと待って!えっと……ねぇ、エミリア……どうしよう?指輪が外せないわっ!」
「もう左手をこちらに見せてよ、いいわね?引っ張るわよ!」
「痛いっ!」
コンスタンツェは泣きながら、指輪を外そうとした。
「だから、外せないはずだ」
スピカが冷静に言った。
「だったら、どうしたらいいのよ!?」
「この指輪は、贈り主と交わした約束に結びついている。本人の前で婚約を拒めば契約が切れ、指輪が外れる。外れたら、その場で返すんだ」
スピカが説明した。
「贈り主が直接命じるまでは術式は動かない。だが、対面したら命令されるより先に婚約を拒むんだ」
「一体、どこの誰なの?」
エミリアに問い詰められ、コンスタンツェは顔を伏せた。
「……エリオット・スペンサー。亡くなったスペンサー伯爵の甥で、自分が次の伯爵になると言っていたわ」
奥で、カップの触れ合う音がした。
「少なくとも、スペンサー家の正式な系譜に、エリオットという甥の名はありません」
アリス・ブレンジャー子爵令嬢が青ざめた顔で立っていた。今日も客として、店にきてくれていたのだ。
コンスタンツェは奇妙な声を漏らした。
「アリス様っ!これは……その……私がまたおかしなことをしようとしているのではなく、私がもらった指輪がおかしいと、その契約判定をしてくれる霊獣ハリネズミが言っているのですわ!」
コンスタンツェの動揺は本物だった。彼女は、前回の騒ぎで、王立魔術博物館とアルテンハイム男爵に、弁護士まで交えた深刻な罰則送検について協議され、一度は送検されかけた。危うく監獄送りになりかけたのだ。アリスの姿を見て激しく動揺するのも無理はない。
「騙されたのね」
エミリアは静かな声で言った。
「えぇ、そうなるわね。笑えばいいでしょう。私は……また男に騙されたのよ」
コンスタンツェは悔しそうに涙ぐんで言った。
「それで?その自称スペンサー伯爵家の跡取りに、惚れたの?」
エミリアが鋭い声で聞いた。彼女は真剣な表情だ。
「笑えばいいじゃないっ!好きになりかけていたのよ。だって、私のことを愛していると言って指輪をくれたのだから!」
コンスタンツェはカイの顔をチラッと見て、テーブルに突っ伏して泣き出した。
「笑わないわよ。騙された人を笑ったら、その男の味方になるもの」
コンスタンツェは、エミリアの言葉に顔をあげた。ハンカチで涙を拭いている。
「でも、まだ何か隠しているなら容赦しないわよ」
「もう隠してないわよ、エミリア」
「本当に?」
「えぇ、本当よ、騙されただけよ」
話が長くなりそうなので、私は全員分のショコラケーキを切り分けた。イヴォンヌとカイも椅子を寄せ、アリスも自分のカップを手に席へ加わった。
艶のある糖衣にフォークを入れると薄く割れ、苦いショコラと甘酸っぱい木苺の味が広がった。まさに絶品のケーキだ。
「でも、エミリアが見抜いたのよ。指輪ではなく、コンスタンツェの顔を見て最初に気づいていたでしょ?」
私の言葉にエミリアのフォークが止まった。
「……今、思い出したわ。子供の頃、お母様に偽物の宝石を売ろうとした商人を、同じように顔を見て見抜いたの」
エミリアは少しだけ目を伏せた。
「お父様が言ってくださったの。『お前は嘘を見抜く目を持っている』って」
エミリアがコンスタンツェに囁いた。
「その男の嘘も、私が見抜いてあげる」
「本当に?実は……今夜、ホテルで会う約束なの」
「何を持っていくつもりだったの?」
「母の宝石箱と、財産管理の委任状を……」
「それのどこが『もう隠してない』なのよ、この大馬鹿!」
エミリアはコンスタンツェに呆れたように小言を言った。
「あのね、カイに憧れている全貴族令嬢の中で、あなたが一番、愚かだわ。愛していると囁かれたら、傷心を癒やされて、コロッと騙されたんでしょう?」
「ひどいわ……あなただって同じなのに」
「ちょっと、私はちゃんと心を入れ替えましたわ」
「私もですわ。ただ、彼が、あまりにもお美しいお顔で、スペンサー伯爵の後継だと言うので」
そこで、静かにアリスが言った。
「では今晩、亡き夫の母もお連れします。甥を名乗るのなら、彼から見ると祖母にあたるスペンサーの母にも、顔を見てもらいましょう。どちらのホテルですの?」
アリスは、あれからスペンサー伯爵家を訪ね、義母にすべてを打ち明けていた。
信じてもらえるまでに、三日かかったと聞いている。
最後に義母を頷かせたのは、夫と二人きりの時にしか話したことのない、新婚の頃の小さな思い出だったそうだ。
「グランド・オテル・ベルオンブルですわ」
コンスタンツェが答えた。
私たちは全員顔を見合わせた。
***
二時間後、私たちはグランド・オテル・ベルオンブルのロビー奥、衝立に囲まれた席へ身を潜めていた。
男の前へ姿を見せるのは、エミリアだけだ。
「その男、今どこにいる?」
エミリアはコンスタンツェに囁いた。
「まさか、私を囮にする気?」
「違うわ。次の餌は私よ」
エミリアはアルバ公爵の財力をふんだんに見せびらかすようなドレスと装飾品で身を固めてきていた。
コンスタンツェは訝しげにエミリアを見つめた。
「あなた、必要以上に張り切りすぎじゃない?」
「そんなことないわよ、全てあなたのためよ」
エミリアはすまして言った。
「ほら、あそこにいるのがエリオットよ」
小声でコンスタンツェに囁かれ、全員がその男を見た。
「……どうして?」
アリスが呆然と呟き、倒れかけた。
「大丈夫?」
カイが慌てて身体を支えた。
「あの人……亡き夫——ロバート・ヘンリー・スペンサーに、あまりにもよく似ているわ」
カイの腕の中で、アリスの唇が震えていた。
「あの人に、私の知らない子がいたなんて……そんなはず、ないわ」
言いながら、アリス自身がその言葉を信じきれていないのが分かった。
隣にいたスペンサー伯爵の母君も、胸元を押さえた。
「ロバート……?」




